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17:質量を持った質量

 囚われの身となったはずのパラおじが突然死んだと思ったら実は生きて目の前にいる。なんかもう意味不明な文章だが、事実なのだから仕方がない。


「貴様! 隙を見て脱走したんだな? そしてぬけぬけと屋敷の裏口から忍び込んだ。そうだろう!」


 半狂乱になりながらドンカスターは現状を証明しようとした。その声は、説明というより自分に言い聞かせているように聞こえた。


「違うんだよね。口で説明するより見てもらった方が早いかな」


 そう言いながら、パラおじはナターシャとマリマリを守るように前に立ち、食材を育てる時のようにたてがみを一本抜き、ふっと空中に吹きかけた。体毛は即座に形を変え、もう一体のパラおじとなった。


「こんにちは。クローンおじさんだよ」

「増えたぁ!?」


 体毛から派生したのは、まちがいなくパラおじその人だった。質量を持った残像なんてチャチなもんではなく、質量を持った質量だ。


「挿し木理論の応用でクローン体を作ったんだよね。ちゃんと記憶も保持できる優れものだよ。でも、さすがに俺みたいなのが一杯いると大変だし死んでもらおうかな」

「オッケー!」


 めちゃくちゃ軽いノリでそう答えると、先ほど生まれたばかりのパラおじクローンは一瞬でチリになって掻き消えた。生命が分解されるのを超加速したのだ。


「とまあ、そういう訳なんですよね。じゃあこれで契約は完了ということで」

「ふ、ふざけるな! どんな幻術を使っているんだか知らないが、そんなものが通るか!」

「通りますよ。だって俺、一時的に同行するって言ったじゃないですか。契約者もマリマリのままだし、一時的に同行した個体が輸送中に死んだってワケ」

「な、なんなんだこいつは!?」


 鈍感なドンカスターも、さすがに目の前の怪物がとんでもない存在であることを、ようやく理解し始めた。確かにスライムなど分裂する魔獣は多数いるが、即座に高度な個体を作る存在は見たことも聞いたことも無い。


「というわけで、俺の方は約束を守りましたよ。でも、あなた方は約束を破って危害を加えようとした。同じ人間として恥ずかしいよ!」

「貴様のような人間が居てたまるか!」


 ドンカスターは怒鳴ったが、はたから見たら恐怖を押し殺して威嚇する子犬のように見えた。


「王様、もうやめましょうよ! お伝えした通り、鉄食いはおかしいんですよ! まともに相手をするのは愚策です!」

「ぐっ......! い、いいだろう! 約束通りこの場から去るとしよう」

「ちゃんと城の方から援助するって奴も頼みますよ」

「分かっている! お前たち、さっさとこの場を離れるぞ!」


 ドンカスターは震える声でそう言うと、逃げるように馬車に乗って去っていった。兵士たちも護衛の任務というより、一刻も早くこの場を去りたいのか、恐るべき速度で退去していく。


「ほらね、おじさんの言った通りだろう? すぐに戻ってくるってね」

「おかえり! パラオジ!」

「はっはっは! あんな非人道的な奴らに屈するおじさんではないのだ!」 


 マリマリはパラおじの巨体に嬉しそうに飛びつくと、パラおじも犬歯をむき出しにしながら笑って応えた。ナターシャと孤児たちは、一応助かったのだがちょっと引いている。


「ええと......色々と言いたいことはあるんだけど、とりあえず感謝するよ。でも、もうここには居られないね」

「えっ? だって城から援助してくれるって話じゃ」

「あいつはその場が凌げるならどんな嘘でも平気で吐く男だよ。あんただって目の当たりにしただろう」

「ですよねー」


 いくらパラおじでも、ドンカスターの言葉を全て鵜呑(うの)みにするほど単純ではない。あの男の性格的に、援助どころかさらなる嫌がらせをしてくる可能性がある。


「あんたがいる間は大丈夫だろうけど、いなくなったらさっきの繰り返しだよ。その前にここを引き払わないとね」

「なんかすみませんね......俺が来たせいで余計なトラブルを呼び込んだみたいで」

「いいんだよ。もともとそう長くはいられないと思っていたんだ。あのムカつく愚兄(ぐけい)の鼻っ柱を折ってやってスッキリしたくらいだよ」


 申し訳なさそうにするパラおじとマリマリに対し、ナターシャは笑ってそう答えた。


「行くあてはあるんですか?」

「正直なところ無い。それにガリベインは領土も広いからね......国外に逃げるとしても子供を連れながらだと厳しいが、やるしかないよ」

「だったらいい場所があるんですよ。とびっきりの守りがある場所が」

「そんなところあるのかい?」

「ええ、ここからだと人間の足だと二週間くらいだろうけど、俺が往復で運べば数時間も掛からんでしょう」


 パラおじはさわやかな口調でナターシャに微笑みかけた。



◆ ◆ ◆



「なんじゃこの有り様はあああああああああああああ!?」


 エルフの女王エスカルは思わず悲鳴を上げた。本来なら人間が絶対に入り込んではいけないエルフの里に、大量の人間が連れ込まれたのだから無理もない。その数は数百人は下らない。


「いやーすみません。ナターシャ様が行くなら我々もって人が思ったより多くて」

「そういうことを言ってるんじゃない! お前はエルフの里に人間が近づかないように交渉をしに行ったんじゃろうが!」

「それはまあそうなんですが、ここにいる人たちはエルフ狩り反対派のいい人たちなんで、妥協案って事に」

「ならんわ! 今すぐこいつらを元居た所に捨ててこい!」

「あたしらは捨て猫かなんかか......」


 エスカルが激昂するが、それを聞いていたナターシャは思わずため息を漏らした。パラおじが案内したいい場所とは、エルフの里内だった。


 確かにここは人間たちの領土ではないし、強力な魔力障壁があることも分かった。だが、エルフの里にこれだけの人間がなだれ込むのは人類史上初めてだろう。


「あのさ......どう見ても友好的じゃないんだけど。あたしら本当に来てよかったのかい?」

「当然さ! 人道的な生命体はみんな仲良くすべきだからね。エスカル様もそう思うでしょ?」

「思うか! ダメじゃダメじゃ! いくら駄獣がフェンリルより強かろうが、エルフ族の誇りにかけて人間をこの里に住まわすのは許可せん!」

「ハーフエルフが住むのは許可したのに? ダブスタでは?」

「だぶすたとやらがなんだか分からんが、あれは仕方なくじゃ! いくら善良だろうが人間はダメだ!」


 パラおじはハーフエルフも住まわせてもらったし、行けるかなと思ったのだが駄目だった。当たり前である。


「呼んだか? ......って、アニキ!? 帰ってたんなら教えてくださいよ!」


 フェンリルという単語に反応したのか、遠くから風のような速さで走ってくる白銀の巨狼が見えた。魔獣フェンリルである。


 フェンリルに関しては里に来る前に事前に話しておいたので、人間たちはそこまで混乱はしなかったが、やはり怯えの色は隠せない。


「ああ、ビビらなくていいぞ人間ども。俺はアニキの舎弟だからな、アニキが大切にしてる物は俺にとっても大切にする」

「い、意外と紳士なんだね......」


 勝気なナターシャもさすがにおっかなびっくりだ。敵意がない事は分かったが、驚異の魔獣であることは変わりない。


「しょうがないなあ。エスカル様が許可してくれないんじゃ、別の場所に住むしかないか」

「そっすね。じゃあ、俺もアニキに付いていくっす」

「待てぇい! 最初の約束を忘れたのか! お主がぶっ壊した結界の責任を取るまでいる話じゃろうが!」

「うぅ......それはそうなんだけど」


 パラおじは頭を抱えた。なにせ自分の短絡的な行動のせいでエルフに迷惑をかけてしまった。そのために人間たちに交渉をしに行ったはずなのだが、これまた短絡的に人間を街から連れ去ってしまった。


「だがしかしっ! 俺は謝らないっ! 人間として虐げられた者を見放すのは五流だからっ!」

「貴様の人間宣言などどうでもいいわ! フェンリルだけでも残していくようにお主から説得しろ!」

「アニキ、ちょっといいですかね」


 エスカルに叱られ、たじたじのパラおじにフェンリルが近寄ってきた。


「俺はアニキに付いていくっす。たとえなんと言われようと、少なくともエスカルの下に残る事はありえないっす」

「そこを何とかならないかな?」

「だから何とかする方法があるんすよね。エルフの里に住まわず、人間たちとエルフの両方を守りながら俺がついていく方法が」

「そんな方法あるかな?」


 パラおじは首を傾げる。フェンリルは忠犬のようにパラおじに付き従いたがるが、そうなるとパラおじはエルフの里から移動できなくなってしまう。


「ここら辺に独立国家を作っちまえばいいんすよ。もちろん国王はアニキで」

「は?」


 フェンリルからの無茶苦茶な提案に、パラおじは空気が抜けるような間抜けな返答をした。

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― 新着の感想 ―
エルフの里にクローンおじさんを置いていけばいいのでは…?
質量をもった残像って懐かしいな。もう35年前なんだけど。
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