旅立ちの朝
早朝の星紋の塔は、まだ夜の名残を留めていた。
空にかすかに残る星の光と、朝焼けが溶け合うように広がっている。
イリスは学園長室の扉の前で立ち止まった。
その扉の向こうに誰がいるのか、彼女はまだ知らない。
扉をそっと叩く。
「お入り、イリス」
重々しい扉の向こうから聞こえたゼルファードの声に、深呼吸をして足を踏み入れる。
部屋には、彼女が予想もしなかった人物の姿があった。
「……ラーデン様?」
予想外の再会に目を見開くイリス。
だが、ラーデンは穏やかな微笑みを浮かべて立ち上がった。
「驚かせてしまったね。だが、そろそろ君にも伝えておかねばと思った」
ゼルファードは静かに頷き、言葉を継ぐ。
「……彼は、かつて私の弟子だった。
今は王家、ひいては評議会の執行官として役目を果たしていると伝えたね。
だが、その内心は――君たちの味方だ」
イリスは小さく息を呑む。ラーデンがうっすらと笑みを浮かべた。
「王都に向かう護送任務の名目で、君たちに同行する。
……だが、真の目的は君の意思を尊重する“協定”の立会人となることだ」
「……協定……?」
「これだ」
ゼルファードは、王家の紋章が輝く封書を取り出した。
「今朝早く届いたよ。
王家と魔法評議会は、君たちをただの観察対象や管理下の存在としてではなく、
正式な対等な協定関係にある存在として扱うことを約束したんだ。
この協定では、
・星の巫女と鍵守の 自由意思の尊重
・星紋の塔の 独立性の保証
・評議会による 干渉の制限
・万が一の時に 王家・学園間の連携が取れるようにする条文
が盛り込まれている」
言葉の一つひとつが、これまでの不安を静かに溶かし、
イリスの目に涙が浮かぶ。
「……ゼルファード先生……!ありがとうございます……!」
ラーデンが言葉を引き継ぐ。
「俺の任務は、名目上は護送役だが……。
…真の任務は、“協定”の証人として、君たちの自由を保証する盾になることだ。
君たちが王都で不当に扱われぬよう、その意思が守られるように、
目と声を持つために、俺は立会人となった」
イリスがラーデンを見ると、そこには、穏やかな光をたたえた瞳があった。
「……ラーデン様……。ありがとう、ございます……」
イリスは頭を下げる。
「ラーデンは頼りになる男だ。
ただ、彼の立場も危うい……。お互い、無理はしないでくれ」
ゼルファードはそう言うと、机の引き出しから、小さな箱を取り出した。
「イリス、これは君に託しておこう」




