12:新天地へ
魔獣フェンリルをぶちのめして早三日。ムルムルとマリマリ母娘は正式にエルフの里に住むことを許された。許されたというより脅迫みたいな感じだったが、とにかく二人の生活の安全性は格段に増した。
といっても、結界の一番端のほうであり、まだまだ他のエルフとの溝はあるのだが、それでも女王命令という事もあって嫌がらせなどもされる雰囲気でもない。もちろん一番の理由は......。
「いやーすみませんね。あの時はあなた方しか住む許可を取らなかったもんで」
「いえ! 神獣様のお陰で私たちも安全な暮らしが出来るようになりましたから!」
パラおじがムルムル家に転がり込んでいるからだ。戦闘の流れでついカッコつけてしまったが、エルフの里の滞在許可およびエルフについて調べることを盛り込むことを忘れていた。
(このままじゃヒモだ......今日あたり女王様に追加許可取りに行かなきゃ)
ムルムルとマリマリは大歓迎してくれているが、パラおじ的に今の状況は未亡エルフのヒモ状態なので納得がいかない。
とりあえず住居の巨木を確保し、ムルムル達の生活に必要な引っ越しが終わったのでパラおじは改めて女王に挨拶をしにいくつもりだった。
そう思っていた矢先、パラおじの聴覚は聞き覚えのある足音を捉え、慌てて樹から飛び出した。
「パラオジさま? どしたの?」
「面倒なのが来る!」
「えっ」
いきなり家から飛び出したパラおじを、マリマリが不思議そうに見つめていたが、その視線の先を見て目を丸くした。
「おかーさん! 女王さまとフェンリルがくるよ!」
「えっ!?」
その声を聴いたムルムルも慌てて外へ飛び出してきた。それとほぼ同時に、森の向こうから小柄なエルフを乗せた銀色の巨狼が駆けてくるのが見えた。
ちびエルフと巨狼――女王エスカルと魔獣フェンリルは、一瞬でムルムル達の住まう樹までやってきた。そして、パラおじ達の姿を確認すると、ふわりとフェンリルの背から舞い降りる。
「気付いておったのか。さすがというか何というか......」
「何か用ですか? エスカルゴ女王様」
「エスカルじゃ! ええい、こんな駄獣相手に遅れを取ったとは忌々しい」
エスカルは不満げに頬を膨らませた。その姿だけ見ると微笑ましいが、間違いなくこの里の女王であり、圧倒的な魔力の持ち主である。ムルムル達はビビっているが、パラおじは空気が読めないので平然としている。
「本来なら貴様のような奴に頼み事などしたくないのだが」
「じゃあ、頼まなければよいのでは」
「話を最後まで聞けええええええええええ!」
エスカルが怒鳴る。ぜえぜえと肩で荒い息をした後、呼吸を整えこほんと咳ばらいをする。
「いいか駄獣。いかにお前が強大な力を持っていたとしても、ここはあくまでエルフの里。貴様にはこの里を治める女王......つまり私の言う事を聞く義務がある」
「はぁ......それでその女王様が何の用で?」
パラおじの方から出かける予定だったので来てくれるのはありがたいのだが、どうも向こうの方から何か吹っ掛けられそうな予感がした。
「お前はムルムルと娘の居住権を主張したが、おぬし自身の事で相談があるのじゃ」
「いちゃダメってことですかね」
「逆じゃ。この里にしばらく滞在して欲しい」
「なんとまあ!」
予想外の返事にパラおじは驚いた。あんだけ大暴れしたんだから速攻叩き出されてもおかしくないとは思っていたのだ。だが、その割にエスカルの表情は明るくない。
「お前が無茶苦茶な方法で結界をぶち破ったせいで、修復に数か月掛かるのじゃ。その間、あのがら空きの穴が開いた状態で暮らすことになってしまう。護衛がおらんのじゃ」
「うっ! で、でも、後ろにいるフェンリル君がいるじゃないですか」
パラおじが力任せに結界をぶち壊したせいでエルフ達に迷惑が掛かっているらしい。さすがにこれは心苦しいが、その間フェンリルが守ってくれればよいのでは。
そう思っていると、フェンリルがエスカルを押しのけるように前に出た。エルフ達の治療によってもう完治したらしいフェンリルは、じっとパラおじの方を見つめる。
「あ、アニキ! 会いたかったっす!」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。パラおじが虚を突かれて困惑していると、フェンリルは子犬のようにぶんぶん尻尾を振り、腹を向けて仰向けになった。いわゆる服従のポーズである。
「どしたん? 話聞こうか?」
「俺はアニキの強さに感服したっす! 俺、正直自分より強い奴なんていないと思ってイキってたっす! でもアニキは魔力無しで筋肉のパワーだけで俺をぶっ倒した。漢の中の漢だよ。アニキは」
「は、はぁ......そりゃどうも」
オオカミなのに豹変したフェンリルを見て、パラおじですらちょっと引いている。ムルムル達は何と言っていいのか分からないのか、ぼけっと突っ立っている。
「とまあ、お前に骨抜きにされてしまったのじゃ。我の言う事などちっとも聞かん」
「でも、力はあるじゃないですか」
「そう、そこなんすよアニキ」
エスカルが愚痴をこぼしていると、転がったままのフェンリルがパラおじを見上げながら口をはさんでくる。
「俺たちの世界じゃ力がある奴が全てっす。そんでアニキはそこのチビと俺を圧倒した。だから俺、アニキに地の果てまでも付いていくっすよ!」
「でも、エスカル様と契約してるんでしょ」
「そんなもん破棄っすよ破棄。そもそも、俺は強くなるためにエルフの魔力を供給してもらってたっす。アニキに付いていく方が有意義ならエルフなんかどうでもいいっすよ」
フェンリルは舌を出しながら従順な犬のようにそう答えた。撫でて欲しそうだったので、パラおじはバカでかい手でバカでかい狼の腹を撫でる。
「......というわけじゃ。お前が居なくなったらフェンリルの護衛がなくなり、しかも結界には穴が開いている。この状態で放置されたら人間たちにモロバレ。エルフ族はおしまいじゃ」
「そう言われましても」
確かにある程度の期間滞在したいとは思っていた。だが、なんかそういう雰囲気ではなくなってきた。念のためパラおじはエスカルに確認を取ることにした。
「じゃあ、数ヵ月くらいで結界が治ったら出て行ってよいと」
「そうはいかん。魔獣フェンリルがおぬしに付いていくのなら、それに匹敵する守護者と契約せねばならん。それが見つかるまでは居てもらうぞ」
「それって簡単に見つかるもんなんですかね」
「バカなことを言うな。数百年くらいは見てもらうぞ」
「いやいや!」
これだから長寿種族の感覚は困る。エルフ達は長生きなので、時間の感覚がまるで違うのだ。おそらく、人間単位で数年くらいで言っているのだろうが、パラおじはベースが人間なので数百年はさすがにちょっと。
(でもなあ......元々の原因が俺だしなぁ)
エルフ達を放っておくと寝覚めが悪い。かといって数百年滞在はさすがに気長すぎる。
――その時、パラおじにある素晴らしい考えが浮かんだ。
「だったらいい方法がありますよ! 人間たちにエルフを襲わないようにしてもらえばいいんですよ!」
「......何を言い出すかと思ったら。いいか? 我々はエルフだぞ? 人間どもが交渉してくれるわけがなかろう」
「でも人間同士の対話だったら?」
「まあ、相手を説得できるかもしれん。同族なら基本的に話くらいは聞くだろうな」
それを聞いた瞬間、パラおじはドンと自分の胸を叩いた。
「お任せください! 人間代表としてこの俺が交渉に行きましょう!」
「にん......げん......?」
いきなり何を言い出すんだこの怪物。エスカルを含め、周りにいたすべての存在がそう思っていたが、パラおじはそれに気付かずノリノリだった。