60. 正体がバレるの、早くない?
まるで底なし沼に落とされたように、俺の体はどんどん沈んでいく。
これはマズい。
とりあえず全方位に氷の壁を作り、さらなる攻撃に備える。
こんなとき、氷壁はホント便利だよな。
土壁と違い、相手の動きが多少なりとも見えるからさ。
「サカイ殿は、氷魔法の使い手なのですか!」
水魔法が使用できる細マッチョさんだから、やっぱりこういう反応になるよね。
それにしても、本当に地面が液状化するなんて、すごいスキルだな。
では、今のうちに『飛行』で脱出!っと。
⦅儂は、土魔法で手摺りを作り逃れたぞい⦆
なるほどな。
その他には、両手に水を大量に噴出させて、水の勢いで逃げるとか?
あとから冷静に考えれば脱出方法はいろいろと思い浮かぶけど、いきなりやられたら非常に焦る。
まさに、『初見殺し』の術だ。
⦅土魔法でも似たようなことはできるが、あれは石や岩にも沈めることができるのじゃ⦆
ひい~、恐ろしい。
俺が身震いをしていると、周囲から皆さんの話し声が聞こえてきた。
「サカイ殿は、声の感じでは随分とお若そうだが、もう氷魔法を行使できるとは……」
「一体、何者なのだ?」
……ふむふむ。魔導師さんたちは、氷魔法について語っているね。
「今、どうやって脱出したんだ?」
「跳躍したように見えたが……」
「あの緩んだ足元からなんて、無理だぞ!」
衛兵さんたちは液操作から逃れたことに驚いているみたいだけど、俺だって『飛行』がなければ脱出はできなかったぞ。
さて。どうにか体勢を整えたところで、こちらも反撃開始。
お返しとばかりに土魔法で同じような泥濘をいくつか作ってみたけど、細マッチョさんは俊敏な動きで次々と回避していく。
そして、再び発動と同時に斬りかかってきた。
普通であればまた足を取られて避けるのは難しいけど、実は、俺の足は地面に着いていない。
二度目を警戒して、高さ一センチくらいのところで浮いていたのだ。
その場から動かなければ、魔力消費は抑えられるからね。
そして、細マッチョさんの着地点に深い穴を開けながら、後ろに下がった。
「勝負あり。勝者、サカイ殿!」
胸の辺りまで埋まった細マッチョさんを同僚が救出している間に、宰相さんが皆の注目を集めるようにパンパンと手を叩いた。
「わかったであろう? このように、『魔法使いは接近戦に弱い』という常識が通用せぬ相手もおるのだと……」
宰相さんの言葉に皆さん大きく頷いているけど、その後、俺をバケモノのように見るのだけは止めてもらえませんか。
俺は、皆さんと同じ普通の人間ですよ?
⦅飛べる時点で、『普通の人』ではないと思うがのう……⦆
マホーまで、そんなことを言わないでくれよ。
たしかに、飛べることに関しては俺もチート過ぎるとは思っているんだからさ。
「……よって、其方らは現状に満足せず日々鍛練に励むように。そして、この貴重な機会を与えてくださった皇帝陛下に感謝を!! では、本日は解散!」
宰相さんの号令で、人々が続々と鍛練場から出ていく。
やれやれ、ようやく終わった。
わざわざ親善試合をした理由が、わかったよ。
俺の力の一端を見せることで、軍団内の引き締めを図ったわけね……
今回は、皇帝に上手く利用されてしまったな。
「では、我々も離宮へ戻りましょう」
「はい」
「……あの、お待ちください!」
護衛さんたちと歩き出した俺に近づいてきたのは、若い宮廷魔導師だった。
「勇者様! お初にお目にかかります。私は、あなた様を召喚したジノムと申します!!」
「!?」
⦅ホッホッホ……こやつ、やりおったわい⦆
そんな大きな声で話しかけられたら、俺の正体が皆にバレちゃうと思うけど……
「サカイ殿が、勇者様だと?」
「でも、召喚者のジノム殿がそう言っているのだから、間違いないのでは?」
「勇者様ならば、あの強さも納得だな!」
ほらほら、言わんこっちゃない。
再び周囲がざわつくなか、彼が俺に握手を求めてきたから応じようとしたら、護衛さんたちが間に立ちふさがった。
「恐れ入りますが、許可なくサカイ殿へは近づかぬように。聞き入れていただけないようであれば、我々は強制排除の許可も得ております」
「それは、大変失礼いたしました!」
この人はおとなしく引き下がってくれたけど、この状況はどうするんだろう?
衛兵に守られた俺を遠巻きに眺める人たちが多数いて、俺と対戦した二人はそれぞれの上官へ真偽を確かめている。
宰相さんは、お偉いさんたちと協議しているけど……俺は、もう帰ってもいいですか?
「ゴホン……静粛に!」
上層部の話し合いが、終わったみたいだね。
さてさて、どんな結論に達したのか。
「当分の間は内密にしておくつもりであったが、こうなっては仕方あるまい。ジノム殿の申す通り、サカイ殿は勇者様である。しかし、今後も直接的な接触は厳禁とし、用件がある場合はすべて国を通すこと。以上!」
「・・・・・」
⦅結果的には、良かったのではないか? これで、行動の制限はなくなるじゃろうて⦆
行動制限はなくなったとしても、嫌でも注目は集めるだろうな。
だから、全然嬉しくないぞ。
はあ、早く帰りたい……トーアル村に。
◇◇◇
親善試合の翌日から、勇者への面会希望が殺到しているらしい。
相手は貴族の方々で、用件は主に二つ。
一つ目、自領の兵士との模擬戦の申し込み。
二つ目、お見合いの申し入れ。
とりあえず今は、文官さんたちがすべての希望を取りまとめている途中なんだって。
護衛さんたち曰く、模擬戦は各領から精鋭が選抜される形で、お見合いについては皇家主催でお見合いパーティーが開催されるのではないかとのこと。
そして、ヤンソンさんからはこんな話も……
「勇者様の護衛をしていることは機密情報ですので、親兄弟にも秘匿していたのですが、今回の件で知れ渡りまして……」
「……もしかして、どなたかに叱責されたのですか?」
もしそうなら、申し訳ないです!と謝ったら、「違いますよ!」と慌てて否定される。
「その反対です。一族の誇りだと両親が泣いて喜びまして、親孝行ができました。これも、サカイ殿のおかげです」
他の人からも、「子供たちから尊敬のまなざしを向けられた」とか、「婚約者が決まった」など、いろいろな報告をされた。
侍女のケイトさんも、「おばあさまは、すごい!」とお孫さんに言われたのだとか。
でもね、勇者の護衛や侍女に抜擢される皆さんが優秀なだけであって、俺は全然関係ないと思うんだよね……
⦅良いではないか。皆が喜んでおるのじゃから、ここは『空気を読む』のじゃ⦆
ハハハ、珍しくマホーが師匠っぽいことを言っている。
でも、『亀の甲より年の劫』って言うし、師匠の意見に従って余計なことを口にするのは止めておく。
さて、冷めないうちに、ケイトさんが淹れてくれたお茶を頂きますか。
「わたくしは、お見合いパーティーは開催されないと思いますよ」
……ん?
「ケイト殿、それはなぜですか?」
ヤンソンさんが不思議そうに問いかけているし、俺としてもぜひ理由が知りたい。
本当に出席しなくてもいいのなら、それに越したことはないからね。
「なぜって、サカイ様には心に決められた方がいらっしゃると、アンディくんから聞いています。もうすでに、求婚の品も贈られているとか」
「なんと!」
「ゴホッ!」
ヤンソンさんは驚いて目を丸くしているし、俺もびっくりし過ぎてお茶で噎せたぞ!
アンディは、ケイトさんへ一体何の話をしているんだ?
てか、誰だよ。
うちの息子に、そんな偽情報を流したのは。
アンディへ直接問い質したいけど、当の本人はどこかへ外出中。
最近はいないことが多いから、おそらくアレの調べ物で忙しいのだろうな。
⦅あながち偽情報でもあるまい。おぬしが正式に村の住人になるのは、その為じゃと儂も思っておったがの?⦆
はあ?
マホーまで、そんなことを言っているのか。
「ずっと身に着けておられるペンダントは、贈ったお相手の方から頂いた物ですよね?」
「えっと……これは、そうですね」
俺の色である黒の色石が嵌め込まれたペンダントは、アニーさんと王都へ行ったときに買ったものだとルビーは言っていた。
(求婚と誤解された)髪留めを贈って、そのお返しに、(お守りとして)もらった物だけど……
「そんな方がいらっしゃるのに、お見合いパーティーなどとんでもない! ですから、わたくしが僭越ながら宰相様へ報告させていただきましたので、ご安心ください」
「あ、ありがとうございます」
ここも空気を読んで、訂正しないほうがいいのだろうな。
まあ、もともと結婚話は断るつもりだったから、良かったのかもしれない。
その気もないのに参加しては、相手に対しても失礼だしね。
……なんて、面倒事が一つ減ったと安堵していた俺だったが、その考えは非常に甘かったことを後日知ることになる。




