第5話 そのランキング、本当に必要ですか?
ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって3ヶ月が過ぎた。
学業、魔術ともに優秀な成績を収めているウェルシェの学園生活はそれなりに順調である。『それなり』と言うのは、一部の交友関係でエーリックの危惧していた事が生じていたからだ。
ただ、別にウェルシェが他の男に惚れたわけではない。
周りの男どもがウェルシェにアプローチして来たのだ。
「どうしてあの方達はしつこく誘ってこられるのかしら?」
ウェルシェは困惑していた。
「ウェルシェは美人だし、グロラッハ侯爵家との縁は魅力的だからじゃない?」
そう答えたのは、ウェルシェが学園で初めて作った友人のキャロル・フレンド伯爵令嬢である。
特別美人ではないが栗毛色のくせっ毛に琥珀色の瞳を持つキャロルはとても愛嬌があって親しみやすい。
そんな裏表の少なそうなクラスメートは最初からウェルシェに気安く接してくれたので、彼女と仲良くなるのに時間はそうかからなかった。
「ですが、私には婚約者のエーリック様がいますわ。だから、殿方のお誘いは受けられないと申し上げていますのに」
ウェルシェは自分が結婚相手として垂涎ものであるとの自覚はあったが、それでも婚約者がいると宣言すれば言い寄られる事もないだろうと考えていた。
だが、何故かいくら断っても諦めない者達が少なからずいるのだ。婚約者のいる令嬢を口説こうとする彼らの思考がウェルシェにはどうにも不可解でならない。
「ウェルシェほどの好条件なら、多少の無理は押しても手に入れたいって思っているんじゃない?」
「私の婚約者は第二王子のエーリック様ですよ。王家を敵に回すおつもりですか!?」
キャロルの推測はリスクとベネフィットが釣り合わない。損得勘定と合理的思考が基本のウェルシェはいよいよ混乱した。
「それほどウェルシェが魅力的なのよ。なんせマルトニア学園3大美少女の一角なんだから」
入学早々、ウェルシェは学園の話題を掻っ攫った。
1年に儚げな妖精の如き絶世の美少女が入ってきたと……
しかも、エーリックに擬態がバレるわけにもいかないので、擬態はそのままなのだ。
白銀の髪をした幻想的な美少女が、とても優しげでふんわりした雰囲気だから人気は爆上がり。今も男女を問わず高騰を続けている。
気づけば『妖精姫』とか『白銀の妖精』とかあだ名され、マルトニア学園3大美少女などと訳の分からない分類に組み込まれていた。
「それなら殿方はどうしてイーリヤ・ニルゲ様に言い寄らないのです?」
「ああ、イーリヤ様かぁ」
1学年上のイーリヤ・ニルゲ公爵令嬢もマルトニア学園3大美少女の1人である。
「イーリヤ様はとてもお美しい方ですし、文武共に秀でた才女でもありますわ」
しかも、魔力量は学園歴代トップであり、魔術の腕もかなりのものだとウェルシェは聞いていた。
「ご自分で商社も経営なさっていて私財もかなりのものとか……」
情報収集に余念の無いウェルシェは当然イーリヤの履歴も調べている。その調査報告を見たウェルシェはあまりの完全無欠っぷりに度肝を抜かれたものだ。
(あの方に誰が勝負できるんですか?)
優秀な成績を修めているウェルシェも自分の能力に自信はある。それでも化け物じみたイーリヤには勝てる気がしない。
そんなスーパーレディのイーリヤを何故か男達は敬遠している節がある。
「明らかに私よりも条件は良いですのに」
「イーリヤ様は……何と言うか近寄り難いじゃない?」
イーリヤを思い浮かべてキャロルは苦笑いした。
「気さくな方と伺っておりますが?」
「うん、まあ、そうなんだけどね。あの方は自信家の俺様系オーウェン殿下の婚約者だし、本人は本人で迫力美人の上にとても気が強そうだし……」
しかも、剣でも魔術でも学園内で彼女に勝てる者は誰もいないのだから、確かに言い寄るのは命懸けに思える。
「それに引き換えエーリック殿下は……その、少しぽやってしてるし」
「私の婚約者なのに失礼ですわ!」
ここにカミラがいれば「自分も頼りないって仰ってたくせに」と言いそうだが、ウェルシェにとって他人から言われるのは許せないらしい。
「ウェルシェはおっとりした生粋のお嬢様って感じだからつけ入る隙があると思われているんでしょ」
「私がそんな簡単に靡く軽薄な女と思われているなんてとても不愉快ですわ」
ウェルシェは眉を寄せてむぅっと剥れた。
そんな顔も愛らしいから逆に男達がウェルシェに集って来るのだが、それを理解できない彼女にキャロルは苦笑いしたのだった……