22. その頃、某帝国内では……魔法バカと、それを利用した男(前編)
「勇者様は、まだ見つからないのか?」
「総力を挙げて国中を捜索しておりますが、いまだ発見には至らず……」
「もうひと月になるぞ。早く発見せねば、他国に見つかってしまうやもしれぬ」
ここは、シトローム帝国。
宮殿内では、行方のわからぬ勇者に上層部が頭を悩ませていた。
宰相が、一人の宮廷魔導師へ顔を向ける。
「其方に確認だが、勇者様は本当に召喚されておるのだな?」
「はい。魔法陣が消失しておりますので、それは間違いございません。私が夢の中で拝見した勇者様は、『黒髪・黒目』の少年のようなお顔をしていらっしゃいました」
「その証言を元に、国中の『黒髪・黒目』の若者を片っ端から鑑定しておるのだが、なぜ見つからんのだ?」
「大変申し訳ございません。途中で魔力が尽きましたので、召喚地点が少々ズレたのかもしれません」
「では、隣国へ召喚された可能性もあるというわけか……」
「はい。これだけ捜しても見つからないということは、その可能性が高いのではないか……ううっ!」
宮廷魔導師は、急に目を閉じ倒れ込む。
通常であれば叱責される行為だが、誰も気にも留めない。
宰相らは、ただ黙って彼が起き上がるのを待っている。
しばらくすると、彼は立ち上がった。
「もしや、また夢を見たのか?」
「……勇者様は、召喚獣を連れておられるようです」
「ということは、すでに召喚魔法を取得されているのだな。さすがは勇者様だ」
「召喚獣は……白い大きな魔獣でございます。乗っていらっしゃるお姿が、はっきりと見えました」
この話に、軍団長の一人が発言を求めるように手を上げた。
「其方は、何か心当たりがあるのか?」
「帝都内に店を構えております大店の店主から、三週間ほど前に飼育していた魔獣が盗まれたとの盗難届が出ております。その魔獣というのが、たしか『白のメガタイガー』だったと。白の個体は大変珍しいものですから、記憶に残っておりました」
盗まれぬよう、防犯対策はしっかりと施されていた。
メガタイガーが脱走しないよう、魔力封じの首輪に頑丈な鉄の檻等々……それにもかかわらず、大型の魔獣が忽然と姿を消したとの話に、皆が騒然となる。
「夜間ではなく、日中の犯行であったことが確認されております。店主が商用で部屋を出てから戻るまでのわずか三十分間の出来事でしたが、目撃情報も一切出てきておりません。ですので、魔獣が強制召喚されたのであれば納得です」
「Sランク級の魔物の召喚など、勇者様でもないかぎり不可能かと存じます」
軍団長と宮廷魔導師の話に、宰相は大きく頷いた。
「わかった。勇者様は、召喚獣と共に冒険者として活動されている可能性が高い。我が国の冒険者ギルドを通じて周辺諸国の冒険者ギルドへも協力を仰ぎ、白の大型魔獣を従魔にしている黒髪・黒目の冒険者の情報を集めることとする。ご苦労だった、其方は下がってよいぞ」
「では、失礼いたします」
宮廷魔導師は、宮殿内に与えられている居室へと戻る。
「ザムルバ先輩、『勇者の夢』をどんどん見て捜索に協力してくださいよ。あなたの手柄とアレは、すべて俺がいただきますので……ククッ」
堪えきれず笑みを浮かべたのは、宮廷魔導師のジノム。
しかし、彼は勇者召喚に成功した者ではない。
ザムルバの召喚儀式にたまたま居合わせた男だった。
◇◇◇
ザムルバは、シトローム帝国の宮廷魔導師である。
ただし、宮廷内での序列は下位の下位……下から数えたほうが早いくらいの位置だ。
誰よりも豊富な魔力量を有する自分が、なぜこのような地位に甘んじなければならないのか。
ザムルバは常日頃から不満を持って……はいなかった。
「ザムルバ、魔道具を片付けておいてくれ。あと、魔力を補充することも忘れるなよ!」
偉そうに命令をしたのは、同期の魔導師。彼は、ザムルバの上官になる。
周囲へ入念な根回しを行い、時には賄賂をばらまく。そして、彼もザムルバを追い抜かしていった。
今やザムルバの存在価値は、魔道具へ魔力をこめるだけの魔石代わりでしかない。
それでも、皆が帰ったあとも部屋の片隅で作業を続けているザムルバは現状に満足していた。
同僚たちが出世競争に火花を散らすなか、一人我関せずの態度を貫き飄々としている彼に周囲は奇異の目を向ける。
しかし、庶民の出自であるザムルバにはもとより出世願望などない。
貴族出身者のように、伝もないからだ。
だからこそ、持っていない者は代わりに金をまきそれらを得るわけなのだが、残念ながら彼はそこまで知恵が回らなかった。
◇
今日も仕事を終えると、ザムルバは使用されていない地下倉庫に籠る。
日課である『古の魔法』の研究を始めるためだ。
皇宮書庫から借りてきた書物を開き、一つずつ再現しては結果を手帳に書き記していく。
これは、古語を読み解く力があり、豊富な魔力を有する自分にしかできない高尚な趣味だとザムルバは自任している。
今、彼が熱心に取り組んでいるのは、氷魔法で氷像を作ること。
そもそも、水魔法を究めた者しか取得できない氷魔法を操れること自体がすごいのだが、彼はそれに気付いていない。
もっと言えば、書物で知った氷像製作をしたいがために、彼は水魔法を究めたのだった。
そう、ザムルバは正真正銘の『魔法馬鹿』なのである。
彼がもっと世渡りが上手ければ、今ごろは筆頭宮廷魔導師になっていたかもしれない。
「できた!」
ザムルバがコツコツと作り上げていたのは、大輪の花を咲かせた百合の氷像。
シトローム皇家の紋章や国旗にも描かれている、帝国内では尊き花だ。
氷像にもっと魔力を籠め永久凍結させ皇帝陛下へ献上すれば、お褒めの言葉と共に多額の褒賞金を賜ったであろう。
しかし、ザムルバはそれをせず、魔法で消去することを選択する。
彼にとっては、魔法を完成させることが唯一の目的。それ以外は些末なことでしかない。
人はそれを『魔力と能力の無駄遣い』という。
「さすがに、根を詰めすぎたか……」
多少クラクラする頭を何度も振る。
いつものように手をかざして放った火球は、氷像を掠めたあと床に大穴を開けた。
コントロールだけでなく、威力調整にも失敗したようだ。
ボーっとしていたザムルバは一瞬にして覚醒する。
「しまった……やってしまった」
穴を開けたことが発覚すれば、宮廷魔導師を辞めさせられるかもしれない。
クビになれば、書庫から書物を借りられなくなる。この高尚な趣味を続けられなくなる。
絶対に露見させるわけにはいかなかった。
証拠を隠滅するために、ザムルバは飛び散った残骸を拾い集め穴に埋め戻す。
最後は、土魔法で塞ぐつもりだ。
ちなみに、氷像制作をする前は土像制作に没頭しており、床に似せることなどお手の物である。
「うん? 何だこれは?」
見慣れぬ箱のようなものが、部屋の隅に転がっている。
この部屋にあったものではないため、地中に埋まっていたもののようだ。
ザムルバが箱に触れると蓋が勝手に開き、中から一冊の書物が出てきた。
古語で書かれているが、ザムルバは難なく解読することができる。
書物のタイトルは、『勇者召喚魔法』。
読み進めると、『異なる世界から、勇者となるに相応しい器を持つ人物を召喚することができる魔法』とある。
子供のころに夢中になって読んだ冒険譚の主人公『勇者』に会えるかもしれない。
ザムルバは興奮した。
勇者召喚の儀式に必要なものは、『魔法陣』と『呪文』と『膨大な魔力』のみ。
魔法陣はかなり複雑だが、書物にある通りに描くだけ。
呪文は、古語を理解している自分には造作もない。
懸念があるとすれば、『勇者に会いたい』という個人的な理由で召喚しても良いのか?という良心の呵責と、儀式に際して魔力量が足りるのかどうかのみ。
悩みながらも先を読み進めると、勇者を元の世界へ帰す魔法陣も載っていた。
こうなれば、あとは魔力の問題だけ。
書物にも、数名の魔導師で儀式を行うべしとある。
(不足分は、魔石で補えば何とかなるだろうか……)
良心の呵責が無くなった今、ザムルバの願望は留まることを知らず、徐々に具体化していく。
この書物を手にしたことが、後に彼の運命を大きく変えることになるとは知る由もなかった。




