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13:人間たちの王国

「駄獣、その提案は少々無理があるのでは」


 高慢極まりないエスカルですら、遠回しにパラおじの提案を否定した。さすがに身の丈三メートルを超え、直立二足歩行できる六本腕のライオンもどきを人間というのは無理がある。


「考えてみてくださいよ。そもそもここの結界の中でしかエルフは安全じゃないんでしょ? そんな縮こまって生きてたらマリマリみたいな子がかわいそうじゃないですか。だから、ここは人間として俺が交渉に行くのが筋ってもんでしょう」


 パラおじは譲らなかった。パラおじは間違いなく人間の遺伝子を持っているし、元々は人間そのものである。ここは絶対に超えてはならない防衛ラインだった。


「いや......だからお前を人間というのが無茶があるのだが」

「エスカル様、神獣様は自分を人間だと思い込んでいる節があるので」


 エスカルの元に近寄ったムルムルがそっと耳打ちするが、パラおじの聴覚はそれを聞き逃さない。


「思い込んでるんじゃなくて人間なんです! こんなに理性的に話す獣がいますか!?」

「フェンリルは理性的に話すぞ」

「それはそう......じゃなくて! 俺は肉体に人間の遺伝子があるんですよ」

「イデンシ? なんじゃそれは」

「えーっと、簡単に言うと生物の体にある情報みたいなもんですかね」

「なるほど、お前は人食いだったと」

「違ぁう! とにかく! 俺は人間の生態に詳しいわけですよ。エルフの方々と違って抵抗する力もある。いい提案だと思いませんか」


 パラおじは必死だった。なにせここで何とかしないとエルフの里に数百年拘束される羽目になるのだから無理もない。


「ん-......まあ、確かに人間どもの襲撃が無くなるならそれに越したことは無いが、本当に大丈夫なのか?」

「お任せください。なにせ俺は人間力の塊ですから」

「わかったわかった。そこまで言うならお主に人間たちの元へ向かってもらおう。ただし、フェンリルにこの里を護衛するように頼んでくれんか。今のこいつはお主のいう事しか聞かんからの」


 エスカルの了承を得ると、パラおじは犬歯をむき出しにして満面の笑みを浮かべた。にっこりとしているつもりなのだろうが、パラおじを知らない獣が見たら泣いて逃げ出すだろう。


「というわけなんだ。フェンリル君、悪いけど俺が留守の間、エルフの里を守ってもらっていいかな?」

「アニキの命令なら仕方ないっすね。ほんとは俺も付いていきたいんすけど」

「よーしよし! フェンリル君はいい狼だなあ」

「ワンワン!」


 パラおじがフェンリルの頭を撫でると、魔狼は嬉しそうに鳴いた。もはや完全に犬と化している。


「まって! パラオジさま!」

「ん? 何か問題かな?」


 パラおじがエルフの里から出ようと背を向けると、慌ててマリマリが駆け寄ってきた。そして、パラおじを見上げ、少しだけ逡巡(しゅんじゅん)した後、目線をパラおじに合わせながらつぶやいた。


「わたしも一緒にいく!」

「えっ!? いや、せっかくエルフの里に住まわせて貰ってるんだから何も危険を冒さなくても......」

「パラオジさま言ってたよね。わたしは人間とエルフのハーフだから、どっちのいいところもあるって。だから、わたしも人間と仲良くなる手伝いがしたいの!」

「えぇ......でもなぁ。ムルムルさん、それでいいんですか?」


 正直なところ、パラおじはこの世界に来たばかりなので現地人のガイドは少しでも欲しい。かといってマリマリが居たらそれはそれで護衛対象となる。判断をムルムルに任せようと目を向けると、不安そうにしながらも、ムルムルは首を縦に振った。


「その子が望んだことなら、可能であればそうしてあげてください。私はその子を不幸な存在だと決めつけていました。その子がハーフとして生まれた理由があるなら、神獣様を助けるためなのかもしれません」

「それはちょっと買いかぶりすぎですけど......よし! わかった! マリマリ、俺と共に行こう!」

「ほんと! ありがとうパラオジさま!」

「そうだ、その『様』付けをやめてくれないかな。なんかムズムズするし、第一、君が俺の主なんだから呼び捨てで構わないんだけど」

「パラオジさ......パラオジ、いいの?」

「もちろんさ!」


 パラおじはマリマリの方を見て、グッと親指を立てる。すると、マリマリも応えるように微笑んだ。


「わかった! じゃあよろしくねパラオジ」

「うんうん。子供は素直が一番だ。じゃ、話もまとまったんで早速人間の所に行ってきます」


 言うが早いか、パラおじはマリマリを背中に乗せた。彼女が落ちないように体毛を伸ばし、おんぶ紐のように固定する。そして、それが終わると文字通り目にもとまらぬ速度で結界の穴を抜けた。


「早っ!?」


 エスカルがそう呟いた時には、パラおじの姿は豆粒よりも小さくなっていた。


「......本当に大丈夫でしょうか」

「ん? マリマリか? あの駄獣と一緒にいるなら、ほぼすべての災厄は弾き返せるじゃろうて」

「いえ、そうではなく人間側のほうです」

「それは保証できん。ま、まあなんだ。何かの手違いで人間の王国が壊滅したら、それはそれで儲けものじゃし。ハハ......」


 ムルムルの言葉に対し、エスカルは引き笑いで答えた。半分は冗談だが、もう半分は本気で人間の王国が壊滅するんじゃないかと思いながら。



 ◆ ◆ ◆



「よし! なんかそれっぽい建物が見えてきたぞ」

「パラオジはやーい!」


 エルフ達が住まう大森林は、内部をある程度把握しているハンター達ですら里にたどり着くまで二週間はかかる。それをパラおじは途中迷ったりしながらも、二十分くらいで突破した。地球に居た頃に数時間で日本からエベレストに登頂した異常さはさすがである。


 そんなわけで森を抜けて平原が広がると、遥か彼方に石造りの建物がたくさん並んでいるのが見えてきた。パラおじは砂煙を上げながら驀進(ばくしん)し、あっという間にその建物の前に到着した。


 そこは、大きな城下町だった。遠方から見た時はちっぽけに見えたのだが、こうして近づくとなかなかに発展した街並みだった。道路はちゃんと舗装されているし、水車や橋なども整備されている。


 そして何より、周りにいるのはすべてが人間たちだった。


「あの山賊たちと会った時から近くに人間が住んでいるとは思ってたけど、ようやく人間に出会えた。いやあ、おじさん感激だよ」

「パラオジ、なんでこっちに人間が住んでるってわかったの?」

「音とか匂いとかで」


 パラおじは闇雲に森を駆け巡っていたわけではない。とりあえず走り回ってわずかな人間の気配を察知し、追跡してここに至ったのだ。


 と、ここでパラおじに疑問が浮かんだ。パラおじは既に街の内部に入り込んでいる。辺りにはたくさんの人々が、露店を開いたり洗濯物を干したりと、それぞれの生活を営んでいるのが見えた。


「なんかここの人たち、あんまり驚かないんだな」


 パラおじは忌々しい記憶を思い出した。家から一歩出たとたん、世界中が勝手に大騒ぎしだしたのだ。そりゃ大騒ぎになるのも仕方ないが、ここの人間たちはパラおじに多少驚きはするものの、一瞥(いちべつ)するとすぐに元に戻っていくのだ。


「魔獣使いってわりと居るってきいたことあるよ」

「魔獣使い? ああ、そういえばエスカルさんもフェンリル君を使役してたんだっけか」


 背中にしがみついていたマリマリの言葉に、パラおじは納得した。フェンリルほどではないにしろ、魔獣使いという存在が居るのなら、でかい獣がうろついていてもそこまで騒ぎにならないのだろう。


 実は、パラおじの予想は半分正解で半分は外れていた。魔獣単体で街をうろついていたら討伐隊が出張ってくるだろうが、それを緩和したのがマリマリの存在だ。


 小さな子供が張り付いていたおかげで、害の無い魔獣だと思われているのだ。パラおじもマリマリも気付いていなかったが、マリマリが付いてきてくれた恩恵は計り知れなかった。


 周りで騒がれないことを確認すると、近くの露店で果物を売っている暇そうな爺さんを見つけたので、さっそく情報収集をすることにした。


「すみません。ちょっといいですか?」

「ん? うおっ!? ......って、あんた喋れるのかい? こりゃ驚いた」

「わたしがパラオジのあるじなんだよ」


 マリマリは魔獣使いを演じることに決めたらしく、パラおじに助け舟を出した。いくら外見が子供とはいえ、マリマリはこれでも47歳なのだ。エルフとしてはまだまだ幼いが、多少の演技くらいはできる。


「お嬢ちゃんも変わってるなぁ......もしかしてハーフってやつかい?」

「う、うん」

「そうかい。実物を見るのは初めてだが、意外と気さくなんだな。エルフって人間に対して敵対的なんだが、やっぱ半分人間だからか?」


 爺さんの言葉を聞くと、マリマリは目を輝かせた。


「ほんと? ほんとにそう思う!?」

「そう思うって、何が?」

「半分人間だから気さくってとこ」

「そりゃそう思うが......」

「やったー! パラオジはすごいね! ほんとに言ったとおりだった!」

「だろぉ? マリマリは決して劣った命なんかじゃないのさ」


 パラおじはマリマリを乗せたまま、嬉しそうにスキップする。


「なんかよく分からんが、あんたらみたいな巨体が飛び跳ねると果物が崩れるからやめてくれんかね」

「ああ、こりゃ失礼」

「で、なんか用かい?」

「そうなんですよ。実は俺たち、人間と交渉にし来たんですがね、エルフを襲わないようにって言いに来たんですが、そういうのって役所とかに申請すればいいんですかね」

「役所? 何言ってんだあんた。んなこと王様でもなきゃ出来るわけないだろ。第一、エルフ狩りは法律で禁止されてるんだぞ」

「やっぱり違法行為だったと。許せませんな」


 パラおじは激怒した。邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)か分からないが、無法者を野放しにしている国王に交渉せねばならぬと決意した。


「ありがとうございました。じゃあ早速、王様の所に出向いて交渉してきますんで」

「交渉してきますんで......って、あんた、王族か何かかい? 会えるわけないだろう」

「行ってみなけりゃ分からないでしょう」


 それから一礼し、パラおじとマリマリは果物売りの爺さんに背を向ける。


「ちょっと待て。世間話だけしておいて何も買っていかないのかよ!」

「すみません。金は無いです」

「ったく。どうなっても知らねえぞ」


 爺さんは不機嫌そうに言い放った。申し訳ないと思ったが、金なんか一円も持ってないのだから仕方ない。


 しばらく街中を歩いた後、噴水があったのでそこでいったんマリマリを降ろす。パラおじも地べたに座り込むが、周りの人間は特段気にも留めていないようだった。


「爺さんには悪かったけど、とりあえず国のお偉いさんに頼めばいいことが分かったのは収穫だったな」

「でも、どうやって会うの?」

「まあとりあえず王様の住んでる場所に行ってみよう。大丈夫、なんとかなるさ! いや、なんとかするさ!」


 パラおじは99パーセント見切り発車のくせに、やたら確信のある声でそう答えた。

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まあおじさんの現在の見た目が自分を人間だと思い込み主張する不審な凶暴そうな獣だから。
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