キャシディ 第4章①:大聖堂での対峙
魔術師教会エニグマの大聖堂は、荘厳な静寂に包まれていた。
巨大なパイプオルガンが正面の壁にそびえ立つ。
その上のステンドグラスを朝の光が透過し、七色の輝きを大理石の床へと落とす。
中央には緻密な文様が刻まれた魔法陣が広がり、その表面に光が反射して輝きを増す。
キャシディ、マキシマス、そしてシルヴェスターは、その魔法陣を背に一列に並び、教会の幹部魔導師たちと向かい合っていた。
彼らの視線は鋭く、空気は張り詰めている。
かつてのキャシディならば、この重圧に耐えられなかっただろう。
だが今、彼女の眼差しには揺るぎない決意が宿っていた。
幹部たちはただ一人の少女を相手に、警戒の色を隠そうともしない。
彼らにとってキャシディは教会に仕える忠実な駒であり、その枠を超えることなど許されるはずがなかった。
だが彼女の姿は、いまや命令に従うだけの存在ではなかった。
長老格の老人が杖をつきながら前へ出る。
「キャシディ」
その声が、広々とした大聖堂に響いた。
「お前は我らの教えに従い、ここまで生きてきた。忘れたわけではあるまいな」
長老の言葉は威厳に満ちていた。
「お前は教会の守護者であり、外の世界を導く者であるべきなのだ」
キャシディは静かに目を閉じた。
エニグマへの恩。
確かに彼女は魔術師教会エニグマに育てられ、暗殺者としての技術を叩き込まれた。
それが、自分の存在理由だと信じていた時期もあった。
しかし、今は違う。
彼女はゆっくりと目を開いた。
「私の役目は、もはや教会に仕えることではありません」
幹部たちの間に、ざわめきが走った。
「何を言っている!?」
「お前は教会の教えに背くというのか!」
彼女は一歩前へ出た。
「無意味な犠牲を二度と生み出さない。私はそう決めました」
その声は静かだったが、堂々としていた。
長老が杖を床に強く打ちつける。
「ならば、お前は教会を離れるというのか?」
キャシディは深く息を吸い、はっきりと答えた。
「はい。私はもう、暗殺者として生きることはしません」
幹部たちの顔色が変わる。
彼らにとって、その言葉は決して容認できるものではなかった。
「お前は裏切り者だ!」
「教会の庇護なくして、お前が生きていけるとでも思うのか!?」
キャシディは、一歩も引かなかった。
「私の力は、人を守るためのもの。それが、私の決めた道です」
その瞬間、彼女の身体から放たれる光が強くなり、魔法陣が共鳴するように輝き始める。
それは、キャシディの中に眠る特殊能力「|INTO THE LIGHT」が、彼女の意志に応じて覚醒しようとしている証だった。
幹部たちは息を呑んだ。
驚きと動揺が、彼らの目に浮かぶ。
「この力は……?」
「まさか、真の力だとでもいうのか……?」
キャシディは、自分の内側で燃え上がる何かを感じていた。
少女の死を経て新しい生き方を見つけた彼女は、その決意を口にした。
「私は、過去に囚われない。新しい道を歩み、二度と罪なき命を奪わない」
静寂の中、マキシマスが前に出た。
「キャシディには、自ら選んだ生き方を貫く権利がある。彼女の力が輝きを増しているのが、その証拠です」
シルヴェスターも続く。
「無理やり従わせても、真の力を引き出すことにはならない。それどころか、その力は破壊を招く要因となる」
幹部たちの表情が揺れる。
中には険しい顔をした者もいれば、冷静に事態を見極めようとする者もいる。
「ならば、どうする?」
「彼女を見逃すのか?」
「解放すれば、彼女の力は……」
その言葉を遮るように、天井から降り注ぐ光が強まり、キャシディの放つ輝きと共鳴した。
彼女の決意が、世界に認められようとしている。
キャシディは静かに目を閉じ、そして言った。
「私は、もう過去には縛られません。これが、私の答えです」
それはこの大聖堂における、戦いの幕開けを告げる宣言だった。




