16:鉄食い
「鉄食い!? なんでこんなところに!?」
「鉄食い? それって俺の事ですか?」
重厚な鎧に身を包んでいたので分からなかったのだが、声で最初に会った山賊だとパラおじは気付いた。山賊が正規兵になっているのがよく分からないが、他の兵士たちも『鉄食い』と言う名を聞いてどよめいていた。
「あいつが噂の鉄食いか......なんでも斬撃を受け流すどころか刃を食ったらしい」
「マジかよ......おい、お前行けよ!」
「嫌だよあんな化け物!」
兵士たちは狼狽しっぱなしだ。先ほどと明らかに態度が違う。ただのデカい魔獣程度にしか認識していなかったのだろう。
「化け物、化け物って失礼な! 人に対して言っていいことと悪いことがあるんだぞ!」
「こいつ......鉄だけじゃなくて人も食うのか!?」
「食べないよ!」
パラおじは憤慨し、全身の毛を逆立てた。それと同時に兵士たちが一歩後ずさる。だが、その中で一人だけ平然としている者がいた。ドンカスター王である。
「ふん。たかが剣を食うくらいで何だというんだ。魔獣フェンリルのような災害級の怪物ならともかく、斬撃が効かない怪物などごまんといるじゃないか」
(そいつ今、俺の弟分を自称してるんだよなあ......)
さすがのパラおじでもこれは言えなかった。これ以上、怪物属性を付与されてはたまらない。なぜならパラおじは......人間だから......。
「で、鉄食いとやらに聞きたいのだがね。うちの愚妹に施しを与えたのは本当かね? 盗みをやっていないというなら、証拠を見せてもらおうじゃないか」
「分かりました。お見せしましょう」
そう言って、パラおじは今までやっていたように毛を一本引き抜き、地面に突き刺す。そしていつもと同じように一瞬で植物を生成して見せた。
これには危機感が鈍いドンカスターも驚いたようで、食い入るように出来上がった作物を凝視していた。
「し、信じられん!? 一瞬で生命を作り上げた!? ふむ、ふむ......なるほど」
ドンカスターはしばし顎に手を当てながら何かを考えこんでいた。そして、にやりと邪悪な笑みを浮かべる。ナターシャはその表情を見て顔をこわばらせる。この男がこの表情になるときは、いつもろくでもない思い付きをしたときだ。
「確かに盗みはしていないようだ。しかし、鉄食いとやら。君は人間社会の常識を知っているかな?」
「人間社会の常識?」
知っています、と断言できないのがパラおじの悲しい所。パラおじは科学者としては努力してきたが、人間社会で常識的かと言われると自分でも疑問に思うからだ。
「君が勝手にその能力を使って食べ物を好きなだけ量産したとしよう。今は孤児や愚妹に食わせているだけで済むが、街の人間たちがそれを知ったらどう思う? 当然、君のところにやってきて、心優しい君は分け与えるだろう」
「それが何か問題が?」
「大いに問題だとも。そうなると肉や野菜を売っている者たちの稼ぎはどうなる? 当然商売あがったりだ。そうなれば王である僕、ドンカスターが施さねばならない。つまり、君は間接的に国益にダメージを与えているわけだ」
「そうかな......そうかも」
ドンカスターが流暢に喋ると、パラおじは言葉に詰まる。なにせパラおじは政治的な事がまるで分からない。まして異世界の状況ならなおさらだ。今までフィーリングとパッションで生きてきたが、細かい部分は自信がない。
「屁理屈をこねるんじゃないよ! あんたらがそんなことを気にする性質じゃないのは私が一番分かってるんだよ!」
「元王女だろうが、今は一介の修道女風情が口を挟むんじゃない。これは国王としての取引だよ。どうだい鉄食い君? 君が我が王城に来てくれるなら、この件は不問としよう。それどころか我が城からこの屋敷に正式な援助をしよう」
「なるほど。それでナターシャ王女はお咎めなしになるわけですか」
「パラオジ! そんな奴の口車に乗っちゃ駄目だ! どうせろくでもない事を考えてるに違いないんだ!」
ナターシャは必死にパラおじの説得を試みるが、パラおじは首を横に振った。
「まあ、自分が城に行く程度で国王が納得するならいいじゃないですか。じゃあ契約成立という事で」
「まって!」
パラおじがドンカスターにそう言った次の瞬間、屋敷から一人の少女が飛び出してきた。ハーフエルフの契約者マリマリだ。
「パラオジは私とけいやくするってゆってた! あれはどうなるの!?」
「もちろん続行さ。大丈夫、ちょっとの間だけ同行するだけだからさ。マリマリはここでナターシャ様のお世話になっていなさい」
「そんな......」
マリマリは泣き出しそうな表情になるが、パラおじは巨大な手でマリマリの頭を優しく撫でた。それからドンカスター王に向き直る。
「というわけで、俺の身柄は一時的にあなた方に預けましょう。その代わり、とっとと帰ってくださいね」
「話が分かる魔獣で助かるよ。もちろん、約束しようじゃないか」
そうしてパラおじはドンカスターの軍門に下ることになった。兵士たちの何名かが急いで城に戻り、囚人を乗せる鉄格子を乗せた頑丈な馬車と追加人員を用意して戻ってきた。パラおじはそこに詰め込まれる形で乗り込んだ。
「まるで罪人扱いですな。普通に馬車に載せてくれてもいいのに」
「そう言わないでくれたまえ。なにせ兵士たちがみんな怯えていてね。少し窮屈だろうがこうした格好を取った方がいいのだよ。なに、王城に着いたらすぐに出すさ」
ドンカスターはそう言って、パラおじの檻を乗せた馬車を王城へと向かわせた。巨大な獣を乗せた兵士たちは顔を蒼白にしながら、しぶしぶといった感じでその場を後にする。
後に残されたのは、ドンカスターと、彼に最初から付き添っていた十数名の兵士たちだ。
「あんたらもとっとと帰りな! パラオジは約束通り大人しく捕虜になってくれたんだ!」
「ふん、間抜けな魔獣で助かったよ。ただ能力は一級品だ。あの無限に食材を生み出す力があれば、我が国の兵力はさらに強化される」
ドンカスターの狙いはそこだった。戦において食糧事情は重要だ。パラおじの能力さえあれば、いくらでもその場で食料を用意することが出来る。
「よし、もうこの場に用はない。さっそくこの屋敷と小汚いガキどもを処理するか」
「なっ!? あんた、約束をもう破る気かい!?」
「ウソつき!」
ナターシャとマリマリが非難するが、ドンカスターは嘲笑う。
「ウソは吐いていないさ。城から援助をすると言ったが、その方法は言っていない。それに、罪を犯したのは鉄食い......パラオジと言うのか? 彼がやったことでそれは無罪放免だ。だがその罪の恩恵を受けていた君たちは処罰される」
「屁理屈じゃないか!」
「なんとでも言え。もともとお前の事は気に入らなかった。苦労して追放してやったら、今度は街中で聖女様だと? おかげで僕は陰口を叩かれる。だが、お前がいなくなればすべては解決する」
憎しみを込めた口調でドンカスターはナターシャを睨む。そして、部下の兵士たちに命令を下した。
「お前ら! この屋敷にいる連中を全員捕縛しろ! その後は奴隷にしようが何だろうが構わん。あの間抜けな怪物には、国外に保護先を見つけたとでも伝えておく」
パラおじが居なくなったので、兵士たちはいやらしい笑みを浮かべて武器を構えた。なにせ、美貌の元王女を好きにしていいという命令が出たのだ。
「おいハーフエルフのクソガキィ! あの時はよくも俺たちの顔に泥を塗ってくれやがったな!」
「ひっ!?」
兵士たちの中でパラおじの被害に遭った連中は、特にマリマリに執着していた。彼らは山賊ではなく正規兵なのだが、『副業』で違法行為をやっているろくでなしだった。
「あたしがタダで捕まると思うかい!」
「思うね。あんたは別に武芸に秀でてるわけじゃない。多少斧が振り回せる程度で王直属の兵隊に勝てるか? しかもガキどもを守りながらな!」
「くっ......!」
威嚇するようにナターシャが睨むが、悔しいがクズ共の言う通りだった。ナターシャ一人ならなんとか逃げられるかもしれないが、子供たちを置いてはいけない。
「やはり......薄汚い陰謀だったようですな」
万事休す。そう思った矢先、聞き覚えのある声を、その場の全員が捉えた。その方向に皆が釘付けになる。
屋敷の壁の向こうから姿を現したのは、六本腕に獅子の頭、それに翼竜のような翼を持った怪物――じゃなくて究極人間パラおじだ!
「ば、バカな!? 貴様は先ほど檻に入れられて城に運ばれていったはず!?」
ドンカスターが絞り出すようにそう叫ぶと、今度は反対方向の道からものすごい勢いで馬を飛ばしてくる兵士の姿が見えた。兵士は馬を急ブレーキで止めると、敬礼も出来ないほど慌ててドンカスターの元へ近づいた。
「大変です! 国王様!」
「なんだ!? 今はそれどころじゃないぞ!」
「実は輸送中の魔獣が、突然死んでチリになって消えました!」
「バカも休み休み言え! じゃあ、あれはなんだ!」
「えっ......げえっ!? 何でここに怪物が!?」
息も絶え絶えで報告のため駆けてきた兵士が、心臓が飛び出るほどの勢いで叫ぶ。先ほど目の前で消えて消滅した怪物が、目の前でピンピンしているのだから無理も無かった。
「な、なぜだ!? なぜ貴様がここにいる!? しかも死んだとまで言われているぞ!?」
「なんでだと思う?」
クイズを出す小学生のような口調で、パラおじはドンカスターにそう言った。