07:エルフ族の歓迎(意味深)
「よし! 全員無事に結界を抜けられたな!」
パラおじが強引にこじ開けた結界の隙間をすり抜け、ムルムルとマリマリはエルフの里に入ることが出来た。
「ぶ、無事なんですか?」
ムルムルは困ったようにパラおじの方を見る。というのも、本来なら感電死するレベルの魔力電撃を浴び続けたパラおじは、黒こげを通り越し、ペイントツールで黒一色で塗りつぶしたように真っ黒に燃え尽きていた。辺りには焼肉の香ばしい匂いが漂う。
「おっと失礼。ちょっと離れてて貰えるかな」
パラおじはそう言うと、雨に濡れた犬が水を弾くようにブルブルと体を震わせる。あたりに黒い炭が飛び散り、そこにはなんと元の金色の体毛をしたパラおじが!
「とまあ、こういうわけだから大丈夫なんです」
「パラおじって不死身なの?」
「不死身なんてとんでもない! 生命というのはね、流転するのが正しいんだ。ただおじさんはとんでもなく死にづらいってだけさ」
マリマリの疑問にパラおじは諭すように答えた。パラおじは不死身ではない。人間だって多少のケガや病気なら自然に治癒する。それのとんでもバージョンというだけだ。
ただ、とんでもレベルが常軌を逸しているのは確かだが。
「にしても......結界がすごいことになってますね。私、里に百年以上住んでいましたが、こんなの初めて見ました」
ムルムルが後ろを振り返り、若干引いたようにそう呟いた。パラおじがこじ開けた3メートル以上の大穴が空きっぱなしになっており、エルフの里の外部がゆがんで見える。というより、エルフの里の本来の姿が外から穴の部分だけ丸見えになっていた。
「ま、その辺は後で相談しましょうよ。エルフの女王様とやらにお願いをするのが先決ですから」
「はぁ......」
パラおじに促され、三人は改めて結界内部を見回す。森林をベースにしているのは間違いないが、鬱蒼としたジャングルではなく、きちんと木々が手入れされ、日の光が入るようになっている。
大雑把な表現になるが、ちょっと野性味の強い森林公園のようにも見える。建物の類は、ムルムル達と同様に巨木をそのまま利用したものが多いが、奥の方には樹で作られた建物のようなものが見えた。
「上から落ちてきた時は気付かなかったけど、たぶん森に見えるようにカモフラージュされてるんでしょうな」
「上から落ちてきた?」
「あー、この世界に来た時、女神様に空から召喚されたもんで」
「やっぱり神様に遣わされたんですね!」
しまった、と思った。またムルムルの中でパラおじ神獣ゲージが上がってしまった。パラおじは自分が人間であることに誇りを持っているので、神獣扱いはなるべく避けたいのだが。
「敵襲! 敵襲!」
のんきに喋っている場合では無かった。異変に気付いたのか、里に居たエルフ達が一斉に駆け寄ってくるのが見えた。エルフ達は皆女性で、弓を持っている者たちが多いが、中には槍や剣を構えている者もいた。
「一体どうやって結界を......なんだあの穴は!?」
「すみません。入口が無かったので作りました」
「バカなことを言うな! 竜ですら破れん結界だぞ!」
エルフ達は遠巻きに警戒しつつ、パラおじの言葉を叫びながら流した。その後、パラおじの後ろに隠れていたムルムル達に気付く。
「お前はムルムル!? エルフの里を追放されたというのに、よくも戻ってこられたものだな!」
「その......ごめんなさい」
「いやいや、俺が勧めたんですよ。悪いのは俺ですから」
ムルムルがびくりと体を震わせて謝るが、パラおじがそれを遮る。ムルムル達のためでもあるが、パラおじがエルフおよび魔力について調べたいという欲望が動力源だ。
「やかましい! どのような理由であれ、我らの里を侵したことに変わりはない! 死ね!」
問答無用。エルフ達は一斉に矢を放ち、合間に火球や雷撃が飛んでくる。パラおじはエルフ母娘の前に立ち、文字通り肉壁となる。
「いやぁ、それにしても矢で撃たれることが多いなぁ。なんか魔法? みたいなのも混ざってたし」
「き、貴様!? 痛みを感じないのか!?」
「痛みを感じないのは三流だよ。痛いっていうのはね、体に危険が迫ってる大事なサインなんだ」
パラおじはむっとした口調でそう答えた。もちろんパラおじは全然痛くない。それは、パラおじにとって今の攻撃が『危険』レベルでは無いからだ。
普通の人間で言えば、パンチでぶん殴られたら痛いが、指でつんつんとつつかれる程度で痛みを感じない。それは後者が危険な衝撃ではないからだ。
とはいえ、パラおじが痛みを感じる破壊力があれば、すべての生命体は即死しているであろう。
「くっ! 多少の耐久力がある程度で調子に乗るな! 貴様もろとも裏切り者の母娘を土に還してやる!」
「可愛らしい外見なのに意外と好戦的なんだなぁ」
パラおじはまったく恐れていなかった。外見で言うとヤクザみたいな見た目の山賊の方が怖かったし、先ほどの攻撃から察すると、エルフ達の方が強かったと思うが、やはり見た目というのは大事だ。
華奢で美しいエルフ達が連携を取りながらパラおじたちを囲む様子は、まるで舞台演劇のように見えた。とはいえ、パラおじはさておきエルフ達とバトルをするのが目的ではない。
「ちょっとエルフの女王様に謁見したいんですけど、住所ってどこですかね」
「ふざけるな! どういったトリックで結界を破ったか分からないが、女王様が貴様らのような下賤な輩に会うと思っているのか!」
「やっぱ教えてくれないか」
こんな激昂した状態じゃ無理だろうなとは思っていたが、やはりエルフ達は敵意100パーセントだ。
「しょうがないなあ。お二人とも、ちょっと失礼するよ」
「神獣様、いったい何を......きゃっ!?」
「ひゃっ!?」
流れ弾が二人に当たったら致命傷だろう。仕方がないので、パラおじは二人を抱え込んで、ダンゴムシのように丸くなった。
「なんだこいつ!? 急に球体になったぞ!?」
「わからん! とにかく攻撃を続けろ!」
多少困惑しつつも、エルフの戦士たちはパラおじに苛烈な攻撃を加える。最初は遠距離攻撃だけだったが、パラおじが反撃してこないと見るや否や、刀や槍の近接攻撃も加えてきた。
エルフ達は思いつく限りの全ての攻撃を繰り出し、一方的な蹂躙は20分ほど続いた。目の前にあるのは、傷がついていない場所を探すのが不可能なほどの球体である。
「ハァハァ......ハァ! さ、さすがに死んだだろう!」
エルフ達はが刀折れ矢尽きるまで殴りつづけ、全員息が上がっていた。もう矢のストックは無いし、魔力も底を尽きている。ここまでの猛攻を浴びせれば、魔獣だろうが死ぬだろう。
「終わった?」
「えっ」
目の前の傷だらけの球体が喋ったような気がした。空耳だろう。エルフ達はそう思い込みたかった。だが、紛れもない現実なのだ。
球体は元の六本足の獅子に徐々に戻っていく。その過程で、表面に付いていた傷が修復し、刺さっていた矢や槍もボロボロ地面に落ちていく。
「う......噓でしょ......!?」
エルフの戦士の一人が震える声でそう呟いた。それは、その場にいるエルフ全員の気持ちを代弁したものだった。あれほどの攻撃を受けたというのに、傷一つ無くなった獣が、これまた傷一つないエルフの母娘を抱きかかえた姿に戻ったからだ。
「じ、時間を巻き戻したのか!? そんなこと神クラスでなければ出来るはずがない!」
「タイムリープなんて出来るわけないじゃないですか。再生しただけだよ」
「化け物め!」
「人間だってばよ!」
時間巻き戻しだの化け物だの、先ほどからトンチンカンなことばかり言うエルフ達にパラおじもいい加減うんざりしてきた。エルフ達からしたらパラおじのほうがトンチカンだろうに。
「で、落ち着いたところで改めてお聞きしたいんですが、エルフの女王様の住所ってどこですか?」
「ぐっ......! エスカル様に......女王様に報告しろ! 我々だけではこの怪物に対処できん!」
「は、はいっ!」
どうやらエルフ達の指揮官らしき女性が、女王に緊急事態を報告するように伝令を出すようだ。指揮官の指示を聞いたエルフは、大慌てで森の奥へ走り去っていった。
「あ、向こうから来てくれるっぽい。そんじゃあここで待たせてもらいましょうか」
「えぇ......」
パラおじがのんきにそう言うと、ムルムルはなんと反応していいか分からない様子で、困ったように呻いた。