第71話 その妖精姫、プッツンしたんですか!?
「――ッ!?」
ウェルシェは息を飲んだ。
ケヴィンが手にする物の正体にウェルシェは目を大きく見開いた。その美しい翠緑の瞳は恐怖に怯えの色に染まる。
「ウェルシェェェ! 美しい君を私のモノに……永遠に私だけのモノにィィィッ!」
ケヴィンが短刀を振りかぶる。
その瞬間、ケヴィンは自分を害そうとしているのだとウェルシェは悟った。
反撃する? 防御する? それとも逃げる?
いつものウェルシェなら即座に判断を下し行動に移していただろう。
だが、ウェルシェは動かなかった。
否、動けなかったのだ。
どんなに練習でウェルシェが優秀であっても実戦は違う。
恐怖心は人間の思考と行動力を大きく減じるものなのだ。
彼女はカミラに指摘された事を今ごろになって実感した。
「私もすぐに後で逝く! 一緒に死んで天国で添い遂げよう!」
身動きできないウェルシェに喜悦の叫びを上げケヴィンが短刀を振り下ろす。
自分に迫る切っ先がウェルシェにはやけに遅く感じた。
しかし、ウェルシェの身体は意思に反してまったく反応してくれず、彼女はスローモーションのように見える短刀を呆然と見つめていた。
あっ、ダメだこれ――そう、ウェルシェが死を覚悟した時……
「ウェルシェッ!!」
ケヴィンとウェルシェの間に金色の影が飛び込んできた。
「ぐわッ!」
エーリックが盾となってウェルシェを庇ったのだ。
ビチャッと何かの液がウェルシェの頬を濡らす。ウェルシェが頬に手を当てれば、手に付着したのは赤い液体。
「えっ? えっ? 血?」
呆然とするウェルシェの目の前でエーリックが斬られた肩口を押さえて跪いた。
「こ、これ、エーリック様……の?」
ケヴィンの凶行からウェルシェを守るためエーリックが傷を負ったのだと理解し、ウェルシェの脳は再起動した。
「いやぁぁぁぁぁあ! エーリック様! エーリック様!」
ウェルシェの悲鳴ともつかない叫び声――
「邪魔をするなァァァ! どけェェェェ!」
目を血走らせたケヴィンが唾液を撒き散らしながら叫ぶ声が被る。
――ドカッ!
「うぐっ!」
ケヴィンに蹴り飛ばされエーリックは痛みに呻きながら倒れる。
「エーリック様!」
倒れ込むエーリックを支えようとウェルシェは彼を抱き合うように受け止め、そのまま二人でずるずると床に膝をついた。
もたれかかるエーリックから流れ落ちる血がウェルシェの制服に染みを広げていく。
「うっ、くっ……ウェ、ウェルシェは無事?」
「私は大丈夫です」
「よか……」
最後まで言えずエーリックの身体から力が抜け、その重さにウェルシェは支え切れず彼は床にゆっくりずり落ちた。
「いや、いや……エーリック様……エーリック様!」
イヤイヤするように首を振るウェルシェの翠緑の瞳から涙が溢れる。
「くっくっくっ……さあ、邪魔者はいなくなったよ」
不気味な笑みを浮かべケヴィンはウェルシェに両手を広げた。
「さあ、そんなゴミは放って私の胸に飛び込んでおいで」
「ふざけんな……」
ウェルシェはキッとケヴィンを睨みつけるように見上げた。
「な、何を言って……」
「ふざけんな、ふざけんな!」
涙で濡れた翠緑の瞳に強い怒りと憎悪の光が宿り、ウェルシェの激しい負の感情に当てられケヴィンはたじろいだ。
「だって、これで永遠に私達は一緒に……」
「誰がお前とッ!」
ふらりと立ち上がったウェルシェから膨大な魔力が溢れ出す。
「ウェルシェ嬢!」
「ウェルシェ様!」
「姫さん!」
やっと我に返ったレーキ、スレイン、セルランが駆け寄ろうとした。しかし、ウェルシェとエーリックを中心に激しい魔力が激流となっていて近づくことができない。
それは間近で魔力をぶつけられているケヴィンも同じ。両腕を前に掲げて魔力の奔流から身を守っているが、強風に煽られて前に進めない。
「わ、私はただウェルシェ、君と添え遂げたくて……」
「私が添い遂げるのはあんたじゃないッ!」
猫被りも淑女の仮面もウェルシェの本心を覆い隠す全ての擬態が吹き飛んでいた。これほど感情を露わにするウェルシェは珍しい。
ウェルシェはキレたのだ。
「私が添い遂げるのはエーリック様よ! 私のエーリック様ただ一人!」
それは、ウェルシェ本人さえ気づいていない奥底に眠る感情の発露。
愛する者を傷つけられたウェルシェの激情が可視化するはずのない魔力を赤く染めた。
それは穢れなき白銀の髪や穏やかな翠緑の瞳まで赤く染め上げ、まるでウェルシェが身体全体で己の怒りを体現しているかのよう……
「ヒィッ!!」
思わずケヴィンは情け無い悲鳴を上げた。
それほど今のウェルシェは恐ろしかった。
「よくも私のエーリック様にッ!!」
ケヴィンへ向けて突き出したウェルシェの手から赤い魔力の塊が迸る。
もはや、それは魔術ではない。
純粋な魔力による暴力だった。
そして、それはウェルシェの想いそのもの……
禍々しい赤で染め上がった巨大な魔力に襲われ、ケヴィンは咄嗟に両腕で身を庇う。
「ぐわァァァッ!!」
しかし、その両腕はあらぬ方向へひしゃげ、ケヴィンは後方の教室内へと盛大に吹っ飛んだ。
「ぐべッ!」
そのまま壁に激突したケヴィンは床へ落ちると起き上がってくる事はなかった……
文字数が大幅に増えたので、最終話を2話に分割しました。
最終話も今夜中に書き上げて投稿いたします。
申し訳ございません(m´・ω・`)m