キャシディ 第3章③:人生の証
マキシマスがそっとキャシディの側に寄り添った。
彼女は震えながら、亡くなった少女の身体を抱きしめていた。
その腕には、冷たくなった小さな体の重みが伝わる。
「キャシディ……」
呼びかけるマキシマスの声は静かだった。
しかし、その温かさがキャシディの張り詰めた心をわずかに揺らした。
「私は……この子を殺してしまった……」
少女の髪を撫でるキャシディの手は、細かく震えていた。
「私に憧れてくれた、この子を……」
声が詰まる。
どれほど悔やんでも、時間を戻すことはできない。
自分が手にかけた命。その現実が、今になって圧し掛かる。
マキシマスは、そっと彼女の肩に手を置いた。
「君が感じているその痛みは、意味のある痛みだ」
静かな声が、確かな力を持って彼女の心に届く。
「選択とは、責任を伴うものだ。君は今、初めて自分の行動に責任を感じている。それは君が自分の意志で行動し、その結果を理解したということだ」
キャシディは瞳を揺らした。
「でも……私は、この子の命を……」
「君はこれまで、エニグマの命令に従い、疑問も持たずにただ殺すだけだった」
マキシマスは、彼女の瞳をしっかりと見つめる。
「でも、今は違う」
マキシマスはキャシディの震える手をそっと包み込んだ。
「君がその手で彼女を殺めたことは、とても悲しい」
キャシディの胸が、苦しさに軋む。
「けれども、それは自分で選んだ結果だと、今の君はもう知っている」
マキシマスの声は静かだが、決して冷たいものではなかった。
「そしてそれこそが、君が自分の意志で人生を歩き始めた証なんだ」
キャシディは息を詰まらせた。
「私の……人生の証……?」
「そうだ」
マキシマスはそっと微笑んだ。
「これからは、君が自分の意志で、誰のために、何のために戦うのかを決めていくんだ。君の力をどう使うかは、君自身の決断にかかっている」
キャシディはマキシマスの言葉を反芻するように、目を伏せた。
「私が……選ぶ……?」
その言葉の重みが、彼女の胸の奥深くに沈み込む。
——私は、今まで何も選ばなかった。
ただ命令されるままに、殺すだけだった。
誰かの意志のままに動くだけの道具だった。
だが、それはもう終わったのではないか?
その時、シルヴェスターがゆっくりと近づいてきた。
「お前の痛みを忘れるな」
その低く響く声に、キャシディは顔を上げた。
シルヴェスターの瞳は、いつになく厳しく、しかしどこか温かみを持っていた。
「その痛みこそがお前を人間たらしめるものだ」
キャシディは息を呑んだ。
「痛み……」
「そうだ」
シルヴェスターはまっすぐにキャシディを見据えた。
「痛みを抱えながらも、それを乗り越えようとする意志。それがお前の選択に意味を持たせる。お前が感じた苦しみも、その涙も、決して無駄ではない」
キャシディは無意識に拳を握りしめた。
「これまでのお前は、ただ与えられた命令を遂行するだけの存在だった」
シルヴェスターの言葉が、彼女の胸を貫いた。
「しかし今、お前は自分で何かを選ぼうとしている。それがどういう意味を持つのか、お前自身が考えるのだ」
キャシディは無言で、腕の中の少女をそっと抱きしめた。
——この子のように、かつて私は憧れを抱いていた。
強くなりたいと、誰よりも優れた暗殺者になりたいと願っていた。
それが正しい生き方だと信じていた。
だが、それは果たして、本当に望んでいたものだったのか?
静寂が森に満ちる。
「私は……」
口を開くも、言葉がすぐに出てこない。
マキシマスとシルヴェスターが、彼女を見守っている。
「私は……この先もずっと」
その先を言おうとすると、胸が締めつけられる。
涙がまた滲みそうになる。
しかし、彼女は唇を噛み締め、それを堪えた。
「この痛みを抱えて、生きていく」
ようやく紡がれた言葉は、微かに震えていたが、それでも確かに響いていた。
——キャシディは、決意した。
過去の罪と向き合い、それを受け入れながらも前に進むことを。
誰かに操られるのではなく、自分の意志で生きることを。