邂逅Ⅰ:彼女と俺
大学生、穂村猛はいたって普通の人間である。彼の産まれた家はいわゆる一般家庭であり、両親は共に普通の専業主婦とサラリーマンであった。もちろんその間に生まれた彼もまた普通の少年であり、特別、異能、そんな言葉とは一切の関わりを持たずにこの歳まで人生を歩んできた。そう、俺は本当に悲しいまでの一般人だ。だが、別にそのことに対して悲観したことなど一度もなかった。当たり前のことが人並みにできればそれで充分だと思ってきた。いまでもそうだ、俺は普通に産まれて、普通に生きて、普通に死ぬ。それこそが俺が一貫して通るべき人生という道である。その為には普通に学校に通い、普通に勉強をし、普通に友達をつくり、普通に卒業して、普通に就職することだ。だがこの俺にも人並みにこなせないことがあった。恋である。恋。それは人生を限りなく豊かに彩るもの。普通に生きていくなら少なくとも一、二回は恋を経験し、うまくいけば結婚という名のゴールを果たしたりするのだろう。が、しかし俺にはそれができない。もちろん恋人ができたことは何度かある。だがどれも長続きせず、彼女という未知の生物に振り回されて終わってしまう。その度に何度も思考を巡らせ次こそはと意気込んでみるものの、やはりなんの結果も出せぬまま。周りの友達は半年やそれ以上続いているというのに、俺は一ヵ月ともたない。何故なのか。向いていないのだろうか。人付き合いは苦手ではないしむしろ友達は多い方だと思う、まあ親交の深さという点を除けばだが。思えば自分は色恋について誰かに相談したことはなかったし、相談できるような親しい友達もいなかったように思える。そうか、俺に足りなかったのはそれか。そもそも今まで俺が付き合ってきた相手というのもそれほど好きではなかったのではないだろうか。中学の時に付き合った詩織ちゃんも、高校の時付き合った塩谷さんも半ばみんなから強引にくっつけられて恋人になったのだ。更に言えば俺は生まれてこの方まともに人を好きだと思ったことがなかったかもしれない。なんだ、そうだったのか。俺に足りないものはそれだったんだ。
今日から正式に大学が始まる。これからの四年間、ひいてはこの先の人生を憂いなく盤石なものにする為、俺が手に入れるべきもの。一つは信頼できる親友。もう一つは、俺が本気で恋をできる彼女。大学の入り口へと続く桜並木の道を俺は新たな目標と期待を背負って一歩、また一歩と踏みしめながら歩みはじめた。
と、息巻いていた俺ではあったがそもそも親友も恋人も時間をかけて築き上げていく関係性であり、入学したばかりの俺にはそう簡単にできるはずもない。講義室に向かうまでの廊下ですれ違う人々に目を向け、目ぼしい人物を探してはみるもののやはり簡単には見つからない。どうしたものか、いきなり親友や恋人になり得る人間を見出すのは難しいだろう。まずは手近な友人を何人か作ってコミュニティを増やしていくか。だがそれでは結局今までと同じになるのではないか、これまでとは違う関係性を築くためには今までとは違うアプローチをするべきなのではないか。だがどうすれば。そんなことを悶々と考えている内に一限、二限と過ぎ、講義はあっという間に過ぎ去り、昼休憩の時間となってしまった。もう少し策を考えていたかったが、多少の空腹を感じ仕方なく購買に向かう。焼きそばパンとコーヒー牛乳を買い、食事をするのにちょうど良い場所を探しながら学内を歩く。ふと掲示板に貼られた施設案内図が目に入り足を止める、「屋上」の二文字が目に留まる。ここにするか、目的地を設定し再び歩きだす。廊下を曲がり階段を駆け上がり若干息が上がってきた頃、屋上への扉が見えてきた。扉を押し開け、屋上に足を踏み入れる。それなりに大きい学校なだけあって広々とした空間が広がっていた。数歩歩き腰を下ろす。焼きそばパンを齧り、コーヒー牛乳を流し込む。食事を終えたところで再び先ほどの考えを巡らす。だが思考の疲れか、食後の満腹故かわずかに眠気を感じそのまま仰向けになった。大学は街の中心部にある為周りには背の高いビルばかりが立ち並んでいて眺めのよい景色などあったものではないが、こうして見上げた空は違った。広く青い空はどこまでも続いていてそれでいて深く沈み込んでしまいそうな青の中に一点の輝く太陽が照り輝いている。不思議と眩しくはなかった、まるでそれが当たり前のように煌々と輝く太陽を俺は眺め続けていた。瞬間視界が真っ白に染まる。しまったと思った。太陽を直視するのが危険だなんてことは重々わかっている、普段ならこんなことはしない。慌てて起き上がり目を擦る。ぼやけた視界に色が戻り、徐々に鮮明になっていく。刹那、俺の目がソレを捉えた。ソレとは人間のことなわけだがそんな風に形容したのはその女性があまりにも人間離れして見えたからである。女性?そう女性だ。次の瞬間遅れてやって来た衝撃が俺を襲う。まるで体に電流が走ったかのような……いやそんなことはどうでもいい。天使?一輪の花?瞬く星?まるで陳腐な言葉しか出てこない。俺の持っている語彙ではどうあがいても表現し得ない。だがこれで分かった。確信だ。確信した。これはアレだ。俺は、一目惚れというやつをしたらしい。思考が巡る。ぐるぐるぐるぐると意味もない思惑が、言葉が、感情が一通り頭を駆け巡った後我に帰る。動かなきゃ、話さなきゃ、伝えなきゃ。おぼつかない足を奮い立たせ、彼女のもとへ向かう。彼女の立っている数メートル先までが遥か彼方への道のりに思えた。一歩ずつ、一歩ずつ。まるでいけないことをしでかそうとしているかのように、彼女へと近づく。限りなく思考が乱れつづける頭を冷静に保とうとする。近づく、彼女に。あと一歩。俺の姿に気づいた彼女がこちらをゆっくりと振り向く、先程はちらりとしか見えなかった彼女の顔が正面でより鮮やかさを増し、煌めく。言わなきゃ、言葉を発する前からわかっていた震えるだろう声がやはり震えて。絞り出す、喉の奥の言葉を勢いよく、吐き出す。
「あのっ!」
勢い余って強くなりすぎた俺の言葉に、彼女がすこし身を引く。だがここまで来たらもう止まれない、止まる気もない。残りの言葉をまた、吐き出す。
「俺と、付き合ってください!」
俺の言葉に意表を突かれたのか、驚きに目を丸くする彼女の様子が分かりやすく見てとれた。あとはただ結果を押し黙って待つのみ。彼女が、ニコリと笑みを浮かべる。二言。
「ヤだ」
単純明快、難解なことなど一つもない。その言葉は俺の胸を容赦なく突き刺す、なんてことはなく、俺は目の前に提示された事実を甘んじて受け入れ、飲み込む。何事もなかったかのようにひらりと身を翻し、歩き去っていく彼女。この事象をまだ処理しきれていない俺はその場に立ち尽くしたままさっきの言葉を未だにゆっくりと噛み締めしながら、ようやく自分がいま置かれている状況を理解する。
俺、失恋したんだ。さっきまで煌々と輝いていた太陽が、世界が知らぬ間に暗くなってしまったような気がした。
これが俺と彼女の最強で最悪の恋愛の最低な始まりだった。
ヒーローものを書きたいというテンションと勢いだけで一話を作ってしまった。これをどうするか悩んだ末の投稿。タイトルに英雄と冠しているようにヒーローものなのです、そんな要素毛ほどもなかったけど。ただわかる人には伝わるくらいの要素が散りばめられてます。




