63. 勇者、追及を受ける
≪……上、父上! 仲睦まじいところを邪魔してすまぬが、そろそろ帰らぬと不味いのではないか?≫
「う~ん……」
アンディの声に、俺は目を開けた。
ぼんやりと目の前に映るのは、緑色をしたなにか。しかも、ちょっと良い匂いがする。
何だろうと触ると、サラッとした手触りの良い……ルビーの髪だった。
どういうことだ?と、一瞬にして目が覚める。
俺が頭を撫でたことで、ルビーも目を覚ます。
抱き合う形で眠っていたから、至近距離で目が合う。
俺は慌てて飛び起き、正座をする……ここまで、約十秒。
「か、神に誓って、寝ているルビーに(頭を撫でたこと以外は)何もしていない!……と思う」
「フフッ、なんでそんな自信なさげなのよ。安心して、何もなかったから」
もう明け方なのね……と言いながら、ルビーも起き上がる。
「ごめんなさい。もっと早めに起こすつもりが、私まで一緒に寝てしまったのね……」
俺が寝ぼけてルビーの寝室に忍び込んだのかと焦ったけど、そうではなく、居間で寝込んだ俺に付き添ってくれていたルビーが、寝落ちしたってことらしい。
「カズキが温かかったから、全然寒くなかったわ」ってルビーさん、俺はあなたの湯たんぽ代わりにされたのですね。
「こっちこそ、ごめん。夜に急に押しかけて、こんな時間まで長居してしまった」
「気にしないで。私は、カズキが元気そうで安心したの」
朝食も食べていく?と聞かれたけど、いえいえとんでもございません!
すぐにお暇させていただきますので。
腹を出して寝ているトーラを叩き起こし、すぐさま帰り支度を始める。
上着を着て、アンディを壺に入れ、猫型トーラを抱っこしたら準備完了!
「たぶん、俺はもう少しで村に帰れると思う」
「ホント?」
「うん。もう、お披露目も終わったからな」
一応、勇者としての義務は果たしたから、そろそろ開放してもらいたい。
宰相さん、約束通り皇帝への口添えをよろしくお願いしますね!
「村の皆は、変わりはないか?」
「ええ、元気よ。最近寒くなってきたから、温かい土産を開発しようと知恵を出し合っているの」
「それはいいかもな。温泉サイダーはお風呂上がりに飲む分には良いけど、土産に買ってくれる人は減るだろうからな」
温かいものって、なにがあるかな……
⦅……時間じゃぞ。そろそろ行かねば⦆
そうか。
もっと話をしていたいけど、仕方ない。
ルビーに礼を述べ、俺は再び旅立った。
◇
宮殿のバルコニーに降り立ったのは、侍女さんが俺を起こしに部屋へ入ってくる時間のちょい前。
「ふう……なんとか間に合ったな」
服は昨日のままだけど、自分で着替えたと言ってごまかせば……
⦅残念ながら、間に合わなかったようじゃぞ⦆
どういうこと?
バルコニーの扉を開けると、にこやかな笑顔で俺を出迎えるエドワーズさんの姿が見えた。
◇
「勇者様、今までどちらにお出かけだったのでしょうか?」
「えっと、その……」
「私には言いにくいこと……なのでしょうか?」
「そういうわけでは、ないのですが……」
ソファーに座った俺は、やんわりと追及を受けていた。
エドワーズさんの表情は変わらないけど、怒りの波動をひしひしと感じる。
こういうタイプは絶対に怒らせてはならないと、俺の経験値が警報を鳴らしていた。
≪……父上、すまぬ。私がそそのかしたからだ≫
「アンディのせいじゃない。行くと決めたのは、俺自身だからな」
俺の両隣にはなぜかアンディとトーラも一緒に座っていて、彼らも神妙な顔つきをしている。
そんな俺たちを、侍女と護衛さんたちが遠巻きに眺めていた。
「エドワーズさん、正直に言います。彼女のところに行っていました」
「『彼女』とは、どなたのことでしょうか?」
「俺の……婚約者です」
「「「「……えっ、婚約者!?」」」」
あれ?
なんで、こんな反応?
予想外の発言と言わんばかりの顔でこちらを見つめる彼らに、首をかしげるしかない俺だった。
◇
「俺が、貴族令嬢と逢い引きですか!?」
「お部屋にご不在だった時点で、そう考えるのが妥当です。結界がありますから、敷地外へ出ればすぐにわかりますし」
早い時間に人払いをした俺がこっそり部屋を抜け出し、気に入った令嬢のもとへ行っているのだと思われたらしい。
だから、皆さんあんな反応だったわけか。
「でも実際は、婚約者の方がお好みのお菓子を渡すために、会いに行かれていたと?」
「はい。それに、沢山いただいたお菓子も、皆で分けてもらうよう渡しておきました」
「たしかに、お菓子だけが半分ほどなくなっていますね」
部屋の隅にあるテーブルの上には、貴族たちからもらった品々が置かれている。
今日、帝都へ戻るときに馬車で運んでもらえるそうだけど、お菓子は食べ切れないから半分はトーアル村へ。
もう半分は、世話になったこの宮殿付きの侍女さんと護衛さんたち。そして、帝都のケイトさんやヤンソンさんたちへ配ろうと思っている。
もちろん、カードが入っていないか確認をしてからだよ。
「それにしても、結界の盲点をついて抜けられるとは、さすがは勇者様ですね」
「ハハハ……」
これは、褒められることなのか?
盲点に気付いたのは、俺ではなくマホーだし。
そして、空を飛んだのはアンディの能力ということにした。
エドワーズさんは俺のステータスを知っているかもしれないけど、他の人には隠しておかないとね。
「私的なことをお尋ねして、申し訳ございませんでした。勇者様の動向は、すべて父へ報告しなければなりませんので」
エドワーズさんが深々と頭を下げるから、俺も返す。
こちらこそ、勝手な行動をしてすみませんでした!
「実は昨夜、騒動がございまして……」
「騒動?」
エドワーズさんによると、皆が寝静まった夜更け、俺の部屋に侵入者があったそうだ。
まさか、勇者の命を狙う賊か?と緊張したが、そうではなく、某令嬢とのこと。
犯人の供述によれば、バルコニー側から部屋に忍び込んで勇者と既成事実を作る。もしくは、その噂を立ててライバルたちを出し抜き、あわよくば夫人に納まる計画だったとか。
その人は武道に優れ身体能力が高かったらしいが、エドワーズさんは単独犯ではなく一族ぐるみの犯行と睨んでいるようだ。
部屋のバルコニーは一つ一つが独立した造りにはなっているが、屋根を伝えば最上階の俺の部屋まで難なく到達できるもんな。
「こちらも、盲点でした。部屋のドアの前だけでなく、バルコニー側にも護衛を配置すべきでした」
そうだね。
もしそうなっていたら、俺も抜け出せなかったわけだから。
犯人は俺が寝ていると思ってベッドに侵入したが、実際はもぬけの殻。
別の女性の部屋へ行っていると勘違いし騒いだため、護衛が気付き取り押さえられる。
そして、ついでに俺の不在もバレたということだった。
≪やはり、不届き者が現れたのだな。まあ、この私が部屋への侵入を許すわけがないが……≫
「犯人は無事取り押さえたのですが……少々困ったことに」
「?」
「連行されるときに、半狂乱となった犯人が暴れて『勇者様は、誰の部屋にいるの!』と叫んだものですから」
俺が部屋に居れば、騒動で集まった人たちの前に姿を見せて何事もなかったとアピールができたのに、実際に不在だったためそれができず。
エドワーズさんは貴族たちに「警備の関係で、勇者様は別の部屋で休まれています」と説明してくれたけど、どこまで信じてもらえたかわからないとのこと。
「帝都へ戻られましてから、事実とは異なる不名誉な噂が流れるおそれも……」
「でも、俺が宮殿から抜け出したことがわかると、結界に穴があったと皆さんに認知されてしまうのでは?」
「それは、そうなのですが……」
「どんな噂が流されようと、俺は気にしません。これは、自分の行動の結果でもありますから」
結界に穴があると言っても、俺のように飛行できなければ抜け出すことは不可能。
つまり、この世界で脱出できるのは俺だけということ。
でも、詳細は機密事項だから、公にはできない。
だったら、最初から事実は公表せず、噂は無視すればいいだけだ。
『人の噂も七十五日』って言うし。
……なんて安易に考えていたけど、後から思い返せば『貴族令嬢と逢い引き』に関しては、きちんと否定しておくべきだったのだろう。
これが、後に起こる大事件の起点となったのだから。
ルビー誘拐事件で学習したはずなのに、ヤンソンさんたちのような良い貴族に出会ったことですっかり忘れていた。
――――貴族には、俺の想像以上に厄介で狡猾な者たちがいることを




