11:反射
「反射スキルだと? 貴様からは一切の魔力を感じんが」
パラおじの宣言に対し、フェンリルは訝しげに返す。この世界におけるスキルとは、一般的に魔力を駆使するものを指す。魔力を加工することで変幻自在の攻撃を加える。肉体的なものは動作が分かりやすいのでスキルとは呼ばないのだ。
「だって君、でかい割に動きが半端なく早いからさ。なら反射で倒すしかないかなって」
「言っておくが、ハッタリなら無駄だぞ。第一、我に反射など効かん」
フェンリルはつまらなそうに答えた。反射スキルは文字通り敵の攻撃を反射するが、自分より強い攻撃は跳ね返せない。そして、目の前の変な獣からは魔力を全く感じない。
「駄獣! まだ生きておったのか!」
「あ、女王様」
跳躍して戦闘場所を変えたのだが、エルフ達がようやく追いついてきたようだ。エスカルを先頭に、他のエルフ達も続いている。その中にムルムルとマリマリの姿もあった。
「ちょうどいいや。見ていてくださいよ俺の反射スキルを」
「ならば見せてみろ! その自慢の反射とやらをな!」
お遊びはここまでだ。そう言わんばかりにフェンリルは一気に飛び掛かり、パラおじの首筋に食らいついた。それはまさに神速。エルフ達にはまるでフェンリルが瞬間移動したように見えただろう。
だが、その直後、パラおじの四本の腕がフェンリルをがっしりと捕えた。
「なにっ!?」
「見てください! これが俺の反射ですよ!」
「思いっきり攻撃食らっとるだろうが!」
首筋を魔獣に食いつかれながら、パラおじが嬉しそうにエスカルの方にアピールする。だが、エスカルからしたら、パラおじが食いつかれて何とか引きはがそうとしているようにしか見えない。
「貴様......気でもおかしくなったのか? いくら再生能力があろうが、追いつかなくなるまで切り刻めばいいこと」
「いや、もう勝負着いたから」
「何だと......ただ抱きついているのが精いっぱいのくせに。何が反射だ」
「いいや、これが反射のすごさなんだよね」
パラおじの使ったのは確かに『反射』である。だが、それは物を跳ね返すリフレクトではなく、生物的な反射である。
熱い物に触れた時に手を引っ込めたり、物が飛んできた時に目を閉じる。こういった反応を『反射』という。身に危険が迫った時に、いちいち脳から危険だから回避しろという命令を出していては間に合わない。
なので、最初から肉体に反応をインプットしておくのだ。これは防御だけではない。攻撃にも使うことが出来る。例えば、獲物が顎の先端に触れた瞬間に閉じるなどだ。
パラおじが使った能力は後者だ。魔獣フェンリルの動きをパラおじの動体視力は捉えることが出来る。だが、攻撃を当てるとなると話は別だ。パラおじは別に武術の達人ではない。身体能力がずば抜けていようが、戦闘には技術が必要だ。
なので、パラおじはフェンリルの攻撃を『反射』したのだ。敵が攻撃してきた際に超高速で捕える。こうすれば確実に攻撃を当てることが出来る。
「舐めるなぁっ! 首を切り落とした後、腕もすべて食い尽くしてくれるわ!」
フェンリルが怒りと魔力を込めて牙を食い込ませる!
「確かにまあ抱きついてるだけなんだけど、だから、力いっぱい抱きつく!」
次の瞬間、パラおじはフェンリルを掴んだ腕に思いっきり力を籠める!
「ぐわああああああああああ!?」
ベキボキと嫌な音が辺りに響く。圧倒的な力を持つ魔獣フェンリルは多少の攻撃では傷一つ付かない。だが、多少ではない攻撃なら別だ。パラおじの常軌を逸した腕力によるベアハッグは、フェンリルの鋼鉄よりも硬い骨をやすやすとへし折った。
「が、が、があ......」
今まで感じたことの無い激痛に、フェンリルはたまらず白目を剥き、泡を吹いて気絶した。
「ふう、やれやれ」
フェンリルの頭を掴んで牙を抜き取り、その巨体を地面に横たえた後、パラおじは肩を鳴らした。既にフェンリルが食らいついた傷は治っている。
「う......嘘じゃろ......我の魔獣フェンリルが......」
夢であってくれ。そう願いながらエスカルは地面にぺたんと着地した。先ほどまでの傲慢さはまるで感じられず、全身が弛緩し、ただ目の前に広がる悪夢を見ていた。そんなエスカルの方にパラおじが視線を向けた。
「ひっ!?」
パラおじはゆっくりと歩いてくる。来るな。来ないでくれ。エスカルはもうそれしか考えられない。だが、無情にも魔獣フェンリルを倒した獣は自分の元へと近寄ってくる。
周りの護衛エルフ達も、もう動く気力すら無いようだ。エスカルの周りに呆然と立ち尽くす。武器も持ってきたようだが、ほとんどの戦士の武器は恐怖のあまり手から滑り落ちている。
「さて、エルフの女王様」
「た、頼む! 我はどうなっても構わぬ! なんでもする! だから、我が一族を絶滅させることは許してほしい!」
「いや、別に絶滅させる気とか無いんだけど......」
パラおじは困ったように眉間に皺を寄せる。むしろエルフを保護したいくらいなのだが、成り行きでこうなってしまったのだ。ともかく、エスカルにもう敵意は無いようだ。
「ん? 今なんでもするって言ったよね」
「い、言ったが。我に出来ることならなんでもする!」
「じゃあ、ムルムルさんとマリマリをこの里に住まわせてやってくださいよ」
「へっ」
予想外の要求にエスカルは目を丸くした。
「そ、そんな事でいいのか?」
「というかそんな事のために来たんですが。あ、あともう一つ」
そう言いながら、パラおじは地面に伸びている巨大な狼の方を向いた。
「フェンリル君を治してやってください。彼、気絶してるだけで生きてますから」
フェンリルは泡を吹いて無様に倒れ伏していたが、ちゃんと生きていた。もちろん殺すことも出来たのだが、あくまで勝ち負けの勝負であって殺すことが目的ではない。
むしろ、余計な暴力を加えてしまったことの罪悪感の方が大きかった。ただこれ以上のバトルになってしまうと、今度はそこら辺の木々が滅茶苦茶になってしまう。だから死のだいしゅきホールドで決着を着けたという理由もある。
「わ、分かった! それでこれ以上の破壊はせんのじゃな!」
「これ以上被害は拡大しないと約束しましょう」
まあ俺から攻撃してないんだけど、という言葉をパラおじは飲み込んだ。
その言葉を聞いてようやく安堵したのか、エスカルは再び宙に浮き、何名かのエルフを引き連れてフェンリルの元へ向かっていった。エルフ達数名でフェンリルを囲み、狼の体が燐光に包まれていく。おそらく、エルフ達の中でも医療に長けた者たちなのだろう。
他のエルフ達は皆、目の前の出来事を呆然と眺めているだけだった。ただ、そのエルフ達の中から飛び出してくる二つの影があった。ムルムルとマリマリだ。
「神獣様! まさかあの魔獣を倒してしまうなんて!」
「やっぱりパラオジさまは神様だったんだね!」
二人はパラおじの巨体を恐れず、体当たりするように抱きついた。神獣じゃないんだけどなあ、と言いたかったが、喜色満面の母娘に水を差せる雰囲気ではない。なので、パラおじは、右腕の一本を二人に向け、親指を一本立てグッドのポーズを取った。
こうして、魔獣フェンリルとパラおじの決着は着いたのだった。