09:僕と契約して神獣使いになってよ
エルフの女王エスカルは、変異個体と言っていいレベルの膨大な魔力を持っている。エルフは魔力に秀でた種族ではあるが、その分筋力は弱い。寿命は長いが繁殖力が低く、結果的にそこまで強者というわけではない。
だが、エスカルだけは別格だ。エルフの中でも成長が遅いぶん、魔力の伸び幅が尋常ではないのだ。元々は防衛の壁でしかなかった幻視の結界に雷撃を編み込めたのも、ひとえにエスカルの膨大な魔力のお陰である。
そのエスカルの雷撃を食らっても平然としている六本足の獅子もどきを見て、エスカルは明らかに狼狽していた。だが、すぐに調子を取り戻す。
「手加減した雷撃を受け流す程度の力はあるか。ならばこれで死ね!」
エスカルはそう叫ぶと、先ほどの倍はある雷撃のビームを発射した。今度はパラおじの顔面が消し飛ぶ。その直後、にゅっ、と顔が生えてきた。
「ば、馬鹿な!? ありえん! 普通の魔獣なら即死のはずだ!」
「安心してください。ちゃんと効いてますから」
「嘘を吐くな! ピンピンしとるだろーが!!」
パラおじはエスカルのプライドを守るために魔法効いてるアピールをしたのだが、逆にエスカルは髪の毛を逆立てんばかりの勢いでブチ切れた。
パラおじが言っているのは嘘ではない。本当に100%ダメージは貫通しているのだ。ただ、究極細胞のお陰で即座に再生しているだけである。
「なんじゃ貴様は! 確かに心臓と頭部を破壊したというのに......」
「心臓と頭部を破壊されても動物は死にませんよ」
「あの、一般的には死ぬと思いますけど......」
思わず後ろから突っ込んだのはムルムルだ、マリマリも含め、目の前の状況に目を丸くしている。どうやら涙も引っ込んだようだ。
「あのね、なんで心臓とか頭が破壊されて死んじゃうかって言うと、生きていくうえで必要な処理が出来なくなるからなんだよね。だから、破壊されたら別の部分で補えばいいってワケ」
パラおじはさらっと説明するが、いちおう理論上は可能だ。心臓や脳を再生できる生物は存在するし、恐竜は体が大きすぎるので脳を複数持っていた者もいた。もっともパラおじみたいに、心臓破壊されたから即もう一個作りまーす、みたいなおかしいことをする奴はいないが。
「なるほど......どうやら魔力に対する耐久性はかなりあるようじゃな」
「耐久性ゼロなのに」
パラおじの説明で納得できなかったのか、エスカルはそういう風に解釈したらしかった。パラおじ的には科学的根拠を無視されたようで若干不満げだ。
「体力馬鹿を相手にするのは我は好まん。いいだろう、我が結界に侵入した褒美と報いを授けてやろう」
エスカルは冷ややかにパラおじ達を見下すと。祈るように手を組み、目を閉じて意識を集中させる。すると、彼女の後ろの空間が歪み、徐々に黒い穴のようなものが広がっていく。
「あれ? 俺が来た異世界の入り口に似てるぞ」
パラおじがそう呟いた。その直後、エスカルは目を開く。
「出でよ! 魔獣フェンリル!」
エスカルの叫びに呼応するように、空中のトンネルがまばゆい光を放つ。その後光を浴びながら、巨大な白銀の狼が姿を現した。体格だけならパラおじと同レベルの威風堂々とした狼だ。
「久しいなエスカル。我を呼び出すのは数百年ぶりか?」
フェンリルと呼ばれた巨狼は威厳に満ちた声でそう呟いた。エスカルは高度を調整し、フェンリルの顔に近づき、そのままそっと身を寄せた。
「そうじゃのう。お前に頼るほどでもないのだが、せっかく契約として魔力を提供しておるのじゃ、たまには運動でもしてもらおうと思っての」
「なんだ? 人間程度で我を呼び出したのか?」
「違う。あの駄獣をボロ雑巾のように引き裂いて欲しいのじゃ」
そう言われて初めて気づいたのか、フェンリルはパラおじに怪訝な視線を向ける。
「なんだ貴様は」
「狼が喋った!?」
「貴様も似たようなものだろうが」
パラおじの反応にフェンリルはイラついたように唸る。フェンリルからしてみたら、パラおじは獣にすぎない。
「いや、俺は人間だから」
「......あの獣は自分を人間だと思い込んでいる異常者なのか?」
「知らん。ただ、魔力で攻撃しても何故か効かんのじゃ。よってお前の力を借りたい」
「なるほど。確かに魔力のみに特化したエルフでは、魔力耐性のある獣は相手しづらいだろう」
フェンリルは納得したようにそう言うと、パラおじのほうに向き直る。パラおじは、フェンリルを恐れるというより、その完成された美しさに感動すら覚えていた。
「ふふ、どうやら驚いているようじゃの。これが我が契約している魔獣フェンリル。魔力に長けているだけではなく、力も尋常では無いぞ。そこの駄獣とは大違いじゃろう」
自慢するようにエスカルが微笑みを浮かべる。周りのエルフ達は、エスカルに平伏するようにさらに頭を垂れた。
「ま、まさか......フェンリルと契約していただなんて」
「知っているのかムルムルさん!」
ムルムルはマリマリを抱きかかえ、震えながら頷き、パラおじに対し説明する。
「魔獣フェンリルは最も神獣に近い存在の一種と言われているんです。当然、契約する際には対価を求めるのですが......」
「その通り。最低限の知識はあったようじゃの。我がフェンリルに提供するのは膨大な魔力。その代わり、こうした雑事を処理してもらうという契約でな」
「えーっと、つまり、誰とでも契約するわけではないと」
「当たり前だろう。誇り高き魔狼である我が弱き者に従うとでも思っているのか。我を従えられるのは我が認めた強者だけだ」
「......というわけじゃ、さて、世間話はもういいじゃろう。駄獣、そして追放された者どもよ。何か言い残すことがあれば情けで聞いてやるぞ」
エスカルは上機嫌でそう呟いた。魔法が効かない相手が苦手なエスカルは、そこを補完するためにフェンリルと契約したのだ。実際にフェンリルを呼んだことは数回しかないが、その時の相手の惨状を見たことのあるエルフなら、思い出すだけで背筋が震えあがるだろう。
「よし分かった! マリマリ!」
「ひゃいっ!?」
少しだけ逡巡した後、パラおじは後ろで震えていたマリマリの方を振り向いた。マリマリは飛び上がりそうになりながら、上ずった返事を返す。
「僕と契約して神獣使いになってよ」
「えっ」
何を言われたのか分からず、マリマリは突っ立ったままだった。