光の傍に在る影
星詠みの孤児院の裏庭。
夜の帳が降りる頃になると、ルヴィアンはそこに現れるようになった。
地を這うように低く流れる星脈の気配に、誰よりも早く気づくことができたから。
だが、その夜の魔力の揺れは、いつも彼に“痛み”を運んできた。
「……また、誰かが泣いてる……」
そう呟いた彼の声は、誰にも届かない。
地中を満たす魔力の奔流のなかに、怯え、怒り、恨み、孤独――
人々の“負の想念”が染みついていた。
世界に満ちるその“影”が、彼の中にひたひたと流れ込んでくる。
身体が重くなる。
呼吸が熱を帯び、胸が締め付けられる。
自分の感情なのか、誰かの心の声なのか、わからなくなる。
けれど、それを拒む術を、彼は持たなかった。
「ルヴィアン!」
声がして、彼は顔を上げた。
そこにいたのは、金の髪に淡い光をまとう少女――ニーナ。
彼のたった一人の“光”。
彼女が近づいてくるたび、世界は明るくなる。
影に染まりかけた心が、一瞬だけ澄んだ空を思い出す。
「また……感じてたのね」
ニーナがそっと言った。
ルヴィアンは頷く。
そして、ためらいがちに口を開いた。
「……僕、怖いんだ。
これ、止まらないんだよ。
見たくないのに、聞きたくないのに、誰かの苦しみが勝手に入ってくる」
「……」
「夜が来るたびに、誰かの“痛み”が僕を染めていく。
それなのに……君の光は、どんどん強くなっていく」
”癒し手の王”の覚醒が進んだニーナの周囲には、目に見えない星の粒子が舞っていた。
「君は……すごく綺麗だよ」
ルヴィアンの声は震えていた。
「君が近くにいると、影が静かになる。
光に包まれて、少しだけ……生きていたいって思える」
「……ルヴィアン……」
ニーナはそっと彼の手を取った。
その瞬間、ルヴィアンの内側に流れ込んだのは、静かな“安らぎ”。
でも、それはほんの一瞬だった。
次の瞬間、ルヴィアンの中で、何かが囁いた。
──「その光はお前のものではない」
──「だが、お前はそれを守ることができる」
──「取り込め。影となれ。そうすれば――傍にいられる」
ルヴィアンの瞳に、闇の揺らぎが走った。
「……もし、僕が……君の光を護るために、影になったら……君は、僕を見ていてくれる?」
その問いに、ニーナは目を伏せた。
彼女の力が目覚めるほどに、ルヴィアンは“違う世界”に落ちていく。
彼の中にある影は、誰かを傷つけたいわけじゃない。
ただ、彼女の近くにいたい。
(……なら、せめて、君の影になる)
光を守るために、闇を引き受けよう。
誰にも言わず、気づかれず、ただ影として君を支えよう。
「君の未来を守るためなら……」
それだけだった。
けれど――その想いこそが、最も深い“執着”に姿を変えていくとは、
まだ彼も、彼女も気づいていなかった。