03:初陣(非暴力)
「争いは嫌いだけど、人道的に見過ごしてはおけないね。人間だもの!」
そう言ってパラおじが一歩踏み出すと、山賊たちは狼狽しながら後退した。
パラおじは好戦的な性格ではない。この世界のルールもよく分かっていない。だから人間とエルフどちらが正しいかも分からない。ただ一つ分かっている事は、人間側がエルフを雑に扱おうとしていることだ。
パラおじにとって生命は等しく価値がある。それがエルフだろうが人間だろうがダニだろうが関係ない。そして今、目の前では面白半分に命を弄ぶ許されざる行為が繰り広げられている。
というわけで、パラおじはエルフ側の救済を試みたのだ。仮にエルフが美しい女性ではなく、野良犬だろうがパラおじは助けただろう。
パラおじに気を取られたせいで、男たちは反射的に武器を取ろうと手を動かす。その瞬間、エルフの母娘たちはほぼ同時に男の腕から抜け出すことに成功した。
「マリマリ! 大丈夫!?」
「おかーさんこそへーき!?」
母娘は地面に転がるようにして、お互い抱き合った。
「あ、クソ! 逃がすかっ!」
「おっと、そうはいかんざき」
男たちがエルフ母娘に手を伸ばそうとした瞬間、パラおじが割って入る。突如現れた知恵ある獣の背中は、エルフ達にはまるで巨大な城壁が守ってくれているように見えた。
「あ、あなたは一体......?」
「通りすがりのしがないおじさんですよ。あ、歯牙はあるか。はっはっは!」
パラおじは安心させるように振り向いて親父ギャグを言うが、エルフの母娘は未だに青ざめた表情をしている。
「大丈夫。おじさんは味方ですよ。ん? 大変だ! ケガをしているじゃないか!」
「あなたの方がとんでもないことになってますよ!?」
「えっ」
パラおじはエルフ達が首を絞められたり、すり傷だらけな事を心配したのだが、エルフ達の方が慌てている。彼女らの視線で気付いたのだが、確かにパラおじはとんでもないことになっていた。
具体的に言うと、戦闘中なのに敵に背中を向けたもんだから、背中に大量の矢を受けていたのだ。どうやら警戒した山賊たちが遠距離から弓で攻撃していたらしい。今のパラおじはさながら弁慶の仁王立ちの背中バージョンである。
「くたばれ怪物ぅぅぅぅううう!!」
パラおじが受けた矢には麻痺毒が塗られている。しかもそれを数十本単位で受けているのだ。山賊たちの常識では、魔獣だろうが動けなくなる量だ。とどめを刺しに山賊のリーダーが剣を片手に突っ込んできた。
山賊リーダーは渾身の力を籠め、あんぐりと口を開けたパラおじの口に剣を突き立てた。
「きゃああああああああああ!?」
悲鳴を上げたのはエルフ達だ。剣はパラおじの口を貫き、頭まで貫通していた。普通なら即死である。血が噴き出し、獣は無様に倒れ伏すだろう。
――普通なら。
「これ、もらっていいかい?」
「へぇ?」
剣を突き立てられたまま、パラおじは山賊にそう聞いた。のほほんとした口調を聞き、山賊は気の抜けた返事をした。
次の瞬間、パラおじは剣を貫通させたまま、刃の部分をバリバリとかみ砕く!
「うまうま」
「ひぃっ!?」
パラおじはソフトせんべいでも食べるみたいに剣をよく噛んで、そして飲み込んだ。
「なんだ、ただの鉄か。地球外にも鉄ってあるんだなあ」
「ひ、ひ、ひぃぃいいぃ!?」
柄だけになった剣を握りながら、山賊のリーダーは尻もちをついた。よく見ると、股間の部分に染みが出来ている。恐怖のあまり漏らしたらしい。
「君? 他に何か持ってないかい? 出来ればサンプルを取りた......」
「に、逃げろ! 食い殺されるぞ!」
山賊の一人が恐怖のあまり叫んで逃げ出すと、他のメンバーも蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「ま、待ってくれえええええええええええ!!」
パラおじに剣を突き立てたリーダーは、恐怖のあまり足があまり動かないのか、転びながら仲間たちの後を追うように逃げ去った。
「あーあ、行っちゃった。一応初めて会った人間だから色々聞きたかったのに」
パラおじは残念そうにそう呟くが、悪人からエルフを守ることが優先である。それは達したのでまあ良しとした。
「さて、ケガは......大したこと無さそうですね」
「私たちは大丈夫です。危ない所を助けていただきなんとお礼を言っていいか......そ、そうだわ! 今すぐ解毒をしないと!」
エルフの母は抱きしめていた娘から手を離し、慌ててパラおじの背中に手を伸ばそうとする。あれだけの毒矢を受けて平気な訳がない。
「あー平気平気。おじさん皮膚が分厚いからさ」
「皮膚!?」
「よいしょっと」
そう言って、パラおじは背中に刺さっていた矢を引っこ抜いて地面に捨てていく。毒が効いている様子は全くない。それもそのはず、パラおじは反射的に皮膚を分厚くしたのだ。
そもそも毒というのは、血液に混じると身体機能を破壊する効果だ。なので血液そのものに毒耐性があるか、めちゃくちゃ皮が分厚くてそもそも血管に毒が通らないという単純な奴が居る。
今回は後者だ。もっとも、生半可な毒はパラおじには効かないのだが。
「よし、全部抜いたぞ。お嬢さん方、無事でなにより」
「え? あ、はぁ......」
平然としているパラおじを母娘はきょとんと見ていたが、母の方がはっと我に返る。
「す、すみません! 助けていただいたのに呆けてしまって! 私の名前はムルムル。こちらは娘のマリマリと申します」
「ありがとうございました」
ムルムルとマリマリと名乗ったエルフの母娘は深々と頭を下げた。
「いえいえ。正直ケンカは弱いというか、したことなかったんで心臓バクバクでしたよ」
「......弱い?」
パラおじが胸をなでおろしながらそう言うと、ムルムルの方が目を丸くする。言外にほんとぉ? という気持ちが透けて見えるが、パラおじは気付かなかった。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、せっかくなので家まで送りましょうか? あの山賊とか、他にも似たようなのがいるかもしれませんしね」
「よろしいのでしょうか?」
「もちろん。どうせ行くあてもありませんから」
「では、ご厚意に甘えさせていただきます。神獣様」
パラおじがそう言うと、少し遠慮がちに母のムルムルが願い出た。
「神獣? いや、ただの人間なんですけど」
「私は薬草や毒草に詳しいのですが、あの矢に使われる毒は並の獣なら即死。強力な魔獣でも動けなくなる代物です。それをあれだけ受けて平然としていられるなんて神獣以外にありえません」
「いや、本当にただの人間なんだけどなぁ......」
パラおじはそう言うが、エルフ母娘は全く信じていないようだった。今まで向けられたことの無い尊敬のまなざしに、パラおじは嬉しさ半分恥ずかしさ半分といったところだ。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。俺は幌筵原幸之進。普通の人間のおじさんですよ」
「パラ......おじ……?」
長ったらしい名前を聞き取れなかったのか、娘のムルムルが首を傾げながら小さく呟いた。