託される星の遺産
イリスは箱を開ける。
その箱には――
漆黒の石が嵌め込まれた、繊細な銀細工の指輪があった。
石の周りに、淡く星の瞬きが漂う。
光にかざすと、青白く星型の紋が浮かび上がる。
指に嵌めると、かすかに震えたような気がした。
「これは、”星影の指輪”と呼ばれ、かつて、封印術に長けた者が遺したものとされている。
初代の時代から、この塔に守られてきたものだ。
いずれ君が”選ぶ時”が来たときに、きっと導きになるだろう」
「そんな大事なものを……ありがとうございます。先生」
イリスは深く頭を下げた。
*
空はまだ淡く、朝焼けが東の空を金色に染め始めていた。
星紋の塔の中庭に、ゆっくりと魔道飛行船が降りてくる。
巨大な鳥の羽根を思わせる帆を広げ、静かに停泊するその姿は、
まるで古の神話から抜け出したようだった。
「……準備は、整っているな?」
「「「はっ!」」」
ラーデンが短く告げると、監察官たちが静かに整列した。
彼の緋のマントが微かに風に揺れる。
イリスはその様子を見つめながら、深く息を吐いた。
右手の薬指には《星影の指輪》が、朝の光を受けて鈍く輝いている。
「……もう、出発だね」
そう呟いたイリスの隣に、セフィルが静かに現れる。
彼は一瞬、彼女の手元に視線を落とした。
「……それは?」
「これ? ゼルファード先生が渡してくれたの。
いつか導きになるだろう、って……」
セフィルは言葉を返さず、指輪をじっと見つめる。
黒曜石のような漆黒の石に、ほんのわずかに青白い光が走った瞬間――
「……不思議だな」
「え?」
「……いや、なんでもない」
セフィルは視線を外し、ふっと空を見上げた。
その横顔に、どこか考え込むような影が差していた。
(……見覚えがある。けれど、それはどこで――?)
彼の記憶の奥底、長い眠りの中に沈んでいたある“感覚”が、小さく脈打っていた。
(……ダメだ……思い出せない)
セフィルは頭を振ると、隣に立つイリスを見つめる。
「……イリス。どんな時も、俺は君の傍にいる。それだけは忘れないで」
「うん……ありがとう」
彼女が微笑み返すと、飛行船の扉がゆっくりと開いた。
風が吹き抜け、遠くで鳥の声がした。
星の巫女と鍵守は、再び世界の舞台へと歩み始める。
そして、その手にある指輪が告げる未来は、まだ誰も知らない。




