08:雑種強勢
そんなわけで、パラおじは地面に座り込みのんびりとエルフの女王様とやらを待つことにした。隣にはムルムルとマリマリがちょこんと座っているが、パラおじ以外は居心地が悪そうにしている。
それもそのはず、パラおじから十メートルほど距離を置いた場所で、エルフ達が全力警戒モードで睨んでいるのだから。しかも完全に包囲されている。
「まあまあ皆さん、そう緊張しないでも。しがないおじさんにそこまでムキにならなくても」
「だ、黙れ! 今度余計な口を叩いたら全力で攻撃を仕掛けるぞ!」
「さっき全力でやったじゃないですか」
「ぐぬぬ......!」
パラおじは緊張をほぐそうとフレンドリーに話しかけたのだが、かえって煽るような感じになってしまった。一方、パラおじの力を知っているムルムル達は安心半分不安半分といったところ。
「まったく......我を呼び出すとは頭が高い獣じゃ」
「ん?」
まだ数十メートルは離れていたが、パラおじの鋭い聴覚に少女の愚痴が聞こえた。パラおじが目を向けると、辺りのエルフ達も一斉にパラおじと同じ方向を向き、膝を突いた。
軽鎧に身を包んだエルフが四人で簡素な神輿のようなものを担ぎ、こちらに近づいてくるのが見えた。神輿はだんだんとこちらに近づき、エルフ達はまるでモーゼの海のように道を空ける。
「貴様が侵入したとかいう魔獣か……...なんとまあ珍妙な獣じゃ」
「あなたがエルフの女王様ですか?」
「いかにも。我こそがこの里の長エスカルじゃ」
尊大に名乗るエスカル女王を見て、パラおじは驚いた。女王様と言えば長身のお姉さまを想像していたのだが、マリマリよりもさらに小さい。ほとんど幼女と言っていい見た目だった。
ただ、若草色の髪は異常に長く、神輿の上からでも地面に付きそうなほどだった。エスカルは気だるげに神輿の椅子から立ち上がると、ふわりと空中に浮いた。そのまま背丈3メートルを超すパラおじを文字通り見下ろすような位置に移動する。
(パンツ履いてる!)
思わず口にしかけたがパラおじは堪えた。エルフに下着という文化があって本当によかった。あやうく変態になるところだった。パラおじは見えない何者かに感謝した。
「我が編み込んだ魔力を突破するとは、それなりに力のある獣なのだろう。ムルムル、貴様程度がよくもまあ使役できたものだ」
「私が使役しているわけではありません。神獣様の慈悲でここまで導いていただいたのです」
「神獣? はっ! 笑わせるわ! 千年以上生きている我でもそんなものはお目にかかった事は無いわ」
嘲笑を交えながらエスカルが言い放つ。彼女はさらに言葉を続ける。
「そもそも神獣など神話の中に出てくる存在でしかないわ。かつて我らエルフ族が人と同じ存在であったという、あの下らん神話にな」
「あの、ちょっといいですか?」
「なんじゃ、頭が高いぞ」
パラおじが先生に質問するように腕を上げると、エスカルは不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「その神話だと、エルフと人間がもともと同じ種族だったって事になりますよね?」
「ふん。だから下らんと言っているのだ。神話ではすべての種族はかつて一つであったが、それが分かれて様々な種族となったと言われている。人間などという下劣な種族と元は一緒だったとは、考えた奴がいたら殺してやるわ」
エスカルはそう言った後、ちらりとエスカルとマリマリの方に視線を向ける。その視線に威圧されたように、二人は身を固くする。
「そして、その種族と下劣な行為をした者と、その結果生まれた混ざり者にも同じ思いを抱いている」
敵意をむき出しにした表情でエスカルは二人を睨みつける。二人はもう、完全にヘビに睨まれたカエル状態だ。顔面蒼白となり、反論すら出来そうもない。周りのエルフ達も遠巻きにエスカルと同じ冷たい視線を向ける。
そこに割って入る空気の読めない存在。それがパラおじである。
「あのー、人間が下劣って、どの辺が下劣なんですか」
「いちいちうるさい獣じゃのう。決まっている。奴らは見た目の美しさで我らを欲する。精神性などまるでないケダモノ以下の存在じゃ。しかも年がら年中発情し、女と見れば襲い掛かる。そんな奴らが幅を利かせている下らん種族だ」
「わ、私が出会った人間はそうではありませんでした!」
「やかましい。一族の恥さらしが」
ムルムルがたまらず反論したが、次の瞬間エスカルの指先から雷撃が放たれる。ムルムルの足元すれすれの所で雷撃が地面に吸い込まれ、ムルムルはへたり込んだ。
「ひっ!?」
「今のは同胞としての慈悲だ。私が殺さずにせっかく追放で処分してやったというのに、恩をあだで返しおって。その半端者のチビを連れて早々に立ち去るがよい」
「はんぱもの?」
マリマリは自分を指さす。すると、エスカルは調子づいたように嘲笑った。
「そうだ。貴様はエルフでも人間でも無い。どちらつかずの混ざり者だ。魔力もエルフに劣り、かといって人間のような力も持たない。なんの意味も無いゴミクズだ」
「わ、わたしゴミクズじゃないもん! おとーさんも優しかった! 優しかったんだもん......! うっ ううっ......! わああああああん!」
マリマリは目に涙をいっぱいに溜めて言い返し、ついには泣き出してしまった。自分自身を馬鹿にされるだけならまだしも、父を侮辱されたことが我慢できなくなったようだ。
だが、そんなマリマリの怒り方を見て、エスカルは口元を歪めて嗤う。
「はははっ! これはお笑いだ! その優しい父とやらはエルフ族の寿命に付いていけなかったのだろう。ゆえに母のみが生き残り、貴様らは怯えて暮らしている。優しかった? それが何になる。貴様はしょせん世界から愛されんはみ出しものだ」
エスカルが高らかに言い放つと、エルフ達も同調して笑いだす。ムルムルもマリマリも悔しそうに泣いているが、それに手を差し伸べる者は一人もいなかった。
「いやぁ、そうとも言い切れませんよ」
いや、一人だけいた。地球の全ての混ざり者であるパラおじだ。
「なんじゃ貴様はさっきから! いちいち話の腰を折りおって!」
「失礼ですが女王様は雑種強勢という言葉を知らないのでは」
そう言って、パラおじは泣いているエルフ母娘の元へゆっくりと歩み寄る。そして、バカでかい手でマリマリの頭を撫でた。
「いいかい? 馬とロバの子はラバって言うんだけど。そいつは馬のパワーとロバの丈夫さを兼ね備えてるんだ。つまり、君はエルフと人間両方のいい所を持っているんだ」
「りょうほうの......いいところ?」
「そうさ。雑種強勢って言ってね、生物ってのはお互いのいい所をなるべく取り合うように出来てるのさ」
先ほどの神話を聞いた時に思いついたのだ。もしもエルフと人間が同源なのだとしたら、エルフと人間はまったくの別種族ではなく亜種という事になる。だとしたら、ハーフエルフというのは、新しい一つの種族になりえる可能性があるのだ。
そう考えていた矢先、パラおじの胸をすさまじい電撃が貫いた。先ほどの結界とは比べ物にならない圧倒的な魔力。それは電撃というより、雷を矢にして打ち込んだように見えた。
「我に説教をした上に背中を向けるとは。その命をもって償うがいい」
人差し指を銃のように向けた姿勢のまま。エスカルは胸を撃ち抜れて死んだ獣にそう言い放った。パラおじの体にはぽっかりと穴が開き、ぶすぶすと黒い煙が上がっている。
「パラオジさま!?」
マリマリの上に手を乗せたまま、パラおじは固まっていた。通常ならば死んだことすら認識できないで死んだようにすら見える。
「あー平気平気。後ろから電撃ビーム撃たれたから、ちょっとびっくりしたよ」
「んなっ!?」
それまで圧倒的強者として振舞っていたエスカルが初めて狼狽する。すでにパラおじの傷は再生し、傷一つない姿で上部にいるエスカルを見上げる。
「な、なんじゃ貴様は!? 確かに心臓を撃ち抜いたはず!?」
「あなたが嫌っている人間であり、混ざり者ですよ。ね? 雑種も捨てたもんじゃないでしょう」
少しだけ嫌味を込めて、パラおじはエスカルに言い放った。