42. <幕間>Sランク冒険者の盛大な勘違い
帰りの馬車の中は、とても賑やかだった。
行きは「なんで、わざわざ田舎の村へ行かなきゃならないんだよ!」と不平不満を漏らしていた子たちが、今は「『オバーケ』がおもしろかった!」「おフロにまた入りたい!」「オンセンサイダーが、もっと飲みたかった!」と口々に感想を述べている。
御者の隣に座り、勝手に耳へ届いてくる声を何の気なしに聞いていたルカは、移り気な子供らに苦笑しつつ、今日出会った人物について考えていた。
彼を一目見たときから、他の警備担当とは明らかに違うと感じた。
帽子を目深に被った彼…和樹は、一見すると普通の少年のように見える。
しかし、その奥に秘められた実力を、ルカはしっかりと見抜いていた。
この国では珍しい、黒髪・黒目の容姿。
ひと月ほど前に、冒険者ギルドの掲示板に貼り出されていた高額報酬の依頼内容にあった人物が思い浮かんだが、あの依頼はその後すぐに取り下げられる。
おそらく、有力な目撃情報もしくは本人が見つかったからではないかと皆が噂をしていたが、実際のところは不明だ。
でも、和樹が堂々とあの村にいたということは、件の人物とは別人なのだろう。
しかし、彼が何者なのか興味を持ったルカは、同じ班に同行することにした。
「俺は、魔法学校に通う二十歳の学生です。今は休学し、修行の一環として一人旅をしています」
自分と同じ冒険者だと思っていたら魔法使いの弟子で、しかも、二十歳の学生だという。
その事実に驚いたルカだったが、さらに驚愕の出来事が彼を待ち受けていた。
◇
黒光りする魔獣の眷属を引き連れ子供らの前に現れたのは、一人の人物。
黒髪に水色の瞳を持つ彼は、『美しい』と表現したくなるような見目麗しい少年だった。
しかし、ルカが真っ先に感じたのは『恐怖』。
もし、ダンジョン内で彼と遭遇したならば、Sランク冒険者の自分でさえ全力で逃げ出すか、玉砕覚悟で立ち向かうかの二択しか選択肢が存在しないほどの相手だ。
元冒険者と思わしき正規の警備担当者でさえ顔色を変えたのに、和樹は一人涼やかな表情を浮かべている。
恐る恐る仕組みを尋ねてみたが、返ってきたのは『重要機密のため、回答不可』の答えのみ。
この時、ある可能性が頭に思い浮かんだが、ルカは口にはしなかった。
◇◇◇
「……今回、Aランクの冒険者パーティーの方々に依頼を受けていただけるとは、思ってもいませんでした」
いつの間にか静かになっていた馬車の荷台から、引率の教師が声をかけてきた。
ルカが後ろを見ると子供らはぐっすりと眠っていて、皆幸せそうな表情を浮かべている。
学校側としては子供が大勢いるため、安全面には特に気をつかっていた。
この街道沿いは、ゴブリンやスモールウルフが討伐されて以降ほとんど魔物は現れていないが、盗賊が一度出没し捕縛されたこともある。
万が一の事態に、これほどの安心感はないですよ…そう言って、教師は笑顔を見せた。
「ちょうど、我々もトーアル村に用事があったから、ついでだ」
報酬は安く、依頼内容から見ても通常はDランクかCランクの冒険者パーティーが引き受けるようなもの。
しかし、掲示板に張り出された依頼票を見たアニーが即決し、他のメンバーも了承したため受けることにしたのだ。
アニーの目的は、もちろんすべての温泉を制覇すること。
自由時間が多くあり、子供ら以外に他の観光客がいないとなればほぼ貸切状態で、大人気の個室風呂にも待たずに入れる。
他のメンバーも同じ考えだったようで、仕事ではあるが骨休めの良い休暇となった。
ルカの目的は、空き容器の返却と土産の購入。
そして、村に不審者が入り込んでいないか、モホーに成り代わりそれとなく確認をするつもりだった。
しかし、あの守護者がいれば、まったく心配はない。
(まさか、モホーのじいさんも、『死霊使い』に召喚されたアンデッドだったとはな……)
午後に『オバーケ』を見学したアニーが、戻ってくるなり興奮気味に話をしていた。
モホーの召喚獣の色違いが現れ、子供たちと遊んでいた…と。
アニーは、あの洞窟のどこかにモホーがいて、魔法で彼らを映しだしていると思ったようだ。
しかし、ルカは違う。
モホーも美少年も、和樹が召喚したアンデッドだと結論付けた。
二体とも人へ危害を加える様子はまったくないことからも、彼がきちんと制御し使役していることがわかる。
和樹は、温泉事業が始まる以前から村に滞在していた。
貴族が送り込んできた間者ではなく、ただの旅人であることは確定している。
村の窮地を救うためモホーを召喚し武闘大会へ出場させ、村の発展に寄与すべく、今回新たなアンデッドを召喚したのだ。
そしてこのことは、村の上層部しか知らない事実なのだろう。
もちろん、ルカはモホーとの約束を守りこれからも胸の内に秘め、他言することは決してない。
「なかなか、面白い村だったな」
「そうですね。私は、ぜひ他校の先生方へ推薦したいと思います」
「モホーのじいさんも、きっと喜ぶだろうぜ」
大魔法使いが貴族から村を守った話は、王都民ならば誰もが知る有名な話だ。
村の知名度は一気に上がったため、今後はそれを活かし、いかに多くの観光客に村まで足を運んでもらうか。
村は同時に、過疎化対策にも力を入れているようだった。
眼鏡をかけた村の男性職員は、ルカたちへ「ぜひ、またお越しください。冒険者の方々の移住も、大歓迎です!」と言っていた。
村の住民ならば温泉入浴料が半額になるとの話に、アニーはわかりやすく反応していて、王都へ戻ったらさっそくその話が始まるだろうと、ルカは予想している。
(まあ、それもいいかもしれねえな……)
フフッと笑みを浮かべたルカは、荷物から温泉サイダーを取り出す。
『オリジナル温泉サイダー作り体験』は、当面の間は団体客のみと聞き、頼み込んで参加させてもらったもの。
自分好みに甘さを少々強くしたもので、帰ってからゆっくり楽しもうと思っている。
こうして、個々の楽しい思い出を満載させた馬車は、静かに街道を進んでいった。




