私のあーしぺーしょん②
私には、4人の家族がいた。
パパ、ママ、妹、そして私。
パパとママは、私が物心つく頃にはもう仲が悪かった。
そんな普通は、あたりまえだった。
妹とは、少し年齢が離れていたのもあって、しゃべらなかった。
というか、何を喋っていいか分からなかった。
パパは、車関係の自営業をしていて、あまり稼ぎがなかったらしい。
そんなパパにママは、嫌気が差していたのだとか。
ある日、親同士がどっちについていく?
そんな話しを私にしてきた。
知らない。
そう言って私は、避けていた。
その時の私は、考えることを放棄していたんだと思う。
昔、パパはよく家にいた。
パパの話しはいつも面白くって、ベランダでタバコを吸いながら、私に好きなバンドのことをよく喋ってくれていた。
私は、タバコの臭いが嫌いでいつも鼻をつまんでいたっけ。
それでも、パパの話しが聞きたくていつも一緒にいた。
暑い夏の日だった。
「将来は、バンドマンかな」
たいした会話じゃなかったと思う。
〝あの時〟のその声、その口調、その風景、なぜか今でも思い出せる。
私は、楽器なんてできもしなかったのに。
ママは、私が病気がちになった時、いつも看病してくれていた。
辛そうなのに、私にはそんな顔を見せずに私達を養ってくれていた。
こんなママに、いつか慣れたらなって思っていた。
高校一年生の夏の日、ママが黙って家から出ていった。
私と、妹を残して。
パパは、顔をくしゃくしゃにして、
「パパ頑張るから」
私と妹にそう言った。
私は、この人は何を言っているだろう。
とそう思った。自分が巻いた種なのに。
その時の私は、パパとはずいぶん喋っていなかったから、ママが黙って出ていったことで、不安が募っていった。
それからだと思う、誰に対しても不信感を抱くようになったのは。
友達も多くなかった私は、次第に学校にも行かなくなっていっていた。
学校へ行かなくなって数ヵ月した時だった。
パパがギターを私に渡してきた。
もともと持っていたらしい、そのギターは、使用感があって、汚いなっていうのが印象だった。
それでも、パパの影響でバンドばかり聴いていた私は、暇だったので覚えてみることにしたんだ。
最初のFコードは、聞いていたより難しくって
しばらくわギターは、置物になっていたけど。
そんな時期、隣に秋山 雄太が引っ越してきた。
その人は、私の二つ先輩で、受験時期だっていうのに彼は、学校に行っている素振りはなかった。
たまに、すれ違う程度だったけどエレベーターで話しかけられたのがキッカケだった。
「君、高校行ってないの?」
その時はチャラチャラしてるのが気にくわなくて無視した。
あとからパパに、お隣さんも父子家庭で父さんの仕事を手伝っている青年がいる。というのを、無視する私に話してくれて、少し興味が湧いたんだと思う。
たまに、外を散歩したりする時に顔を合わしたりして、話しをする様になった。
どうやら、近くに働いている工場があるらしい。
私達が、付き合うのにそんなに時間はかからなかった。
雄太からだったと思う。
その時は私も好きだな、なんて思ってしまっていた。
思春期っていうものは、そういうものなのかもしれないけれど、目の前のことが全てで、見えているものが本物だった。
私達は、いろんなことを話した。
雄太は、料理が好きで、サッカーが好きで、いろいろな好きなことがあった。
私が音楽を好きなことも、すごく興味をもって接してくれていた。
ただ仕事は、好きじゃなかったらしいけど。
お互いのことを話しながら、将来のことを話した。
雄太は、確か…
「いつか、誰かの助けになる仕事をしたい」
と、そう言っていた。
ほしいCDがあって真冬なのに寒い中、歩いて隣町のCDショップまで一緒に行ったりもしたな。
話すことが楽しくて、でも今思えば〝それ〟は、雄太じゃないと、ダメだったのかな、とも思う。
彼氏ができたのを知ってか知らずか、パパが人気のバンドのチケットを私に2枚くれた。
そのバンドは、昔からよく知っていたバンドで、久々に日本に来日して、次はもうないかもしれないと言われるぐらいのバンドだった。
私は、雄太とバンドを見に行けることが楽しみだった。
その週末、私たちは人混みの中ライブ会場へ向かった。
私は、その時に初めてママとパパじゃない人と手を繋いだ。
転ばない様に。迷わない様に。ただそれだけ。
会場は、広くで1万人は、入るんじゃないかというホール。
2階はガラガラだったけど、1階はほぼ埋まっていた。
雄太は、バンドには興味なさそうだったけど、初めてのことで、楽しそうだったからよかったな。
冷たい手を息で暖めていたら、どんどん会場が人の熱気で温度が上がっていく。
そこで、音楽が鳴り響いた。
耳から伝わって、脳に響くその音は、
私そのものを否定して、肯定して、頑張れって言ってくれているみたいだった。
私は、嬉しかったんだ。
そう聴こえないんだとしても、聴こえてしまう私がいた。
意味が違っても、内容が違ったとしても、そんなアーチスチックでもない私が、改めて感じてしまったんだ。
それを大切にしたい自分がいた。
音楽が好きだな。
私は、ライブ帰りに別れを切り出された。
あの時雄太が何を感じて、何を思ってしまったのか、わからないけれど、今ではありがとうって言いたい。
たくさん泣いたけどね。
雄太はチャラい感じだったし、私には、合わなかったのかなって。
私達は、お互いの感情を埋める役割をしていただけなんだと思った。
たった一週間の話だけど、今でもいい思い出。
私は、また学校に行き始めた。
そこから雄太とは疎遠になっていった。




