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18:夢の国パラオジランド

「やあ僕パッキー! 夢の国パラオジランドの住人さ! パラオジランドはいいところ! どんな種族も誰でもウェルカム! ハハッ! ......どうです? 可愛いですかね?」

「怖いよ」


 一面に広がる大平原のど真ん中で、倒木を椅子代わりに腰かけているナターシャが素直な感想を伝えた。


「どうして!? おじさんには可愛い遺伝子も入ってるはずなのに!」


 パラおじは全力の可愛いアピールをダメ出しされて嘆き悲しんだ。今のパラおじは、外見は元のままだが地球上で上位の人気を誇るマスコットである、アメリカクロネズミのカラーリングになっていた。


 さすがに衣装までは作れないので、黒と白、そして赤をベースに体毛をそれっぽく変えている。それに、パラおじにはシマエナガやハムスターなどの可愛い動物の遺伝子もあるのだ。そう考えたらむしろ可愛くなるのは必然だった。パラおじの中ではそうだった。


「大体、パラオジランドなんだからあんたが国王を名乗ればいいじゃないか。なんであたしが女王にならなきゃならないんだ」

「だって俺、この世界の政治とか分からんし。親善大使とかマスコット向きだと思うんですよね」

「えぇ......」


 ナターシャは顔を引きつらせた。事の発端は二週間前にさかのぼる。エルフの里にパラおじが数百人を投げ込んでもめた後、フェンリルの提案でだったら国を作っちゃえばいいじゃんという小学生みたいな案を出された。


 そして、なんとパラおじはそれを決行することにしたのだった。独立国家パラオジランド建国を宣言し、エルフの里と速攻で同盟を結ぶ。そして防衛力としてフェンリルを派遣するのだ。


 これならばエルフの里に拘束されることも無く、それでいてパラおじは自由に動くことが出来る。


「といっても、パラオジランドねぇ......あたしにはただの難民キャンプにしか見えないんだけど」

「しょうがないじゃないですか。その場のノリで言っちゃったし」

「その場のノリで国を作ろうとするんじゃあないよ!」

「......それはその、すみません」


 ナターシャに正論パンチを食らい、パラおじは少し反省した。パラオジランドの所有地は、厳密に言えばパラおじが踏みしめている足の部分だけである。


 この平原をパラオジランドとしたのは、単に誰も所有していないので勝手に名乗っただけである。人間が完全に領土を分割している地球と違い、この世界では種族が多いために領土があいまいなのだ。


 エスカルが森はエルフの物だから絶対ダメと怒ったし、あまり森から離れてしまうとガリベイン王国の正式な領地を侵食する恐れがある。


 というわけで、おそらく誰の物でも無いであろう何もない野原がパラオジランド首都ということになった。ちなみに当然何も無いので、ナターシャについてきた人間たちはテント生活をしている。なおテントの素材や食材はパラおじから生成されている。


「まあ、ここに集まってる人間たちはガリベインで苦汁を舐めた人間ばかりだからね。それに比べたら不便だけど、重圧も掛けられず食うに困らない。みな嬉しそうだ。そういう点では感謝しているよ」


 そう言いながら、ナターシャは少し離れた場所にある難民キャンプテントの集まり......ではなく、パラオジランドの王国民たちを嬉しそうに眺めた。ナターシャの言う通り、皆、王国に居る時よりも表情が明るい。


 テント生活は不便だろうが、美味しいものがたくさん食べられるのと、元々不遇な生活をしていた者たちの集まりだ。今更ちょっと野宿をさせられようが、嬉しさの方が勝るのだろう。


「やっぱりナターシャ女王がパラオジランドの長にふさわしいですよ。俺、全体を見回すこととか苦手だし」

「なんで王国を追放されたあたしが、こんな訳の分からないことになっているのやら」


 ナターシャは肩をすくめ、倒木(玉座)に腰を掛けた。


「ナターシャさま! 今日はいい天気だね!」

「ん? ああ、マリマリか。それにムルムルもか」

「すみません。無理を言って私たちまで住まわせてもらって」


 パラおじとナターシャが話していると、ムルムルとマリマリ達がやってきた。エルフの里に住まう事を許されたのだが、この二人も自主的に付いてきたのだ。


「いや、いいんだ。パラオジじゃないが、私も様々な種族が仲良く暮らせる場所が出来るならそれがいいと思っているよ。とはいえ、現状だと飯が豊富な流浪の民の集団だけどね」

「それなんですが、フェンリル様がなんとかするって言ってましたよ」


 途中で情報を提供したのはムルムルだ。ナターシャは不思議に思って問いただす。


「フェンリルが? この状況からどうしようと言うんだ?」

「さあ......当てがあるとかなんだとか。魔獣の考えていることはいまいち分かりかねます」


 ムルムルの方も明確な事は聞いていないらしい。現状だとパラおじの飼い犬みたいになっているが、魔獣フェンリルは誰もが恐れる数千年の時を生きる怪物だ。知識の量もエルフ達をはるかに凌ぐ。


「そうか。まあ、あまり期待せずに待っておくか。いい報告を期待しているぞ。パラオジランド大臣マリマリと、そしてその母ムルムルよ」

「まかせたまえ!」


 マリマリは女王であるはずのナターシャ相手に胸を張る。ムルムルがたしなめるが、ナターシャは笑ってそれを許した。


(パラオジランドね......まるで子供のごっこ遊びだな)


 ナターシャはさすがにパラオジランドなる国が成立するなどと思っていない。ただ、パラおじと魔獣フェンリルが居てくれれば、ガリベインからの追撃を回避するのに役立つだろう。時期を見て、連れてきた国民たちを率いてどこかへ移動するつもりだった。


「で、パラオジ王はどうお考えで? ぜひとも今後のプランを聞かせてもらいたいのだが」

「いや、俺はあくまでマスコットとか親善大使なんで。その辺はナターシャ女王に全部任せます」

「つまり、何も考えてないんだな?」

「......はぃ」


 ナターシャの圧にパラおじは再び縮こまる。華奢な女性であるナターシャだが、その辺りはさすが元王族と言うべきか、オーラに圧倒されていた。


 美味しいご飯をたくさん食べ、みなそれぞれの作業をし、幸せに眠る。それだけで人生は満たされる。ナターシャはそれ以上は望まなかった。現状はそれが出来ているが、あくまで一時的なものだ。結局、『国』というのはそれらを支える基盤だ。


 言うなれば今の状態は切り花のようなもので、花は一時的に美しくてもすぐに枯れてしまう。仮にパラオジランドとやらを本当の国家にするなら、土台を支える根を張らねばならない。


 ナターシャがぼんやりとそんなことを考えていると、急に人間たちが悲鳴を上げた。はっと我に返ったナターシャも、空を見上げて目を見開いた。


「り、竜!? しかも大群だ!?」

「ナターシャさま! あっちから黒い塊がくるよ!?」

「んなっ!? あっちは魔犬ガルムか!? あんな大量な数初めて見るぞ!?」


 ナターシャは身震いした。竜族は一匹で小さな人間の国なら半壊させるほどの力を持つ。そして、漆黒の体毛に覆われた黒犬たちは魔犬ガルムという。犬といってもライオン並の大きさで、フェンリルには遠く及ばないが、群れを成すとすさまじい厄介さを発揮する。


「まさかガリベインの追手か!?」


 真っ先にナターシャの脳裏に思い浮かんだのはそれだった。魔獣使いという職業は珍しくは無いし、ガルムを一匹使役する程度ならまあありえる。ただ、大量の群れとなるとまた別で、竜種ともなると使うというよりこちらが使われるといった方が正しい。


 恐怖に怯える人々を何とかしたくても、人間ではどうこう出来る相手では無かった。ところが、竜と魔犬たちは、人々の前まで近づくとぴたりと動きを止めた。


「アニキ! 待たせてすみません! こいつら頑固だから力で分からせるしかなくて」

「あれ? フェンリル君じゃないか」


 先頭を飛んでいた巨大な竜の背中から、フェンリルがひょっこり顔を出した。二十メートルほどの高さがあるというのに、フェンリルは迷いなく飛び降り、そのまま着地した。


「パラオジランド建国するって言うんで、とりあえず頭数揃えました」

「頭数揃えたって......後ろの動物君たちはフェンリル君の友達?」

「友達っていうか顔見知りっす。俺とは縄張り争いとかしてたんすけど、今回作るアニキの国は世界最強になるって言ったら鼻で笑ったんでボコボコにしたっす」


 さらっとフェンリルはそう言うが、ナターシャ達からしたら一体でボコボコにされる連中である。それが群れを成して整列しているのだから、なんと言っていいのか分からない。


「ま、そんなわけで、ちょいと時間は掛かりましたが兵隊を集めてきました。俺より強いアニキの命令なら何でも聞くっすよ」

「まあ、うちは確かに誰でもウェルカムだけど」


 パラオジランドは誰でもウェルカムがコンセプトだ。悪事を働いて他者を傷つけない限り、どんな存在でも居ていい。とはいえ、そもそも国を勝手に名乗っただけでそもそも国ですらないのだ。


 国として機能するための法律、産業......土台として必要な、地味だが重要なものは皆無である。今のところ、パラオジランドは人間とエルフ、そして魔獣や竜の群れに過ぎない。


「そうっすよね。じゃ、さっそくカチコミに行きましょうや」

「カチコミ? どこに?」


 パラおじがそう尋ねると、フェンリルはあれ? といった風に首を傾げる。


「いやだなぁアニキ。そんなもんガリベン王国に決まってるじゃないっすか」

「ガリベインな」


 ナターシャ・ガリベインはさすがに訂正を入れた。


「そう、そのガリベイン。パラオジランドはその......法律? とかそういうのが無いんすよね? てことは、出来合いのガリベインを丸ごとパラオジランドにしちまえばいいんすよ」

「えぇ......」


 強者こそ全ての魔獣にとって、相手の使える能力を奪うのは基本的な考えだ。だからフェンリルは兵隊兼住民の強力な魔獣を集めてきたのだ。


「あ、でも割とアリか? もともとガリベイン王国はナターシャ様が王位に就く予定だったんでしょ? じゃあ、現パラオジランド女王のナターシャ様がトップになるわけか」

「アリか? じゃない! そのために貴様は侵略戦争を起こす気か!?」


 さすがにナターシャは抗議をする。理屈では確かにそうなるが、魔獣に襲われて一番困るのは罪のない一般市民だ。


「大丈夫ですよ。おじさんも暴力嫌いだし、無血開城目指しますから」

「......本当だろうな? 少しでも破ったら、貴様も含めて集まった魔獣たちを全員素材にしてやるぞ?」

「まあやるだけやってみましょうよ。どっちにしろ先に進むしかないわけだし」


 こうなるとパラオジが止まらないのはナターシャもいい加減把握している。ナターシャはため息を一つ吐くと、しぶしぶ了承した。


「よーし! 女王様の許可も得られたし、パラオジランドのパレードの始まりだぁ!」


 こうして夢の国パラオジランドの行進が始まった。夢と言っても、ガリベイン王国のドンカスターにとっては悪夢だろう。

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王国にとってはマジモンの悪夢で草(ハハッ
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