ゼルファードとラーデンの密談
深夜。イリスがセフィルを訪ねた時と同じ頃。
重厚な扉が軋む音とともに閉じられた。
学園長室の奥、ランプの光が揺れる書斎の空間。
ゼルファードは机越しに向かい合う男──黒衣のラーデン・ノアクレストを静かに見据えていた。
「……本当に、決行されるのですね?」
ラーデンが声を低く問う。
「……このまま護送されれば、評議会と王家の”目の中”にまっすぐ飛び込むことになる。
それでは彼らの自由は、あまりにも制限されてしまう」
ゼルファードの声は、深い意志を秘めていた。
「だから、策を講じよう。
まず彼らには、私の正式な推薦として、”星脈調査の名目”で王都に向かってもらう。
表向きは、星の巫女としての素質と、星脈への適正調査だ」
「……ですが、それでは評議会は納得しないのでは?」
「納得させるさ。
私は元評議会議長でもある。
彼らが私を無碍に扱えない立場であるうちに、手を打つ。
彼らは、”護送される”のではなく、”任務を与えられて赴く”形にする。
それが、王家にも評議会にも圧力となる」
「だから」と、ゼルファードは続けた。
「”囚われる”のではなく、”協定”のもとに動くという形をとる。
王家とは正式な文書を交わし、
彼らの意思と、星紋の塔、そして学園の独立性を保証させる」
ラーデンは静かに頷いた。
「確かに……交渉の余地を残す、最善の策ですね。
……出発は明日です。
急がなくては」
ゼルファードは頷くと薄く笑った。
「もちろんだ。最上級の緊急優先事項だからな」
封書に厳重な魔道印を施し、手をかざした。
輝く封書が、一閃の光を残し消える。
ラーデンは見届けると、少し考え、話し始めた。
「飛行ルートを変更します。
王都への航路からわずかに外れた“星脈の地”。
かつて封印の結界が築かれた土地の一つですが……。
あそこで、何かが“揺れて”いる。
……闇の気配に引かれるように、何かが。
王都に着いてからの調査では、遅いように思うのです」
ゼルファードは掌をかざし、古い地図の上に青い光を点じた。
魔脈の流れが明確に交差する一点。その場所に、星のように光が瞬いていた。
「闇の残響か……?」
ゼルファードは呟くように続ける。
「あるいは、そうではない……か?
私は、“もう一つの魂”が目覚めようとしているのを感じる。
イリスとセフィル殿だけでは、“星の記憶”は完全には繋がっていない。
彼らの力は“対”だが──もしや“三位一体”こそが鍵なのではないか」
ラーデンが、はじかれたように顔を上げる。
「三位一体……ですか?
もしかして――星の巫女と鍵守、その陰で命を落とした者がいたという伝承が、
本当だったとでもいうのですか……!!
――いや、すみません……。
先生は、きっと何かをご存じなのですね」
ラーデンは顎に手をやり――しばしの思考の後、尋ねる。
「今、この時代に、その魂が“共鳴”を始めているというのは――。
イリス様とセフィル殿の力だけでは、世界の歪みは止まらないということですね。
――……第三の魂は、何者なのか。もしや先生はご存じなのですか?」
ゼルファードは答えなかった。だが、その目に、確信のような色が浮かんでいた。