表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/15

キャシディ 第4章④:光の中へ

 長老は深く息を吐き、静かに杖を握り直した。

 その目に浮かぶのは諦念とも、あるいは敗北ともつかない感情だった。


 長きにわたり魔術師教会エニグマを統べてきた者として、ここで下す決断が教会の未来にどのような影響を及ぼすか、痛いほど理解している。


「……仕方あるまい。キャシディ、お前を解放する」


 静寂を打ち破るその言葉に、幹部たちの間で動揺が走った。

 顔を見合わせ、低く囁き交わす。

 だが、その場にいた誰一人として、異を唱えようとはしなかった。


 キャシディの放った光を目の当たりにした以上、もはや教会が彼女を縛りつける術はない。

 彼女を力ずくで制御しようとすることは、自ら破滅を招く愚行にほかならない。


 長老はなおも表情を崩さず、静かに言葉を続けた。


「だが、一つだけ約束してもらいたい。その力で、我々に危害を加えぬことだけは誓え」


 その言葉が命令ではなく、懇願の響きを帯びていることに、幹部たちは動揺を隠せなかった。

 かつて絶対的な権力を持っていた教会の頂点に立つ者が、ここまで弱さを見せたのは初めてだった。


 しかし、キャシディの表情に変化はない。

 彼女はまっすぐ長老を見据え、冷静に答えた。


「私には、あなた方を害するつもりはありません」


 その声には怒りも憎しみもなく、ただ静かに事実を告げる響きがあった。


「ですが、もしあなた方が再び罪のない人々を犠牲にするようなことがあれば——その時は容赦しません」


 その瞬間、大聖堂の空気が張り詰める。

 幹部たちは息を呑み、互いの顔を見合わせた。

 それは脅しではなく、純然たる事実だった。


 マキシマスが静かに一歩前に出て、深く頭を下げる。


「ご決断、誠に感謝いたします」


 その言葉は柔らかだったが、単なる礼ではなかった。


「彼女の力は、もはや教会の枠組みを超えたものとなりました。無理に制御しようとすれば、それこそ取り返しのつかない事態を招くでしょう」


 それは、この場において教会側に「キャシディの自由を認めた」という事実を受け入れさせる言葉だった。


「ですが、彼女が自らの意志で動くならば、その力はこの世界にとって大きな希望となるはずです」


 幹部たちは沈黙した。

 彼らには、もはや反論する手段がなかった。


 キャシディの力を奪い取る術も、彼女を従わせる方法も、今の教会には存在しない。

 それどころか、これ以上無理を通せば、逆に教会そのものが彼女の力によって破滅しかねないのだ。


「彼女の歩む道は、もはや我々が干渉し得るものではない」


 長老は震える手で杖を握りしめ、言い放った。


「行け、キャシディ……もう二度と、ここへ戻るな」


 キャシディは目を閉じ、一度だけ深く息を吸い込んだ。

 静かに頷くと、マキシマスとシルヴェスターとともに歩き出す。


 大聖堂の扉が重々しく開かれた。

 外の世界から、朝日が差し込む。

 キャシディは一瞬、まぶしそうに目を細めたが、すぐに前を向いた。


「……行きましょう」


 その言葉に、マキシマスが静かに頷いた。


「ああ、僕たちの、新しい道を」


 三人は迷うことなく、光の中へと踏み出していく。

 冷たい大聖堂の空気から抜け出し、心地よい風が肌を撫でる。

 その風は、彼女の決意を歓迎していた。


 キャシディはふと横を向く。

 マキシマスの表情には、深い安堵と微笑が浮かんでいた。

 彼は穏やかに言葉を紡ぐ。


「僕たちの力で、新しい世界を作っていこう」


 その言葉に、キャシディは迷いなく手を伸ばした。

 マキシマスの手を、しっかりと握りしめる。


「ええ、私たちの力で」


 その言葉に、迷いはない。

 キャシディの目に宿る光は、どこまでもまっすぐだった。


 こうして——

 キャシディは、自らの意志で新たな世界へと歩み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ