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06:幻視の結界

 エルフ母娘は人間に襲われたばかりという事もあり、一晩休んでからエルフの里へ向かうことになった。エルフ達は獣には狙われにくいらしいのだが、いちおうパラおじは寝ずの番をすることにした。


「月が綺麗ですね」


 パラおじは入口から顔を出してそう呟くが、エルフ達はさすがに疲れていたせいで熟睡している。ムルムルの張ったカモフラージュの樹木の表面から顔だけ出しているので、念のためカメレオンのように顔を木目にしている。


 巨木から顔を出す木目ライオンははっきり言って不気味だが、近くを通った獣たちも不審に思って近寄らないので結果オーライ。


「ふぅ、それにしても今日は激動の一日だったな......さすがにおじさんも疲れたしもう寝るか」


 エルフ達も人間に襲われて相当疲れただろうが、冷静に考えたらパラおじも大概である。今日一日で人間をやめて日本からエベレストまで移動。その後で謎の女神に異世界送りにされて空から落下。その後で山賊とバトルである。


 普通に生きていたら一生分のハプニングを詰め込んだような一日だ。だが、パラおじのライオン頭は穏やかだ。むしろ笑顔といっていい。


「いやー明日が楽しみだな!」


 エルフ達を起こさないように、パラおじは小声で歓喜のつぶやきをした。地球に居た時はパラおじは貧乏だし変人扱いだった。いやまあ確かに変人なんだけど、あまり楽しいものではない。


 せっかく研究がうまく行っても、今度は怪物扱いだ。それに引き換え、エルフ達は自分を見ても差別はしなかった。今の体には生命力が満ち溢れており、金も名誉も全く気にならない。


 何より、未知の世界を探検するということはパラおじの人生には無かった経験だ。それも、その先を歩んでいけば新しい世界が広がっているという希望だ。


 その希望を掴むために、そしてムルムルやマリマリのためにも、パラおじは失敗できない。


「じゃあ俺も寝るとするか」


 パラおじに休みはほぼ必要ないのだが、いちおう人間なので、十分な休息を取った方がいい。そんなわけでパラおじも眠りにつくことにした。半分だけ。


 動物によっては右脳と左脳の片方だけ眠らせたり、泳ぎながら寝たりすることが出来る魚がいる。それの応用で、パラおじは警戒に必要な部分だけ残して熟睡することが出来るのだ。


 そして翌朝、深い森の中にうっすらと日の光が差し込むころ、母娘は目を覚ました。ほぼジャングルなので朝でも薄暗いのだが、昨日まで青ざめていた母娘は、パラおじという強力な守護者のお陰で熟睡できたのか、顔色も良くなりすっかり元気になっている。


「起きましたか。熟睡していたようですな」

「おはようございます。神獣様......まさか私たちのために寝ずの番を!?」

「いや、寝ながら起きてました」

「???」


 ムルムルは意味不明な言葉に首を傾げるが、まだ眠りこけていたマリマリに近づき、優しく起こした。マリマリは寝ぼけ眼をこすりながら起き上がると、飲料水とは別に()んであった冷たい水で顔を洗っていた。


「食べ物は必要ありますか? そこら辺で個体数が多そうな獣を狩ってきてもいいんですが」

「い、いえ! そこまでしていただかなくとも! まだ木の実の残りはありますし、それに私たちは肉は食べませんので」

「それならいいんですが。じゃ、ある程度落ち着いたら案内して貰えますかね?」

「は、はい......」


 そんな会話をした後、ムルムル達は残っていた木の実で朝食を摂り、約束通りエルフの里へ案内してくれる事になった。


 ムルムルがマリマリの手を引いて歩き、パラおじがそれに続く。もともと前がろくに見えないほど木々が密集したジャングルだったのに、さらに奥へと進んでいく。


 ムルムルもマリマリも、歩いている間無言だった。やはり緊張しているのだ。


「この先が私の故郷。エルフの里です」

「この先が? 何にもありませんが」


 ムルムルが足を止めて振り向くが、パラおじには前と変わらない森が広がっているようにしか見えない。


「里全体に幻視の結界を張っているんです。この先には建物などもありますが、ぱっと見では森にしか見えません」

「なるほど。ムルムルさんの魔法の上位版みたいなもんですか。確かに......この先に熱源がたくさんありますな」

「魔法が無いのにわかるの!?」


 マリマリが驚いて声を上げる。元々場所を知っているエルフのムルムルと違い、ハーフエルフであるマリマリは里の外で生まれた。魔力も純粋なエルフより少ないので、マリマリにはパラおじと同じ視界が広がっている。


「目で見えなくても相手の存在を察知する方法は沢山あるのさ」

「すごーい!」

「いやーそれほどでもあるけど!」


 マリマリが拍手をすると、パラおじは照れたように頭をかいた。深海生物が水流のわずかな変化で獲物を見つけたり、熱源を感知する能力を持ったヘビのようなものもいる。パラおじにとって視力はあくまで探知スキルその1くらいの扱いなのだ。


「じゃ、さっそくお邪魔しますかね」

「あっ!? お待ちください神獣様!」

「えっ」


 パラおじが先に進もうとするのをムルムルが慌てて止めるが時すでに遅し。パラおじは、全身に強力な電撃を浴びせられた。パラおじの丸焼き一丁上がり!


「大丈夫ですか!?」

「あー平気平気。ちょっと全身が焦げたくらいだから」

「......ちょっと?」


 表面が焦げ焦げになったパラおじが笑顔を見せるが、ムルムルとマリマリは心配そうにパラおじを見上げる。


「しかし、なんだっていきなり電撃が? 電流デスマッチでもしてるんですかね」

「外敵を阻むため、結界に攻撃魔法を編み込んであるんです。エルフ族以外で意識して侵入しようとする者に対し、電撃が流れるのです」


 ムルムルは説明を付け加えた。基本的に幻視の結界は悪意のない動物などはすり抜けられるし、認識しない限りはそのまま通り抜けられるのだそうだ。


 ただ、そこがエルフの里だと認識した瞬間、電撃が走るようになっている。エルフの里が見つけられずに去っていくならそれでよし。気付いた瞬間に電撃による先制攻撃が入り、エルフ達もそれを察知して臨戦態勢に入ることが出来る。


 エルフ族は排他的な種族であり、ムルムルのような者が少数派なのだ。


「人間は特に私たちに危害を加えますから、問答無用で電撃の洗礼を浴びてしまうのです」

「つまり......俺はちゃんと人間として認識されてる......ってコト!?」

「いえ、神獣様は追放されたエルフとその子供......つまり私たちに力添えしているのが原因かと」

「なーんだ」


 この世界に来てから何度も人間宣言しているのに全然信じてもらえないので、パラおじはぬか喜びした。それはそれとして頭を切り替える。


「となると、この結界を通るとムルムルさんやマリマリ......さんも黒こげになっちゃうわけだ」


 パラおじはマリマリの方を見て一瞬言葉に詰まる。どう見ても子供だが、パラおじよりも年上なので呼び方に困る。それを察したのか、マリマリがにっこり微笑む。


「マリマリでいーよ。パラオジさまならそう呼んでいいよ」

「あ、そうすか」


 呼び名問題が解決したが、それはそれとしてこの結界をどうにかしなければならない。


「神獣様、私たちにそこまで気を遣っていただき本当にありがとうございます。ですが、ご覧のとおり幻視の結界は突破不可能。ここまで来ただけでもう十分です」

「いいや、作戦はあるさ」


 言うが早いか、パラおじは結界に手を突っ込む! 当然、その直後すさまじい電撃がパラおじを襲う。だが、そんなものはどうでもいい。


「よっしゃ! やっぱりこの結界、触れられるぞ!」


 ムルムルの家にお邪魔したときも暖簾(のれん)をくぐるような感触があった。それの上位版と聞いてピンと来たのだ。魔法だから触れられないとかなら一人で行くしかないが、そうでないなら楽勝だ。


「ぬおおおおおおおおおおお!!」

「し、神獣様!? 一体なにを!?」


 すさまじい防御雷撃に全身を貫かれながら、パラおじはそのまま体を結界にねじ込む。そして、六本の手足を目いっぱいに広げ、結界をこじ開ける!


「さ、俺が焼け焦げているうちに通りなさい。そうそう、俺に触れると感電しちゃうから、ゆっくりでいいからね」


 普通、『俺が耐えているうちに早く通るんだ!』とか言うシーンだろうに、パラおじは後ろでどん引きしている彼女らに対し、にこやかに笑いながら隙間を通るよう(うなが)した。

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このおじさんの研究ってヤーナムって街の血の医療なら同じことができそうな?
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