星の扉――魂を託した夜
――世界の終わりが近づいていた。
焦土と化した大地の中央に、
星紋の結界が残された最後の拠点のように輝いていた。
空は裂け、黒い月が空を覆い、無数の叫びが地を這っていた。
「……もう時間がない」
ニーナは、満身創痍の身体を奮い立たせて、
血を流しながら倒れたセフィルの肩を支えた。
鎖のような黒き魔力が、地の底からうねりを上げ、彼らを飲み込もうとしていた。
闇の奔流が、地の底から唸りを上げる。
幾重にも絡みついた黒の鎖が、大地を喰らい、命を奪っていく。
そして、その中心にいるのは――かつて二人と共に在った少年、ルヴィアンだった。
けれど今、彼の名を呼ぶことはできない。
「……セフィル、もう動けないでしょう……?」
息を切らしながら、ニーナが微笑んだ。
背後では、巨大な青い光が、淡く輝き始めている。
それは“星の扉”――魂を時空の狭間へと送る、禁忌の結界。
セフィルはかすかに首を振った。
「君も……限界だ。
なら、もう……ここで、共に終わろう」
その言葉に、ニーナの瞳が揺れる。
だが、すぐにその瞳は決意の光を宿した。
「ダメよ。
私たちは、まだ終わっちゃいけない。
私は、ここに残る。
でもあなたは……生きて」
「ニーナ……」
「未来でまた会いましょう。
あなたと、また笑って話せる日を……私は、信じてるから」
星紋がさらに強く輝いた。
扉が開き始める。
魔力の奔流が吹き上がり、セフィルの魂の核が呼応する。
「あなたを、扉に送る……それが私の最後の役目」
「そんなことをすれば……君が……!」
「平気。
いつもあなたに助けられてきたわ。
だから……今は、私の番」
ニーナの手が、セフィルの胸に手を添え……そのまま右手の甲に重ねるように触れた。
そこに、星の紋章が淡く浮かび上がる。まるで彼女の想いに応えるように。
「セフィル。私の“鍵”。
世界を繋ぐ者。
来世でも、必ず――」
結界の魔力が高まり、星の扉が完全に開かれた。
光が渦を巻く。ニーナが魔力を注ぎ、セフィルの魂の核を星の扉に重ねていく。
結界が震え、世界が崩れる音のなかで、セフィルの体が淡い光の粒子に変わっていく。
その瞬間、セフィルが微かに口を動かした。
「また……君を、守るために……」
そして光は消えた。
突如、ニーナの周囲に淡い光が舞い、セフィルの魔力が流れ込む。
「……あたたかい……。
ありがとう……セフィル――」
彼の気配は、もうどこにもなかった。
*
ニーナはそっと目を閉じた。
涙が一筋、頬を伝う。
彼がいなくなった場所に、そっと手を伸ばす。
「待っていて。セフィル。きっと、また会えるから――」
彼の消えた空に背を向け、ニーナは振り返る。
そこには、闇に沈みきったルヴィアンが、彼女を見下ろしていた。
痛ましいほどの闇をまといながら、それでも、かつての面影が一瞬、揺らめいた気がした。
「……あなたも、救いたかった」
そう呟いたその声は、誰にも届かない。
星の扉が閉じる音とともに、ニーナは最後の戦いへと向かっていった。