【???】
―誰かが、僕の名を呼んだ気がした―
暗い夢の淵。
そこは、時間も空間も曖昧な“境界”だった。
ただ微かな光と、冷たい空気だけが存在する。
その中心で、黒の衣に包まれたひとりの男が、目を閉じて佇んでいた。
彼の名は――ルヴィアン。
“闇纏い”として封印された存在。
世界の拒絶と、人々の恐れの中で、長く閉ざされた魂。
だがその魂に、今、微かに触れる何かがあった。
「……」
誰かが、名を呼んだ。
懐かしく、遠く、けれど確かに“彼”の深奥を揺らす声だった。
「……ニーナ……?」
そう呟いた瞬間、胸の奥に熱が走った。
それはかつて、封印の直前ーーただひとりの少女が、彼に与えた最後の“ぬくもり”。
もう忘れたはずだった。諦めたはずだった。
けれど。
(まだ、覚えていてくれたのか……)
呪いのように重く沈んでいた記憶が、ゆっくりと浮かび上がっていく。
かつての空。
名を与えられた瞬間。
彼女の瞳、指先、震える声。
全てが、いま再び、魂の奥で灯っていく。
「ニーナ……いや……イリス」
目を開いた時、彼の中の何かが、確かに変わっていた。
(君が、覚えていてくれたなら……)
(僕もまた、君の元へ還ろう)
そう願ったその瞬間、彼の周囲にほのかな銀の光が走った。
――闇の中に、ひとすじの道が照らされ始めた。