01:聖獣爆誕
おじさんは怪物だけど可愛い子はいっぱい出ます。
「ついに......ついに世界を救う実験が成功したぞおおおおおぉぉぉぉぉお!!」
狭苦しい団地の一室に男の咆哮が響いた。彼の名は幌筵原幸之進――冴えないフリーの研究者だが、長ったらしいので以下パラおじと呼ぶことにする。
実験前に比べ、パラおじはちょっぴり変わった姿になっていた。具体的に言うと、体長は軽く3メートルを超え、金色の体毛に覆われた岩のような体を折りたたむように部屋の中になんとか納まっている。鋭いかぎ爪の付いた腕は六本。背中には翼竜のような翼が生えていた。
つまり怪物だった。
絵で想像するなら、某ドラゴンの名を冠したRPGに出てくるモンスターの一種、ライオンヘッドという奴に似ている。
パラおじは自称天才科学者だった。世のため人のため、ひっそりと独自理論で薬の調合を自室で行っていたのだが、本当に天才科学者になってしまった。世界というものは、たまにゲームのチートバグみたいな動きをするのだ。
「すごいぞー! カッコイイぞー!」
パラおじはご機嫌だ。別に怪物になりたかったわけではない。彼が研究していたのは『生命の可能性』だ。
地球が誕生して早46億年。現在から今に至るまで生命は進化を続けている。そして生命はいろいろな能力を伸ばしながら命のリレーをつないできた。逆に言えば、あるステータスを伸ばすと他を捨てることになる。
例えば、鳥は空を飛べるが、その分身体が軽く出来ていて耐久力に難あり。魚は水中を自由に泳ぎ回れるが陸上で呼吸できないなど、それぞれに得意と苦手分野がある。
人間も同じである。社会にとって有益ならば長所であり、不利益ならば短所となる。生命とは本来すべてが尊重されるべきものだが、悲しいことに能力によって差別が生まれてしまう。
「だが、その悲しみも今日で終わる! 生命の夜明けぜよ!」
パラおじは踊り出したい気分だった。だが、この状態で踊ると間違いなく部屋が崩壊するのでなんとか耐える。
パラおじが発見したのは『究極細胞』とでも言うべき代物だ。生命が進化する際に捨てざるを得なかった能力を自由に組み替えればどんな相手にも無敵になれるのでは? というムチャクチャな理論である。
そしてこのおっさん、なんとこれを成しとげたのだ。
地球上には有害物質が全く効かないどころか、栄養にすらする生物はごまんといる。究極細胞の力でそれを引き出せば、疫病だろうが放射線だろうがシェイクにしてグビグビ飲んでしまえるし、驚異的な再生能力でどんな病気もケガもへっちゃらだ。
「まあテスト段階ではあるんだけど......それよりも大きな問題が一つある」
そう言ってパラおじはライオン顔をしかめる。彼には今、克服しなければならない重大な問題があった。
「うち、ペット禁止なんだよなあ」
問題はそこじゃないだろと突っ込む奴が誰もいないので、パラおじは変なところで悩んだ。
パラおじは本当に困っていた。究極細胞持ちパラおじは46億年の生命のログをフルオートで引き出せる。この世界のほとんどの脅威に対して耐性があるのだ。
逆に言えば、すべての生命の特性を持っている。
そんなわけで大家さんに電話をすることにした。野球グローブよりもバカでかい手で苦労しながらスマホを操作し、大家へと電話をつなぐ。
「すみません。ちょっとペットの件で聞きたいんですけど......え? 犬猫はダメだけどハムスターとかなら大丈夫? いや全部だし魚とかでもあるんですが。そんなに飼うなって単体ですよ。え? 意味が分からない? 口だと説明しづらいので、直接会って説明しに行きますよ」
パラおじはパンパンになった部屋から、軟体動物のようににゅるりと脱出し、大家の元へと向かうことにした。
――その数分後。世界は空前絶後の大パニックになった。
日本に突如現れた怪物はSNSによって世界中に拡散し、フェイク動画だろうとか、人を食っていたとか様々な情報が飛び交った。街でパラおじを見かけた人々は恐怖のあまり悲鳴を上げ、たまたま街に降りていたクマは泣きながら山へ逃げ帰った。
「皆さん落ち着いてください! 僕はただの人間です!」
「怪物が喋ったああああああああああああ!!」
人語を喋る謎の怪物登場! 新手の生物兵器か宇宙人ではという噂まで飛び交い、警察どころか自衛隊まで出動する騒ぎとなった。
そんなわけで、パラおじはやむなく大家さんの説得を諦め、被害が出ないように撤退せざるを得なかった。爆速で近くの海を目指して飛び込むと、超高速で大海原を泳ぎ、とりあえず誰も来ないと思われる真冬のエベレストの頂点に逃げ込んだ。この間、約二時間である。
「いやー危ないところだった」
パラおじは吹雪でとても生き物が住める状態ではないエベレストの頂上付近で、やれやれと腰を下ろした。ちなみに危ないとは、パラおじではなく周りの人間や建物である。
パラおじ自体は細胞が一つでも残っていて、周りに何かエネルギーに変えられるものがあれば、そこから瞬時に再生可能である。恐らく地球上のすべての兵器を同時にぶつけられたとしても、パラおじを滅ぼすことは不可能だ。
数十億年鍛え抜かれた生命は、たかだか数千年の人間の暴力兵器で破壊できるほどヤワな代物ではないのだ。
生命の素晴らしさを広めたかった。ただそれだけなのに。そう考えるとパラおじは少しだけ悲しくなった。この姿だって、一応パラおじなりにウケを狙ったのだ。
みんな大好きなネコ科であり百獣の王ライオン。ドラゴンみたいなカッコいい翼。腕が六本あるのだって、馬のように四足で速く駆けながら両手が使えるという合理的なスタイルだ。
「こんなに素晴らしいのに何が悪かったんだろうなぁ......」
センスと頭が悪かったのだろう。
パラおじは変人で馬鹿だが、善人で天才なのでバランスが悪い。
「迷える子羊......でもないですね。なんと言えばいいのでしょうか、ごちゃまぜモンスター?」
「人間です! ......って、あんた誰ですか!?」
さすがにこんなところに人間はいないだろうと思っていたので、パラおじは心底驚いた。
そこに立っていたのは、ゆったりとした白いローブに身を包み、銀髪をなびかせた美しい女性だった。特徴的なのはその胸のサイズだ。サッカーボール二つをねじ込んだような不自然な形をしている。
「私は愛の女神ボインプルン。あなたのように人を救いたいという清らかな心を持ちながら、理不尽な迫害を受ける存在を見捨ててはおけない。そんな慈悲の塊のような女神です」
「神様? そんなものいるわけが......」
そう言いかけてパラおじは言葉を呑んだ。自分だってありえないことを成し遂げた。そして、エベレストの頂上は薄布一枚の女性が来られる場所ではない。
「どうやら信じていただけたようですね。私はあなたを救いたい。そう思って降臨したのです」
「救うって......一体どうやって? 俺は世間じゃもう正体不明の怪物ですよ? ひどい話ですよ!」
「大丈夫です。あなたは自分の欠点に気付いていない。そこを治せば必ずや皆受け入れてくれるでしょう」
「欠点? なんですかそれ?」
「それは......あなたには『新要素』が無いのです!」
「し、新要素?」
唐突に意味不明な事を言われ、パラおじは目を丸くする。自称愛の女神ボインプルンは、柔和な笑みを浮かべながら諭すような声で言葉を紡ぐ。
「例えばです。今までのレトロゲームの詰め合わせ全部乗せと最新式のゲーム。皆が欲しがるのはどちらでしょう?」
「そりゃレトロゲーム好きな人もいるけど、大抵は新作......あっ!」
「お気づきになりましたか」
パラおじがあんぐりと口を開けると、ボインプルンはさらに言葉を続けていく。
「そう! あなたの研究結果は過去をさかのぼる事であり、新たな追加要素が無いのです! それではウケないのは当然!」
「......そうかな?」
「そうです」
「......そうかも」
なんか釈然としないが、パラおじは女性に慣れていない。まして女神の意見ともなればそうなんだろうと思ってしまった。
「でも、そうは言ってもどうすればいいんですかね? 新要素と言われましても、今この時間を生きてるのはみんな一緒ですし、タイムワープなんかさすがに地球じゃできませんよ」
「その通りです。ですので、時間移動ではなく並行移動。つまり異世界に行けばいいのです」
「異世界!? 地球生まれがそんなの行けるわけないじゃないですか。自慢じゃないけど俺は関東圏外は修学旅行で京都しか行ったことないんですよ!?」
「行けますよ。ほら」
ボインプルンがさっと手を振ると、途端に猛吹雪が止み、空間に穴が開いた。その先には、緑豊かな大平原が見える。
「この先は地球とは全く違う別世界。あまりにも地球とかけ離れていても受け入れられないでしょうし、比較的近い世界を選ばせていただきました」
「え、でも......京都しか行ったことないのにいきなり異世界はちょっと」
「大丈夫です。今どき異世界なんか誰も行ってます。特に今のあなたなら大抵の事では死なないでしょう」
「そうかもしれないけど、行って帰れないとかありませんよね?」
「大丈夫です。あなたが十分に研究成果を得られた時、再び扉は開きます。フィールドワークも研究の一環ですよ」
「それはまあ......よし、わかりました! 行ってきます! 異世界へ!」
「そう! それでいいのです! あなたの登場をあちらの世界の住人達も待ちわびていますよ! さあ、勇気を出して飛び込むのです!」
「はっ!」
覚悟を決めたパラおじは、迷いを振り払って新世界への扉へ飛び込んだ。その直後、空中に空いていた穴は閉じ、元の吹雪吹き荒れる景色へと戻った。
「......あんなとんでもないクリーチャーぶち込まれた世界がどうなるか見物ですね」
ボインプルンは噴き出しそうになりながら口元を抑え、そう呟いた。それから強い風が吹き、後には誰もいなくなった。
こうして、地球46億年パワーを凝縮したパラおじの長い旅が始まった。はてさてどうなることやら。