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便利屋④

 朝になると母さんはいつものように笑っていた。

 俺は、辛くないの?と聞こうとしてやめた。それは言ってはいけない言葉だと思ったから。

 ただ俺はいつものように学校に出かける。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 後ろからいつもの声が返ってくる。

 バタンッ

 扉が閉まる。

 こんな時俺はなんて母さんに言えばよかったんだろう。母さんは大丈夫だろうか。

 もう閉まってしまった扉の方を1度振り向く。

 大丈夫だ。母さんはしっかりしてる。

そう自分に言い聞かせ前を向き学校へ向かった。



 母さんはそれから少ししてアルバイトを始めた。

 俺は母さんに心配をかけないよう身の回りの事は自分でやるようになった。

 それと母さんといる時間も増やした。笑顔も増やした。

 ご飯を食べている時俺が美味しいと、笑えば母さんもそれに微笑んでくれた。

 何も変わらない。

 父さんがいなくなっても俺と母さんは2人でやっていけると思った。

 ただ、母さんは俺に少し、厳しくなっていった。

 部活で帰りが遅くなった時があった。

 前にもあったことでその時は叱られなかったから何ともないと思っていた。

 帰ると母さんが玄関に座り込んでいた。

「母さん、ただいま。今日部活でちょっと自主練してて、帰るのが──」

 説明をしていると母さんが立ち上がり俺の肩を強く掴んだ。母さんは笑っていた。俺にとってそれは歪な笑顔だった。

「ねぇ、こんな遅い時間に帰ってくるなんて、何してるの!!」

「え?」

「自主練?こんなに遅くなるならダメに決まってるでしょ!?あなたに何かあったらどうするの?まだ子供なの!母さんは心配してるの!もうこんな遅く帰って来るなんてダメよ!!わかった?!」

 母さんは目を大きく見開きながら俺を見つめる。

「・・・・・・・・わかった。もう、遅く帰らないよ」

 そう答えると母さんはやっといつもの笑顔で俺に優しく笑いかけた。

「約束よ?」


 それから母さんはよく俺に怒るようになった。

 バイトでのストレスもあったのかもしれない。水を零しただけで怒られた時もあった。

 次第に俺は母さんと顔を合わせるのが怖くなっていった。でも、俺は母さんのことが好きだったし、それでも母さんを少しでも支えていきたいと思っていた。


 高校に上がり、俺はバイトを始めた。母さんの事を支えたかったし少しでも大人に近づきたい、そんな思いもあった。

 もちろん母さんにも話した。

 最初は反対された。

「まだ子供なんだからそんな事しなくてもいいのよ。 それに帰りも遅くなるんでしょ?」

「うん。でも、もう高校生だから、それでも8時までには家に帰れる仕事にするよ。部活をやる子も帰りは8時頃だって言ってたから大丈夫だと思うんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・わかったわ」

 俺がそういうと母さんは最後は許してくれた。


 バイトをするのは楽しかった。

 もう1つの自分の居場所が出来た気がして嬉しかった。バイト先での先輩も優しくしてくれた。

 もちろん8時には家に帰った。

 ただ母さんもバイトを増やしたり、時間をずらして欲しいと頼まれたと言っていた。

 そして段々と母さんと顔を合わせるのが少なくなった。

 でも、時間が合う時は一緒にいたりした。そして笑いあった。

 何も変わらない、平穏がそこにはあった。

 そんな日々が1年以上続いた。


 ある時から母さんが帰ってこなくなった。

 初めはただバイトで時間が合わないだけだと思った。でも、食器も洗濯物も台所や洗濯機に自分のものしかないのだ。

 ご飯を作って置いておいても1日経っても何も変わっていない。

 すぐ帰ってくると思いたくて何度か玄関で待っていまこともあった。でも来なかった。

 新しい彼氏だろうか?そんな考えが頭をよぎった。

 自分は、それでもいいと思った。

 でも、居てもいいから家にいて欲しいと思った。

 それから俺は1人だった。

 幸いバイトもしていたし生活には困らなかった。

 帰ってこないとはわかっていたが毎日ちゃんと8時には帰った。

 学校の友達もバイト先の先輩もいたし、その人達とも上手くやっていたと思う。

 本当は、何度かもう帰らないでいようか、と考えた。


 高校三年になった。

 大学に入るのはやめた。理由も特にないと思ったから。バイトでも自分は上手く生きていけるとわかっていたからでもあった。それと1番は母さんにこれ以上面倒をかけられないと思ったから。

 母さんが帰ってこなくなってから戻ってきた気配はなかった。


 高校最後の朝も1人だった。

 学校にはクラスのやつらの親がいて、俺はただその場で下を向くことしか出来なかった。

 そのまま式を終え、俺は逃げるように学校を後にした。

 いつもはそんなことしないのに寄り道をして昼下がりの桜の道を歩く。

 風に吹かれてコンクリートに花びらが散り桃色に染まっていく。

 木の上だろうか。春鳥が互いに陽気な声で鳴き合っている。

 俺の心は何も動かない。

 悲しさも、嬉しさも何も動かない。

 ただ、自分だけが1人どこかに取り残されているような、自分だけが異物であるようなそんな気持ちが、ただ只管に残り続ける。

「真白?」

 突然前から声がした。

 あの人の声だと思った。

 下げていた顔を上げ前を見る。

 やっぱりあの人だった。

 もしかしたら、もしかしたら迎えに来てくれたのだろうか?式を、見ていたのかも。

 期待が膨らんでいくのがわかった。

「母さん、!・・・・・・・・俺、さ、母さんが居なくなってどうしてるか心配だったんだ」

「そう、だったのね」

「母さん、昔みたいにさ、俺にこれまであったこと教え──」

「まま?」

「?」

 声がした方、母さんの足元を見るとそこには小さな子供が服にへばりついていた。

 母さんは俺の知らない笑顔でその子供の頭に手を置きながら言った。

「・・・・・・・・結愛、少しだけ大人しく待ってて。出来る?」

「うん」

 その子供は母さんの言葉に無邪気に笑い返した。

「真白、あなたに、話したいことがあるの」

 俺はその言葉で子供に釘付けになった視線を母さんに戻した。

 母さんは、とても緊張した面持ちをしていた。

 俺は何かに急かされるように口を開く。

「母さん、子供、出来たんだね。・・・・・・母さんが、幸せそうでよかった」

「・・・・・・・・ええ、」

「これから!これから俺、大学には行かずにバイトしながら就活するつもりなんだ。なんか大学行っても学びたいこともないし、バイトしてそれがすごい楽しかったから早く働きたいななんて、それで母さんに今まで頼りきりだったからどこかご飯奢ったりしたいななんて思ったりしてもし良かったら時間が合う時ご───」

「私の子じゃないの!!」

「?」

 母さんは、心を決めたように話し始めた。

「あなたは、あなたはね、私の子供じゃないのよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「あの人との間に子供なんて生まれなかったの!だからあなたを養子に取った。あなたはまだとても小さくて覚えていないと思うけどこれだけは言わないとと思って!あなたと私は本当は赤の他人なのよ!」

 俺は何を言われているのか分からなかった。

 ただ。

「・・・・・・・そう、なんだ、」

「!、ええ、そうなの!私、私ね!今とても幸せなの!あの家で生活していた時、とても苦しかったの。最初はとても子供がいることが嬉しかったのよ!あの人ともこれから3人でやっていこうって!でも、でもね、だんだんとても苦しくなっていってね!」

 母さんの顔からは緊張が消えていき興奮したように笑いながら俺に言った。

「でもちゃんとしなきゃって、普通の人は子供に愛を注ぐものだから、笑いかけるものだから、面倒を見るものだからって、親はそうでなくちゃいけないんだって。だから、私頑張ったの。よく真白は私のご飯を美味しいって笑って食べてくれたじゃない?本当はあなたの食べる姿がとても不快だったの。何度も頑張ったのよ!でも無理だったの!それからどんどんあなたの顔を見るのが嫌になって、そんな時今の健太さんと会ったの!彼が私を支えてくれて、子供も生まれて私、本当にその時これが愛なんだって思ったの。この子を守ってあげたいって心から思うことが出来たの!私、私ね、今とても幸せなの!」

 母さんは一気に言うとひと息ついて優しく言った。

「・・・・・あなたを1人にしてしまったことが気がかりだったのだけど、あなたもちゃんと自分の居場所を見つけられていたのね」


 それからの記憶はなかった。

 どうやって別れたのかも、どうやって帰ったのかも、自分がどうな顔をしていたのかも、何も覚えてはいない。






(・・・・・・・・・・・・・・・・嗚呼、そうだ。俺は)

 目を開けるとぼやけた視界が徐々にはっきりとしていき、まだ暗い店の天井が映った。

 今まで忘れていた感情が記憶とともに蘇っていく。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺には無理だ。・・・・・・・・・俺はもう動けない。揺さぶらないでくれよ、もう、)

 俺には何かを大切にする自信も勇気ももうなかった。

 5年、5年掛けてやっとなくなっていった記憶だった。その筈だったのに。

(・・・・・・・・・・・もう、立ちたくない)

 昔の消化出来なかった気持ちが暴れ出す。

(・・・・・・・・・・・・・・俺はまた囚われるんだろうか。やっと無くなったと、思い出さなくなったと思ったのにっ。・・・・・どうにかしないと・・・・・)

 寝ていたソファから倦怠感のある体を起こす。

 起きると自分の喉が渇いていることに気づいた。

「喉が、渇いた・・・・・・・・・」

 そのまま店にある台所に行きコップに入れた水を喉に注ぎ込む。

 飲むと少し頭がすっきりした。

 そのまま飲み終わったコップを台の上に置くとその近くにあった握り飯が目に入った。

『本当は、あなたの食べる姿がとても不快だったの』

 咄嗟に流し台に体を倒し左手で口を押さえる。

「う゛ぉ え゛!」

 ビチャッ

「う゛っ、けほ、けほっ、はぁ、はぁ」

 暴れだして飲み込むことすら出来なくなっていく。

「はぁ、はぁ、」

(大丈夫、大丈夫だ。まだ、動ける)

 少しの間心を落ち着ける。

 すると直ぐに嘔吐感は収まっていった。

 俺は1度口を水で洗うと体を起こすことなく食べ物を見ないよう体を縮めてソファまで歩いた。

 ソファに腰掛けようとした時近くにあった電話がなった。

 この時間に電話がなることはほとんどない。

 取るか迷ったが何か余時に触れればこの気持ちも少しは紛れるかもしれないと思った。

 電話を取る。

 電話は、山下からだった。

「・・・・・・・・は?」

 俺は山下の言葉に絶句した。

『子供が貴方の部屋から消えました。探しなさい』


読んでくださりありがとうございます!

何ヶ所か誤字がある場合があります。よく誤字るので気にしないでください。

次もまた是非読んでください。

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