九話 叡智の探求というヤバいクラン
「いや俺まだ初心者だぞ?ってか君の名前も知らないんだけど」
「おっと、すまないのよ。私の名前はメティスよ。取引については君が初心者でも問題ないのよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ。取引とは対等な関係である事が前提なのだが、君を鑑定してこちらから頭を下げに来たのよ。この天才がなのよ!」
また自分の事を天才って言ってるよ。ってか凄い上から目線、何様だ?……お子様だな、見た目は。
「そ、それで?どういった取引なんだ?」
「なに、難しい事ではないのよ。君が装備品を集めた際にドロップした素材を優先的に私に売ってほしいのよ。特に魔物の希少素材なのよ」
「メティスさんが求めてる物は理解したけど、取引だよね?そちらは何を出すので?」
俺が思うにワールドマーケットより高い値段で買い取る程度なら取引としては少し弱い。確かにお金は貴重だが、レア掘りしてるだけで勝手に貯まっていくとおもうんだよ。ならお金は別にいいかなって
「メティスでいいのよ。私から出すのは情報の提供と特殊なアイテムの提供なのよ」
特殊なアイテムはどんなアイテムか聞いてみないと分からんが、情報を出すのはこちらにメリットあるのか?
「情報?そんなの攻略サイトや掲示板を見ればよくないか?」
「まぁ初心者だからそう思うのも仕方ないのよ。このAWFにはクランというものがあるのよ」
クラン?いきなり何の話だ。それが情報となんか関係あるのか?
「それは知っている。あれだろ?チームみたいなやつ」
「んーまぁその認識で構わないのよ。数多あるクランの中に叡智の探求という巨大クランがあるのよ」
「ソフィア・チェルカトレ?」
「そうなのよ。この巨大クランは、このAWFの世界の事から歴史、人物、魔物、そして装備やアイテムまで、今現在分かっている全ての情報を持っていると言われているのよ」
「ほ、ほぉー…」
「さっき言ってたのよね?掲示板や攻略サイトを見れば良いと。その攻略サイトを運営してるのが叡智の探求なのよ」
「な、なんだってー!?」
「まだ驚くところじゃないのよ」
このタイミングじゃなかった。怒られてしまった。小さい子に怒られると本当に情けなく思ってしまうから静かに話を聞こう。
「すいません」
「叡智の探求はこのAWFでは情報屋という立ち位置でもあるのよ。つまり攻略サイトには基本情報しか書かれてないのよ。どうやったらこのスキルを取得できるかみたいな、貴重な情報は載せてないのよ」
「そうなのか?でも剣術とかは載ってたぞ?」
「あれは誰でも分かる情報だから載せてるのよ。後はステータス強化系のレベルカンストには魔物1千匹とか、皆で共有した方が良い情報も載せてるのよ。それ以外の情報は載せてなくて、買わないといけないのよ」
そうだったのか。俺は攻略サイトがあれば大丈夫だとか思ってたが、俺が馬鹿だったか。確かに攻略サイトを見た時、希少種が出ると書いてたが、その存在は書かれてなかったな。しかも希少種が出る情報はノルジスト周辺だけしか書かれてなかったな。
「って事は、情報の提供ってのはその買わないといけない情報を教えてくれると?」
「そういう事なのよ。私は叡智の探求のリーダーと知り合いなのよ。私は天才だから色々教えてくれるのよ」
「そ、そうなのか…。確かにそう考えると悪くない」
「それに情報の中には何百万とする情報もあるのよ」
「ま、まじで…?」
「大マジなのよ」
まじかよ…。情報は金になるってのはこういう事か。それをタダで教えてもらえる。魅力的だ。だが――
「単純な疑問なんだが、買った情報を掲示板とかで書いたりしないのか?」
「それは無いのよ。絶対とは言い切れないけど、基本的にありえないのよ。情報を買う時に釘を刺されるし、それを無視して書いたら叡智の探求が敵になるのよ」
「敵になったらどうなる?」
「まともにプレイ出来ないぐらい粘着されるのよ」
粘着?過度な粘着はGMが対処するんだよな?無理じゃないのか?
「何考えているか分かるのよ。このゲームにも穴があるのよ。叡智の探求は人物の情報も持っているのよ。人物情報を集めるにはどうしたら良いと思うの?」
「んー監視?」
「そうなのよ。それも見つからずになのよ。つまり暗殺者みたいな集団でもあるのよ」
「つまり掲示板に書いた者はずっと監視される?」
「そんな甘いものじゃないのよ。ずっとキルされ続けるのよ」
「でもそれって――」
「過度な粘着はGMが許さない。その通りなのよ。だけどさっきも言ったけど穴があるのよ。叡智の探求は巨大クランであり、暗殺者みたいな事も出来るのよ。PKを目的とする者が同じ人物を狙うのは粘着判定となるのよ。つまり、PKする者が同じじゃなければ問題ないのよ」
えっ…こわっ!それってつまり、巨大クランというのを活かして、一人一人、代わる代わるターゲットをPKしていくって事だよな?エグくない?
クランが同じでも、PKするのは違う人だから、このクランに狙われてると運営に問い合わせても、あくまで個人の過度な粘着が許さないのでスルーなのだとか。
「まともにプレイ出来なくないか?」
「出来ないのよ」
「まじか…でもそれってPKクランが真似しそうだけど」
「それも無いのよ。確かにPKを目的とするクランはあるのよ。だけどそのどれもが叡智のクランより小さいのよ。それに叡智のクランは他の巨大クランと同盟を結んでいるのよ」
「つまり?」
「つまり、もしその様なイジメみたいな行為があると分かれば、叡智の探求と同盟である色々なクランが潰しにかかるのよ。まぁPKはまともな人間からしたら皆嫌いなのよ。PKクランも叡智の探求に目を付けられるのが嫌だから、PK集団のルールでは同じ者は狙わないが鉄則なのよ」
どえらい力持ってますな叡智の探求。実際掲示板に書いた者は狙われ続けてキャラを消した者もいるし、PKクランではイジメをしていくつか潰されたそうだ。まぁでもそれがイジメ等をしない抑止力になっているのだとか。
それはこのゲームをしているほとんどの人間が知っている為、掲示板に買った情報を書き込まないのは常識となっている。
まぁ叡智の探求からしたら、掲示板に書かれるだけで稼ぎを一つ潰される事になるし、何よりその情報は誰かから買ったものかもしれない。情報を買うと、その数割が情報提供者に払われる。つまり掲示板に暴露されると、その情報提供者まで稼ぎを潰す事になる。
掲示板に書いた者を罰する為に、叡智の探求がイジメみたいな事をしてると思うかもしれないが、情報を買う時にあれだけ釘を刺しても守らない奴がいる。情報はAWFプレイヤーの稼ぎの一つでもある。
情報提供者と叡智の探求と情報を買う客の信頼で成り立っているのだから、ルールを守らない奴は徹底的にやる。それを見せしめにする。
もちろん情報屋が持ってる情報を自力で見つけ、その情報を掲示板に書いて稼ぎが1つ潰れる事もあったが、それは致し方ないと目を瞑ったりするが。
で、この子メティスはその叡智の探求のリーダーと知り合いで、メティスが聞けば色々と情報を教えてくれるので、その情報を俺に提供すると。いやマジでこの子何者?
「なるほど分かった。軽い気持ちで聞いたらいつの間にかホラー話を聞かされてた気分だ」
「先に言っておくけど、私から提供した情報を掲示板で書いちゃダメなのよ?流石に私も庇いきれないのよ?」
「それは安心してくれ。俺は見るが書くことはないからな」
「なら安心なのよ」
「それで、もう一つの特殊なアイテムの提供とは?」
「実は私の職業は錬金術師なのよ。一応ね」
錬金術師ってあれか?魔物の素材や採取出来る素材から便利なアイテムとか作る職業。生産職だったな。
「でもなんで一応なんだ?」
「私の種族は魔物なのよ。魔物に職業はないのよ。私は吸血鬼種族で錬金術師を名乗っているのよ」
ヴァンパイアか。夜に活動する種族で、確か光が苦手なんだよな。……アレ?
「今時間的には朝だよな。なんで活動出来てるんだ?」
「光耐性脆弱のデメリットをちょっと特殊な方法で克服したのよ。ヴァンパイアで克服してるのは私だけなのよ!私はこれでもAWFをリリース当初から始めてるのよ。私は凄いのよ!」
デメリットを克服したのは凄いな。ならランダムスキルで付いたデメリットなんて気にしなくても良いかも?いやだが特殊な方法だと言ってたし。
「凄いと思うぞ」
「そうなのよ!むふーん!」
凄いドヤ顔してるな。まぁ放っておこ。
「で?その錬金術で作った物を提供してくれると?」
「そうなのよ。悪い話ではないと思わないの?」
「いや思うが、実際どういった物なんだ?」
「そうねー…君は魔法系を全く使わないのよね?このAWFには魔法攻撃しか受け付けない魔物もいるのよ。それを何とかするアイテムを作れるのよ」
そんな魔物がいるのか。確かに俺は魔法攻撃を全く使わない。魔物攻撃しか受け付けない魔物がいるなら詰むな。
「なるほど。確かにそれは有り難いな」
「あとは困った時、こういう物がないか?と頼ってきたら私が作ってあげるのよ。あとは相談でもいいのよ。分からない事があれば何でも聞いてもいいのよ!私は天才だから何でも答えられるのよ!」
いや何でもって…。どうせ分からなかったら叡智の探求に聞くんだろ。まぁ攻略サイトに載ってないことでも答えてくれるならメティスに頼る方が確実か。
「分かった。取引をしてもいいと思うのだが、何故そこまで俺と取引したいんだ?他にも俺みたいなコレクターはいるとおもうが?」
「ククク…それは君に期待しているからなのよ。そのユニークは恐らく激運の上位互換だと思うのよ。私はこの世界に期待してるのよ!この世界はリアルと違って全てが未知なのよ!一を理解して十まで理解するなんて事はないなのよ!だって未知だからよ!」
おぉ…なんか垂れ目で気怠そうだったのに、一気に目がカッと開いて力強く喋ってるな。少し落ち着かせるか。
「ちょっと落ち――」
「この世界で私は私でいられるのよ!魔法も!錬金術も!全て知りたいのよ!それには圧倒的に希少素材が足りないのよ!だから君の力が――」
「分かった!分かったから落ち着け。協力はする。俺にもメリットがありそうだしな」
「ほ、本当なの!?ご、ごめんちょっと興奮してしまったのよ」
「いいんだよ」
この子がここまでこのゲームに固執し、リアルでは自分でいられない何かを抱えてても俺は藪を突かない。そもそも出会って間もないのだし、そういうのはもっと互いを知ってからだな。
「気になってると思うから言うけど、私がこういう見た目なのは特殊な病気なのよ」
「それ言ってもよかったのか?」
「いいのよ。私はこのゲームでも有名なのよ。だから気にしないのよ」
「そうか。だが俺はそれ以上聞かないぞ?」
「クク…礼を言うのよ。じゃあ取引は成立ってことでフレンド登録するのよ」
って事でサクッと……ではないが、フレンド登録のやり方を教わって初めてのフレンドが出来ました。ビジネスフレンドみたいな関係だが。
「これからよろしくな」
「こちらこそなのよ。これから森熊にいくの?」
「まぁそうだな」
「じゃあ希少素材なら買い取りたいから終わったら連絡するのよ」
「了解」
「じゃまた何かあったら言うのよ」
そう言いながらトテトテと去っていく。いきなり声を掛けられてびっくりしたけど良い出会いになったのではないか?見た目はあれだが、悪い子……悪い人では無さそうだし。人は見た目で判断してはいけないか。これから気を付けよう。
さっ!俺はこれから森熊周回だ!どんなレアが落ちるかな期待だな!
攻略サイトにはノルジスト周辺に希少種が現れると載せているのは、運営が明言したから載せているだけで、その他のフィールドに出る希少種は書かれていません。
何故運営がノルジスト周辺だけ希少種を公開したかは、初心者の魔物プレイヤーが希少種と間違われるから。詳しくは掲示板1に書かれてます。
読んでいただきありがとうございますm(__)m