第4話 その恋愛観、本当に大丈夫ですか?
「私ってそんなに信用ならない女に見えるのかしら?」
エーリックが帰った後、四阿に戻ったウェルシェが愚痴をこぼした。
「いきなりどうしたんです?」
彼女の為にお茶を注いでいたカミラはその愚痴の意味を測りかねた。
「さっきのエーリック様の話よ」
「もしかして、お嬢様が他の男に心移りするってやつですか?」
それよとウェルシェは不満そうに口を尖らせる。
こんな態度は年相応に可愛いなとカミラは思う。
「いくら私が利益重視だからって、結んだ婚約を軽々に破棄するほど不義理な女じゃないわよ?」
「お嬢様、恋愛は義理人情ではありませんよ?」
意外と男女の機微に疎い主人をカミラは意外に思った。
「お嬢様は猫を被っていれば理想の令嬢なのです」
「何よぉ、素の私には魅力が無いって言うの?」
「魅力はございますが、理想ではありませんよね?」
ぷぅっと不貞腐れる主人が可愛くてカミラは内心悶えたが、出来る侍女はおくびにも態度に出さない。
「擬態中のお嬢様を前にすれば男なんてイチコロです」
「なんだかカミラは一言余計なのよね」
ぶつぶつ文句を垂れているウェルシェだが、彼女の外見は控え目に言っても絶世の美少女。ウェルシェが学園へ行けば子息達がちょっかいを掛けるのは間違いないとカミラは思う。
「だから、エーリック様が不安になる男心を分かって上げてください」
「私はずっとエーリック様が良いって言っているのに何を不安になるのよ?」
大人さえ手玉に取る美少女もまだまだ経験不足なようだ。
カミラは色恋沙汰に疎い主人に対して苦笑いを浮かべた。
「学園には多数の殿方が集まります」
「まあ、国中の貴族子弟が通うものね」
「そんな中にはとても素敵な男性がおられるでしょうから、お嬢様が心動かされないか殿下は心配なさっておいでなのですよ」
「だ・か・らぁ、どんな殿方がいてもエーリック様以外はお呼びじゃないわ」
いつも利益と理屈を重視するウェルシェには恋愛の機微がどうにも理解できない。
「恋は自然と落ちるものですから」
「私は敗残者になるつもりはないわよ?」
「はぁ?」
エーリックの気持ちを代弁しようとしたらウェルシェより意味不明な答えが返ってきてカミラの思考がフリーズした。
「だって恋は先に落ちた方が負けなんでしょ?」
「恋愛は勝ち負けではございません!」
いったい誰が自分の主人にとんでもない事を吹き込んだのか?
「だってお母様が仰っていたわ『恋は追ったら負けよ。男に追われる女になりなさい』って……」
(奥様か!!)
ウェルシェは腹黒令嬢なのだが、何故か母親を尊崇しており教えに従順なのだ。
「結婚後も主導権を握る為にも、常に旦那様の目を自分に惹きつけられる魅力を磨けともご教授いただいたわ」
「確かにそう言う努力も必要ではございますが……」
「そうすれば追うのではなく追われる女になれるんですって」
(奥様はお嬢様に何を吹き込んでくれやがっているんですか!?)
「私もお母様の仰る通りだと思うの。ほら、お父様ってお母様に頭が上がらないでしょ?」
「ぐぬぬぬぬ、あれは惚れた弱味と言うやつで……」
「ほらほらぁ、惚れた側のお父様はやっぱりお母様に勝てないじゃない!」
「そうなんですけど、そうじゃないんです!」
「?」
言っている意味が分からないとキョトンと可愛い顔をするウェルシェに、恋愛ゲームの駆け引きと恋愛の機微と夫婦間の愛情のあり方、カミラはそれらの説明が上手くできない。
もどかしさにカミラは両の指をワキワキと戦慄かせた。
ウェルシェは他人の思惑を察し大人達を翻弄するほど聡い。だが、カミラはこの時になって初めてウェルシェが意外にも恋愛音痴という弱点があると知ったのだった。
「とにかくグロラッハの為にもエーリック様と結婚しなきゃいけないし、他の同年代の男の子に興味なんてないわ」
「恋愛は理屈ではないのですが……」
自分の主人の恋愛観にカミラは一抹の不安を覚えた。
(まあ、損得勘定が先に立つ今のお嬢様なら、殿下以外の男性に懸想する心配はないですかね)
出来る侍女でも今は取り敢えず納得するしかなかったのだった……