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キャシディ 第1章②:出会い

 夜の帳が降りた魔術師教会エニグマの本部。

 無数の塔が聳え立ち、黒く重い石造りの建物は月光を反射せず、ただ静かに闇に溶け込んでいた。

 その中で、ひとつの影が音もなく滑るように廊下を進む。


 キャシディは壁に身を寄せ、周囲の気配を探りながら慎重に歩を進めた。

 足音ひとつ許されないこの場所で、彼女の呼吸さえ沈黙に紛れている。

 目的の部屋はすぐそこだった。


「……ここか」


 呟くように言い、そっとドアノブに手をかける。

 軋みもなく扉が開くと、広々とした書斎が現れた。

 部屋の奥には大きな窓があり、月光が床に長い影を落としている。

 その中心に、一人の男が立っていた。


 背を向けたまま、まるでこの静寂を楽しむかのように、ゆっくりと本を閉じる。

 キャシディは息を殺し、ナイフを抜いた。

 刃が微かに煌めく。


 しかし、その瞬間——


「やあ、君が来るのを待っていたよ」


 男が振り返る。

 長い前髪をかき上げたその顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 キャシディは一瞬、動きを止めた。


「……マキシマス」


 その名を低く呟く。


 マキシマスはゆったりとした動作で椅子に腰掛け、彼女を見つめた。

 その眼差しには恐れも警戒もなく、まるで旧友と向かい合うかのような余裕があった。


「君はなぜこんなことをしているの?」


 静かに問いかける声。

 キャシディの胸に、小さな波紋が広がる。


「なぜって、それは……」


 言葉が詰まる。

 これまで標的の前に立ったとき、彼らは皆、怯えて命乞いをするか、あるいは戦おうとした。

 しかし、問いかけられたのは初めてだった。


 マキシマスはゆっくりと立ち上がる。


「君は本当にこれが正しいことだと思うのかい?」


 彼の声は柔らかく、だが確かな強さを持っていた。

 キャシディの手が震える。

 こんなことは今までなかった。


「私は……私は」


 必死に感情を抑え込もうとする。

 だが、マキシマスの眼差しは静かに、しかし確実に彼女の内側に入り込んでくる。

 己の刃が無意味なものに思えたのは、これが初めてだった。


「任務を遂行しなければ」


 キャシディは再びナイフを構えた。

 しかし、その手は明らかに震えていた。


 マキシマスは動じることなく、さらに一歩近づく。


「君には未来がある。僕は君の未来を守りたい」


 その言葉に、キャシディの胸が大きく揺れた。

 未来。

 彼女には、その言葉があまりにも遠いものに思えた。


「私の、未来?」


 戸惑うように繰り返した瞬間、彼女の指からナイフが滑り落ちた。

 床に触れた刃が鈍い音を立てる。

 キャシディはただ、それを見つめていた。


 その時——


 突然、部屋の扉が勢いよく開いた。


「キャシディ! 何をしている!」


 鋭い声とともに、エニグマの暗殺者たちが雪崩れ込む。

 彼らの目は、裏切りを許さぬ者のそれだった。


 キャシディが咄嗟に動くよりも早く、マキシマスが彼女の前に立つ。


「彼女を傷つけさせはしない」


 手をかざし、瞬時に強力な防御魔法を展開する。

 結界が一瞬で形成され、暗殺者たちの動きを封じた。

 その隙に、マキシマスは振り返る。


「キャシディ、僕と一緒に来てくれるかい?」


 伸ばされた手。

 キャシディは、その手をじっと見つめる。


 信じていいのか。

 この手を取れば、二度と元の場所には戻れない。


 けれど、心の奥から湧き上がるものがあった。


 キャシディは、ゆっくりと手を伸ばした。


「——ええ」


 決意を込めて握り返した瞬間、二人は駆け出す。

 背後で暗殺者たちが怒号を上げるが、マキシマスの結界が彼らを足止めしている。


 廊下を駆け抜けながら、キャシディは振り返らなかった。


 もう、戻る場所はない。


 けれど、彼女の胸の奥には、今まで感じたことのない熱が宿っていた。

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