キャシディ 第3章②:後悔の念
激しい戦いの後、森に再び静寂が戻った。
風が木々を揺らし、遠くで夜鳥の声が響く。
キャシディは荒い息を整えながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
地面には倒れた刺客たちの死体が散乱している。
わずかに動く影はない。
それが敵の息が途絶えたことを示していた。
キャシディは無意識のうちに、自分の手を確かめるように指を動かした。
そこには、まだ温かい血が付着していた。
戦いの余韻が、痛みとともに体に刻み込まれる。
だが、それ以上に彼女の心を締めつけるものがあった。
——また、私は誰かを殺した。
彼女はゆっくりと膝をつき、倒れた刺客たちを見つめる。
そこに涙はない。
しかし、胸の奥では言葉にできない感情が渦巻いていた。
刺客たちの死は、彼女が歩んできた過去そのもの。
生きるために仕方なかった、と言い聞かせることはできる。
だが、その過去と決別することの重みが、彼女を押しつぶしそうだった。
その時——。
かすかな呻き声が、静寂を破った。
キャシディは音のする方向に目を向けた。
わずかに揺れる木陰の向こう、地面に横たわる小さな影。
少女だった。
キャシディよりも幼く、まだあどけなさの残る顔。
おそらく十三、十四歳ほどだろうか。
月の光に照らされたその顔は、どこか自分の幼い頃を思わせた。
胸の奥に、冷たいものが流れ込む。
彼女は息を呑み、ゆっくりと少女に近づいた。
そして、目を見開く。
少女の胸には、キャシディのナイフが深々と刺さっていた。
少女は苦しそうに目を開く。
その瞳には、痛みと共に深い悲しみが宿っていた。
「キャシディさん……」
掠れた声が、キャシディの名を呼んだ。
彼女は驚愕に凍りつく。
この少女は、自分を知っている——?
震える手で少女の頬に触れる。
体はまだ温かい。だが、その温もりが急速に失われつつあるのが分かった。
「あなた、私を知っているの?」
キャシディの声は、無意識のうちに掠れていた。
少女は、微かに微笑んだ。
その笑みは、何かを許すようでもあり、何かを問うようでもあった。
「あなたに……憧れて……いたんです」
——心臓が凍るようだった。
「私に、憧れて……?」
少女は息を切らせながら、か細い声で続けた。
「あなたは……私の……憧れだった……美しい……最強の……刺客……」
キャシディの手が震えた。
少女の言葉一つ一つが、彼女の心を深く刺していく。
「私も……あなたのように……なりたかった……」
少女の目に涙が滲む。
「なぜ……裏切ったの……?私たちを……見捨てて……」
その言葉を最後に、少女の瞳から光が消えた。
体から、温もりが失われていく。
何かが壊れる音がした。
それが自分の心なのか、魂なのか、もう分からない。
キャシディは、少女の冷たくなっていく体を抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
声が震え、涙が頬を伝う。
それは彼女が生まれて初めて流す涙だった。
戦いの中で、血に塗れながらも決して泣くことはなかった。
感情を殺し、ただ任務をこなすだけだった。
だが、今——。
少女の言葉が、心を貫いた。
彼女は、かつての自分だった。
憧れ、目標にし、そうなろうと足掻き続けた過去の自分。
そして、その自分を目指した少女の命を、自分が奪った。
「私は……いったい、何をしてしまったの……!!」
悲痛な叫びが、静かな森に響き渡った。
遠く、月が冷たく輝いていた。