光の隣で──セフィルが見た影
夜の静けさが、星詠みの孤児院を包んでいた。
薄明かりの差し込む廊下を、セフィルは一人歩いていた。
床板が軋む音にさえ、心が揺れる。
彼は理由もなく、落ち着かない気配に突き動かされていた。
(……胸がざわつく。嫌な……気配)
その“気配”は、ほんのわずかな波だった。
けれど、セフィルにはそれが、深い井戸の底に渦巻く“何か”の前触れのように思えた。
音のしない階段を抜けて、屋根裏へ向かう。
そこは、かつて三人で秘密基地にしていた場所だった。
ドアの前で足を止めたとき、空気が変わった。
冷たい。
空間そのものが、冷えている。
(……ルヴィアン)
ドアを開けると、そこにいたのはルヴィアンだった。
彼は膝を抱えて、窓の外を見ていた。
その姿は、いつもと変わらないように見えた。けれど――
「……なあ、ルヴィアン」
呼びかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。
その目に――かすかな“闇の揺らぎ”が宿っていた。
「……セフィル、か。珍しいな、こんな夜に」
「……胸が騒いだんだ。来たら、お前がいる気がして」
ルヴィアンは小さく笑った。けれど、どこか張り詰めていた。
「……僕、最近……影が前よりもはっきり見えるようになったんだ。
怖いくらいにね。何もないはずの空間に、誰かの“声”が響く。
“もっと痛めつけろ” “奪え” “救われたい”……そんな言葉ばかり」
「……」
「ニーナの力が強くなるほど、それに引かれて……僕の中の何かがざわつくんだ」
セフィルは、言葉を失った。
その異常さを、感じ取ってしまったから。
「……ルヴィアン、それは……誰かの感情を“感じ取ってる”んじゃなくて……飲み込まれてるんじゃないか?」
ルヴィアンは目を細めた。
まるで、それすらも予想していたかのように。
「そうかもな。でも、僕には“拒む力”がないんだよ。
ニーナみたいに、光を放つこともできない。
君みたいに、芯が強いわけでもない」
「それでも……!」
セフィルは言いかけて、言葉を止めた。
ルヴィアンの瞳の奥に――何か、戻れない場所を見た気がしたからだ。
「……セフィル」
ルヴィアンの声は、少しだけ揺れていた。
「もしも、僕が“君たちの邪魔になる存在”になったら……。
それでも、名前をくれたあの子は、僕を思い出してくれると思うか?」
「……そんなこと言うな」
セフィルは、思わず近づいてその肩を掴んだ。
「誰が決めたんだよ。お前が“邪魔”だなんて。
誰かを救えるのは、選ばれた人間だけじゃない。
お前が今苦しんでることだって……全部、意味があるはずだ」
だがその言葉に、ルヴィアンはもう、微笑まなかった。
「……そうだといいな」
そう言って彼は、再び外の闇に目を向けた。
セフィルはその背を見つめながら、はじめて本気で祈った。
この“影”が、取り返しのつかないものになる前に――どうか、誰かが彼を救ってくれ、と。
けれどその願いは、まだ届かなかった。