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15:僕の顔をお食べ

 エルフ狩りをやめて欲しいと交渉しに来たはずなのだが、それどころではなくなってしまった。パラおじは人間やめかけてるせいか、やたら人道的なものを好む。


 パラおじの中で『人間』とは、人道を歩んでいるかどうかだ。人を助ける盲導犬と、他者を踏みにじって富を得た王。この二つが居た場合、パラおじは前者を人間判定する。


 そして、ナターシャ王女は間違いなく人道的だった。人道的な道を歩む人間。パラおじの最も好む存在である。というわけで、エルフの里はとりあえずフェンリルに任せちゃうことにした。


「あの人たち長生きだし、人生で多少の寄り道があってもいいと思うんだよね」


 パラおじはそう呟きながら、ナターシャとマリマリを連れて荒れ果てた庭へと出ていた。ナターシャは未だに(いぶか)しげな表情でパラおじを見ている。


「言っとくけど、ここら辺に生えてるのは雑草だよ。食べられる草なんて生えてない」

「うん。だから食べられる草を生やすんです」

「はぁ?」


 ナターシャが首を傾げるが、パラおじはそれに構わず草むらに踏み込み、まずは雑草を引っこ抜いて地面を更地にした。それから、たてがみの毛を一本引き抜きながら、ナターシャの方を向いた。


「ナターシャ王女、挿し木って知ってます?」

「知らないよそんなの」

「植物の中にはね、枝や葉っぱを地面に挿しておくと、そこから新しい草が育つ奴があるんですよ」

「ふぅん......だから何だって言うんだい?」

「つまりこういう事なんですよね」


 パラおじは抜き取った一本の毛を地面に突き立てる。次の瞬間、なんとみるみるうちに成長し、巨大なキャベツが!


「......あたしは夢でも見てるのかね」

「いやいや、これ以上ないほど現実ですよ」

「あんた......成長魔法でも使えるのかい? いや、それにしたっておかしいよ!」

「植物は作れるし、これだけじゃバランスが悪いな......」


 びっくりするナターシャをスルーし、パラおじはもう数本の毛を引き抜くと、同じように地面に植える。すると今度は別の野菜と、A5ランク牛の肩ロースの部分が生えてきた。


「待って」

「なんですか?」

「なんですかじゃないよ! 植物が伸びるのは一億歩譲って分かるよ! でも、なんで肉の部位だけが生えてくるんだい!?」

「そういう風に遺伝子操作してるから......ですかね」

「イデン......なに?」

「パラおじは神獣なんだよ。だからなんでも出来るんだよ!」


 目を白黒させているナターシャとは対照的に、マリマリはえへんと胸を張りながらそう答えた。


「神獣? いや、あれはもっと崇高な感じが......でも目の前で起こってるのは奇跡......えぇ?」


 まさに神に等しい所業のはずなのだが、奇跡を起こしている対象がどうも俗っぽいので、ナターシャの頭は混乱した。パラおじはそんな事は気にも留めず、出来上がった野菜や肉を引っこ抜く。


「さあ、これを子供たちに食べさせて下さい。地球の植物が毒になる可能性は否定できませんが、まあ大丈夫だとは思います」


 盗賊の剣を食った時、鉄がほぼ地球と同じという事は分析出来ていた。辿ってきた歴史は違えど、同じような生命体なら毒になるものは少ないはずという判断である。


「あ、ありがとう。しかし、なんと言えばいいのやら......」


 パラおじが抱えている食材だけで一か月は空腹が満たせるだろう。ナターシャには見覚えのない植物ばかりだったが、どれも瑞々しく美味そうに見えた。


 きっと外見に違わない味なのだろう。そう考えた瞬間、ナターシャはごくりと唾を飲む。彼女自身もろくに食べられていないのだから無理もない。


「調味料とかは工程が複雑だから素材しか出せないんですがね。申し訳ありませんね」

「いや、本当にありがたい。パラオジと言ったね。本当に感謝するよ」


 そう言って、ナターシャは片膝をつき、パラおじの前で両手を合わせて祈りのポーズを取った。


「そういうのやらなくていいですよ。ありきたりな能力の組み合わせですから」

「ありきたりなもんか! 神獣の奇跡を目の当たりにしたんだ、祈りくらい捧げさせてくれ。これでも神にこの身を捧げたんでね」

「神様じゃないんだけどなぁ」


 パラおじの発言はまたも無視されたが、ナターシャにとってはパラおじはまさに神の獣であった。


 この時、ナターシャはある異国の高僧の話を思い出していた。飢えた獅子のために我が身を食わせた偉大な僧を。まあ、その僧はライオン頭で腕が六本ある上に再生とかしなかったけど。



 ◆ ◆ ◆



 そんなわけで、パラおじの来訪のお陰でナターシャをはじめ、孤児たちは一か月足らずで健康体へと戻っていった。パラおじが栄養分を調整していたのもあるが、元々の体力が違うのかもしれない。


 パラおじの毛から様々な植物が瞬時に育つのを見て、子供たちは最初怖がっていたが次第に慣れていった。


 もしも冴えない人間のおっさんの姿だったら、おっさんの体毛から生成されたのはちょっと......という気持ちになっただろうが、幸いパラおじが完全に神獣めいた怪物の姿だったため、逆に受け入れられたようだった。


「マリマリ、魔法の使い方教えてよ」

「わたし、あんまり詳しくないよ?」

「そんな事無いよ! マリマリこの間、怪我した時に治してくれたもん」

「そうかな? えへへ......」


 すっかり元気になった子供たちの中心には、いつの間にかハーフエルフのマリマリが居た。年齢的にはだいぶ離れているはずだが、精神的にも肉体的にも孤児たちとちょうど同年代の感覚らしい。


「いやぁ、平和って素晴らしいですなぁ」


 突き抜けるような青空の下、綺麗に刈り揃えられた芝生の上で、パラおじは動物園のやる気のないライオンのように寝そべっていた。雑草駆除ついでに現地の植物調査で食い尽くしたのである。便利な奴だ。


「神獣パラオジ、全部あんたのお陰だよ。といっても、こっちから返せるものが無くて心苦しいんだけど......」


 パラおじの横では、ナターシャが洗濯物を干していた。こちらも力を取り戻したように若々しい魅力的な女性へと変貌していた。修道服に身を包み、ざっくばらんな口調でも、どこか気品のようなものが溢れている。


「あー、そういうのはこの際いいんですよ。エルフの里はまあ......専守防衛しながらなんとかしますから」


 パラおじ的にはエルフ狩りをやめさせたかったのだが、国王との謁見は出来そうもない。とりあえず目の前の恵まれない人が救われたことで良しとすることにしようとした。


 その時だった、洗濯物を干していたナターシャが急に険しい表情になる。どこか遠くを睨みつけるように一点をじっと見つめていて、パラおじもそちらの方に顔を向けた。


「......どうやら、国王様と謁見が叶いそうだね」

「えっ」


 何事かと尋ねる前に、ナターシャが洗濯物を放り出して駆け出す。


「お前たち! 屋敷の中に引っ込んでな! 怖いおじさんたちが来るからね!」


 ナターシャが叫ぶと、穏やかに遊んでいた子供たちの表情が一瞬で青くなる。


「わかった! 行こマリマリ!」

「えっ、なんで?」

「ほら! あっちから馬車が来るでしょ!? あれ国王様なんだよ!」

「えーっ!? じゃあエッケン出来るんだね!」

「違うよ! あいつらすっごい嫌な奴なんだよ! ちょっとでもお金があると、すぐに奪いに来るんだ!」


 子供たちがやいのやいのとマリマリに説明しながら、彼女の手を引き、巣穴に逃げ込む子ウサギのように屋敷へと引っ込んだ。後に残されたのは、険しい表情で屋敷の前で待ち受けるナターシャと、いまいち状況が飲みこめず敷地内の芝生で寝っ転がるパラおじだけだ。


 移動用にしては装飾華美なその馬車は、ボロ屋敷と対照的だった。十数名のいかつい護衛たちに囲まれた重い馬車を引かされ、疲れ果てた様子の馬を尻目に、中からこれまた悪趣味な、金ピカの男がのっそりと出てきた。


「やあナターシャ。相変わらずひもじそうな生活をしているねぇ!」

「あんたこと相変わらず悪趣味な成金生活をしているようだね。ドンケツ王子」

「おいおい、妹でなければ不敬罪で処刑しているところだよ? 僕はドンカスター。そして何より、王子じゃなくて王なんだよねぇ」


 ドンケツ王子......もといドンカスター王は、懐から上質な葉巻を取り出すと、護衛らしき鎧に身を包んだ男の一人に火を付けさせた。それから煙を吐きかけるが、ナターシャは風上に立っていたので、逆にドンカスター王の方がせき込むことになった。


「クソっ! いちいちムカつく女だ」

「あんたが勝手に自爆したんでしょうが。それで、あたしが自分から辞退してくれて、裸の王様になれた気分は最高かい?」


 ドンカスターは眉間にしわを寄せるが、なんとか堪えたようだ。若干震える手を抑えつつ、余裕ぶった表情を作る。


「まあ最高さ。なにせガリベイン王国は世界最強と呼ばれる兵士たちを抱える大国さ。つまり、事実上人間たちの王ってワケさ。で、今日はその王にたてつく不届き者を成敗しに来たのさ」

「あんたら......また私たちから何か奪うってのかい!」


 ナターシャは激昂した。ドンカスターという兄は、王子に生まれたから王子というだけの男だ。ナターシャを女王に推す声が圧倒的だったのだが、裏工作だけは得意なこの男は、ナターシャを自分から辞めざるを得ない状況に追い込んだのだった。


 自分が退けば内乱は収まると思っていたナターシャだったが、かえってひどい状況になってしまったことは今でも悔いている。そして何より、ドンカスターはナターシャに対し嫉妬している。


 だから少しでも状況が良くなると、その都度この男はナターシャから奪うのだ。


「いやいや、今回は正式な調査だよ。なんだかお前、ここのところ急に羽振りがよくなったそうじゃないか。金は全然無いはずなのに子供たちはずいぶん食わせているようだね?」

「それで、何が言いたいわけ?」

「だからさ、君が金を盗んだんじゃないかって事だよ。あるいは食物かな? どっちにしろ盗みは重罪なんだよねぇ」


 勝ち誇ったようにドンカスターは笑う。そもそもこの国の支配者はドンカスターなのだから、どんな罪状だって押し付けられるのだ。猫がネズミをいたぶるように、こうしてナターシャは奪われてきた。


 ――だが、今日は状況が違った。


「ナターシャ王女は何も盗んじゃいませんよ。全部俺が作り出したんですから」


 会話に割って入ってきたのはパラおじだった。屋敷の壁の向こうにこんな怪物が居たとは想像も出来なかったのか、ドンカスターはぶざまにすっ転んだ。


「な、なんだ貴様は!? 魔獣なんかいるなんて聞いてないぞ! お、おいお前ら! こいつを駆除しろ!」


 反射的にドンカスターはパラおじ討伐を部下に命じる。十数名の鎧を着こんだ兵士たちが剣を構えるが、そのうちの数名は何故か微動だにしなかった。


「おい! 何をやってるんだウスノロ! さっさとこいつを始末しろって言ってるだろ!」

「て、鉄食いだとぉ!? なんでここにあの化け物が!?」

「えっ? ああ、その声は、森でエルフ狩りをしてた山賊さんではないか」


 叫び声を聞き、パラおじは最初に遭遇した山賊が兵士に混じっていることに気が付いた。


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遺伝子組み換え食品w直ちに健康に影響なし。科学的にはまあ安全。
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