キャシディ 第3章④:ひとつの決意
キャシディは少女の冷たくなった手を握りしめた。
小さな指先には、まだ微かな温もりが残っているように感じた。
だがその命がもう二度と戻らないことを、彼女は痛いほど理解していた。
キャシディの胸が締めつけられる。
——なぜ、こんなことになってしまったのか。
少女の頬にそっと触れる。
彼女は、確かにキャシディに憧れていた。
最強の刺客としての姿を目指し、同じ道を歩もうとしていた。
だが、それは本当に誇れるものだったろうか?
キャシディは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、深く息を吸い込む。
「私はもう、誰かに操られて生きるのはやめる」
その言葉は、これまでの生き方を完全に否定するものだった。
「私の力を、私の意志で使う」
エニグマの命令に従い、感情を殺し、ただ標的を消すだけの存在。
しかし、それでは何も守れない。
守るべきものすら、知らなかったのだから。
「これ以上、過ちを犯さないために。この子のような犠牲を、二度と出さないために」
声が震える。
だが、それでも言葉を紡ぐことを止めなかった。
自らの力を、守るために使う。
自らの意志で、戦うべき相手を選ぶ。
キャシディは、少女の手をそっと離し、震える指で涙を拭った。
夜明け前の薄暗い森の中、ひんやりとした風が彼女の頬を撫でた。
「行きましょう、マキシマス」
力強い声だった。
それは決して迷いのない、確かな決意に満ちたものだった。
「私はもう、逃げない」
キャシディは前を向いた。
「私の人生を、私自身の手で切り開いていく」
その言葉に、マキシマスは微笑みを浮かべた。
まるで、初めて本当のキャシディを見たかのように。
「その意志と共にある君は、これからもっと強くなれる」
マキシマスの言葉は、まるで祝福のようだった。
——これは、キャシディの新たな生の始まり。
未来が平穏なものになる保証はどこにもない。
彼女の前に立ちはだかるものは、エニグマの追手だけではない。
己の過去、罪、そして失ったものの重さが、これからの道を険しくするだろう。
それでも、もう後戻りはできない。
否——しない。
キャシディは、自らの意思で行動することを決意した。
彼女がこれまで築いてきた人生は、すべて壊れた。
だが、新たに築かれるものもある。
マキシマスとの関係は、もはや単なる共闘ではない。
それは、信頼と尊敬の上に成り立つ強固な絆へと変わりつつあった。
彼女の手は、もう操られることはない。
彼女の刃は、己が選んだ相手のために振るわれる。
風が吹いた。
少女の亡骸の髪を優しくなびかせる。
「……ありがとう」
キャシディは、誰に向けるともなく呟いた。
その言葉に込められた意味は、一つではない。
——憧れを抱いてくれた少女へ。
——命を落とした仲間たちへ。
——そして、何よりも、これまでの自分へ。
「そして、さよなら」
キャシディはもう振り返らなかった。
過去を背負い、未来へと向かう。
それが、彼女が選んだ道だった。