少年期の記憶 ─ セフィルとルヴィアン
夜の帳が落ち、星詠みの孤児院に静けさが満ちていた。
木造の建物の屋根裏、誰にも見つからない秘密の隠れ場所。
その片隅で、二人の少年が膝を抱えて座っていた。
セフィルは星図の欠片を見つめ、ルヴィアンは窓の外の闇を見つめていた。
「……星ってさ、全部光なのに、どうして“影”を連れてるんだろうね」
不意にルヴィアンが呟いた。
「夜があるからだろ?」
セフィルが答える。
「夜っていうより……」
ルヴィアンは少し首を振った。
「……光が強すぎると、影も深くなるんだと思う。ニーナみたいに」
その名に、セフィルの指が止まる。
星図の紙片を握りしめ、少しだけ言葉を選んだ。
「……お前、あいつのこと、すごく気にしてるよな」
「そりゃそうだよ。だって、あの子……僕に名前をくれたんだよ?」
ルヴィアンは少し笑っていた。でもその笑みは、どこか脆かった。
「名前って、嬉しいものだと思ってた。……でも、なんか……違ったのかもしれない」
「違った?」
「だってさ、名前をもらったのに、それで“何者にもなれなくなった”気がするんだ」
「……」
「お前はいいよな。みんな、お前を見て“安定してる”とか“秩序がある”とか。
でも僕は、“不安定”で“危険”で……“影を見すぎる”って」
セフィルは何も言わなかった。
ただ、静かにルヴィアンを見つめていた。
「僕さ、知ってるんだ。お前が“鍵守”に選ばれるって。
それでいいと思うよ。きっと世界にとっても、ニーナにとっても……」
彼はふっと笑った。
「でも、僕の中では、まだ意味が分からないままなんだ。
どうして、“選ばれなかった僕”に、あの子は名をくれたんだろうって」
セフィルはその時、ゆっくりと口を開いた。
「お前に名前をくれたのは……。
お前が、世界のどこかに在ってほしいって、願ったからだと思う」
ルヴィアンは目を細めて、セフィルを見た。
「……願い?」
「名前って、“存在してほしい”っていう、誰かの祈りなんだ。
選ばれるとか、役目とか、そういうのと別の次元の話だよ」
しばしの沈黙が流れる。
ルヴィアンは夜空を見上げて、ひとつだけ光っていた星を指さした。
「……なあ、セフィル。
――お前だったら、“光の隣にいる影”って、どう思う?」
セフィルはその問いに、即答しなかった。
けれど、しっかりとその問いを胸に受け止めた。
そして、小さく呟いた。
「それも……星を支えてる、大事なものだと思うよ」
それを聞いたルヴィアンは、ただ一言、ぽつりと。
「……ありがとう」
それが、二人の少年が心を交わした、最初で最後の静かな夜だった。
──その後、彼らはそれぞれに違う道を歩むことになる。
だがその記憶だけは、どんなに時が経っても、消えることはなかった。