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第43話 その王国、本当に未来が暗くないですか?

 

「何なのかしら、あれ?」



 いきなり現れ一方的に捲し立て周囲を荒らして去って行く嵐のようなアイリスにウェルシェは不覚にも呆気に取られてしまった。


「あれが『スリズィエの聖女』と呼ばれているの?」


 可愛い桜色(淡いピンク)の髪、澄んだ空色(スカイブルー)の瞳、華奢で小柄な肢体、際立った美貌ではないが、全体としてとても清涼感のある愛らしい美少女。


 確かに外見はスリズィエを連想させる可憐な令嬢である。

 だが、その中身は聖女より狂女だとウェルシェは思った。


「とんだ見た目詐欺ね」


 カミラがいれば「お前が言うな」と苦笑いしそうな完全なるブーメラン発言である。


「あなた達の苦労が偲ばれるわ」

「お気遣い痛み入ります」


 アイリスが去りウェルシェしかいないはずの花園に響く男性の声。


「まさか突撃を掛けられるなんてね」

「お助けできず申し訳ありません」


 その声はレーキ・ノモのものである。

 どうやら木の陰に隠れているようだ。


「今しばらくは私とあなた達の関係をオーウェン殿下には悟られたくないのよ」


 正直そこまで警戒する必要があるのだろうかとレーキは疑問に思う。


 オーウェンはレーキ達を軽く見ている。彼らがウェルシェと結託しても歯牙にも掛けまい――レーキはそう分析している。


「あの女の異常性は見ての通りですので重々お気をつけください」

「あそこまで滅茶苦茶な方だったなんてね」


 レーキの忠告にウェルシェは乾いた笑いを浮かべた。


「オーウェン殿下達はあんなスリズィエの狂女(・・)のどこが良かったのかしら?」


 誰がどう見てもイーリヤの方に軍配が上がる。


「殿方の趣味は理解できないわね」

「あの方々の嗜好を一般的男性のそれと一括りにしないでください」


 レーキは心外そうに思いっきり顔を(しか)めた。


「そうねぇ、殿下達以外の殿方は彼女に近づいていないわね」

「彼らにとってアイリス・カオロは聖女か女神の如き崇拝の対象みたいですよ」


 ウェルシェはオーウェン達がアイリスに傾倒するに至った経緯を既に調べている。


「殿下達は他人に厳しくご自分に甘い方々なのですね」

「甘言が助言に、諫言が讒言に聞こえる人達ですから」


 だから、そんな思考の飛躍をしたのだが、優秀なレーキは理解を示して皮肉で返した。


「まったく呆れたものね……サイモン・ケセミカ様は己の才を過信し勉学を疎かにして成績を落としただけなのに、学業が全てじゃないとか彼女に言われて救われたとかアホじゃないの?」

「まあ、学園の成績が能力を推し量る全てではないのは間違っていませんがね」


 ただ、だからと言って勉強をしなくて良いとはならないだろうに。こんな堕落させる言葉を信じて成績を落とすサイモンの能力と見識の低さが窺えるというものだ。


「クライン・キーノン様は卑怯な手段で模擬戦に勝利する級友と衝突してクラスで孤立していたところを彼女に愚直な性格が素敵とおだてられてころっと堕ちたんですってね……バッカじゃないの?」

「彼の正義感が強く愚直な性格であるのは確かです」


 騎士道も大事だろうが、卑怯と罵っても実戦ではそんな言い訳は通用しない。負けた原因を相手に求め、自己研鑽を怠るようなクラインの実力は大したものではないだろう。


「イーリヤ様の義弟君(おとうとぎみ)、コニール・ニルゲ様は幼い容姿を侮られて不貞腐れていたところを慰められ立ち直ったそうだけど……中身もガキじゃない」

「貴族社会では外見で侮られる事例がよくあるのは事実です」


 体面を重んじる貴族が周囲から軽蔑され矜持を傷つけられるのは辛いだろう。だが、慰められて簡単に立ち直るのは彼の矜持の低さと見通しの甘さが現れている。


 ウェルシェが彼なら他者を出し抜くのに軽視される容姿をむしろ最大限に利用しただろう。


「慰められても問題は何も解決してないでしょうに」

「彼らは努力をしない為の口実が欲しかっただけなんです」

「救いようがないわね」

「勉めずして学業が成るはずもなし、努力せずに強くなれるはずもありません」


 努力をしたからと言って結果が伴うわけではないが、努力をしなければゼロの可能性はゼロのままだ。


「努力が成果に必ずしも繋がるわけじゃないわ。それでも努力した事実は確かに自分の中で血肉になっているものよ」

「まこと至言にございます」


 努力は実らなければ意味が無いわけではない。必ず自分の中で息づき何かしらの糧になっているのだとウェルシェは信じているし、今の自分を形成していると確信している。


「殿下に至っては身分に囚われず等身大の自分を見てくれる……ですってね」


 クライン達の問題は若者特有の誰もが通る道である。しかし、オーウェンの問題はもっと深刻だ。


 周囲が王子としてしか自分を見ていないと嘆き、真なる友と恋人を求めた結果が安っぽい理解を示した狂女(アイリス)である。


「王族の、次期国王としての立場について何度もお諌めしたのですが……」

「上に立つ者としての自覚に欠けるのね」


 為政者は孤独である。


 それを悟るのが上に立つ者の第一歩である。国王になり真の孤独と対面したら彼はどうするつもりなのか。


「そんなに友達ごっこ、恋人ごっこがしたいなら王位継承権を捨てればいいのよ」


 もっとも、そうなるとエーリックが繰り上がりで王位継承権第一位になってしまうのでウェルシェが困ってしまうのだが……


「悩みの程度も知れているけど傷の舐め合いで満足している彼らに期待はできないわね」


 だが、ウェルシェとしては何とかオーウェンを立太子させねばならない。


(やっぱり早急にイーリヤ様と親交を深めてオーウェン殿下にテコ入れしないと……)


 そうなってくるとアイリスの存在が邪魔である。あの話の通じぬ異質な少女の扱いにウェルシェは頭を抱えたくなった。


(期待ができない……それはつまりウェルシェ嬢はオーウェン殿下に治世を任せられないと!?)


 そんな悩みを抱いているとはつゆ知らず、ウェルシェを木陰から見守っていたレーキは僅かに目を見開いた。


(きっとエーリック殿下を即位させて自分が王妃になる決意表明に違いない)


 彼はウェルシェとはまったく逆の事を考え一人納得した。


「浅学非才の身ですが粉骨砕身あなた様にお仕えいたします」

「えっ? あ、うん、よろしくね」


(私の派閥に助力するって意味かしら?)


 盛大に勘違いしているレーキと良く分からず曖昧に返事を返したウェルシェとの間には決定的な齟齬(そご)があり、このズレがウェルシェにとっての不幸に繋がる。


 しかし、それは未来の別のお話……


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下のリンクは前作短編になります

「そのザマァ、本当に必要ですか?」

時系列的には短編は本作の未来のお話です
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[一言] 思ったよりもややこしい方向に行きそう(;゜Д゜)
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