第10話 その腹黒令嬢、本当に擬態ですか?
「お待たせして申し訳ございません」
昼休みになり、ウェルシェはエーリックの教室を訪ねて来た。
「先生から頼まれていた資料を職員室へ届けに行っていたものですから」
「いや、それ程は待ってないさ」
さあ行こうかと差し出された手にウェルシェは嬉しそうに自分の手を重ねた。
そんな一幕に令嬢達はまぁと微笑ましそうな目を向け、ウェルシェを狙っていた一部の令息達はちっと軽く舌打ちした。
ここ最近から見られるようになった『お約束』みたいなものだ。
仲睦まじく手を繋いで二人は学生食堂へと向かって歩いていく。それをすれ違う生徒達がチラチラと覗き見るような視線を向けた。当然、ウェルシェはそれに気がついている。
「どうやら思惑は成功のようですわね」
「これで僕らの仲を疑う者もいなくなるかな?」
ウェルシェがどれだけ婚約者がいると訴えても言い寄る男が後を絶たず、いったんは諦めた者達まで同調してむしろ不埒者は増殖の一途になっていた。
「エーリック様にご忠告いただいていたのに申し訳ございません。私が甘かったですわ」
ウェルシェが僅かでも1人になると誰かしら男子生徒が声を掛けて来るのだ。中には歓談中にキャロルや他の令嬢達を無視してウェルシェを口説きにかかるとんでもない不届者までいた。
「まさかアプローチをかけてくる殿方がこんなに多いなんて……」
これにはウェルシェも閉口である。
計算高い彼女にも予想外な事態だ。
そこで、今までキャロル達と過ごしていたランチタイムをエーリックと共にして男達を牽制する事にしたのである。
「婚約者のいる身だと何度も申し上げておりますのに」
「それだけウェルシェが魅力的なのさ」
「私が思っている以上にグロラッハ家には魅力があるのですね」
「……ウェルシェはもうちょっと自分の魅力を理解した方がいいよ」
ウェルシェのズレた返答にエーリックは不安を覚えた。
「彼らが執着する理由は誰よりもウェルシェが美人だからだよ」
「もう! エーリック様ったらお世辞ばっかり」
顔を赤らめ熱くなった頬を両手で隠すウェルシェ。もはや息を吸うように出るウェルシェの嬉し恥ずかしテレテレポーズに、エーリックのみならず周りの男共も鼻の下が伸びまくりだ。
エーリックを狙い撃ちしているだけなのだが流れ弾が数多の男達にヒットしている。ウェルシェに男が群がる原因の一つなのだが、彼女にはそこがピンときていない。
「お世辞なもんか。ウェルシェが1番だ!」
必死に心情を吐露するエーリックに何故か周囲の生徒達も後ろでうんうん頷いている。
「そんな事……だって私よりイーリヤ様の方がずっと美人ですし」
「彼女は美人だけど、美人なんだけど、違うんだ、そうじゃないんだ!」
違う、違う、そうじゃない。
イーリヤは確かに絶世の美女だが、それとは意味が違うと説明したくとも上手く説明できないもどかしさ。
それに悶えるエーリックの背後でも同じくモブ生徒達が悶える。
「その、ウェルシェは美人だけど、なんて言うか……そう、可愛いんだ!」
「でも、私は愛嬌のあるキャロルみたいに可愛いくはないですわ」
「そうだけどそうじゃないんだ! どうして分かってくれないんだ!!」
だぁぁぁっと滂沱の涙を流すエーリックに追随してモブ達の目からも滝の涙が流れる。
「どうしてと言われましても……この学園には色んなタイプの美男美女で溢れていますし」
ウェルシェとて自分がかなり美人だとの認識はある。だが、理屈重視のウェルシェには男達の萌えが分からないのだ。
そのせいで不幸にもウェルシェと男達の間に認識の齟齬を生じてしまっていた。
「そうだけどそうだけどぉ! でもウェルシェが1番ダントツ誰よりもサイコーに美人で可愛いんだぁ!」
エーリックの魂の叫びにウェルシェは目をパチクリさせて驚いたウェルシェだったが、一瞬してああっと得心がいったように頷いた。
「ありがとうございますエーリック様」
「はい?」
急にウェルシェが両手を頬に当てて恥ずかしそうにクネクネしだし、意味が分からずエーリックは首を傾げた。
「私の事をそんなに想ってくださっているんですのね」
「どう言う事?」
「お母様が恋は盲目と仰っていましたわ。殿方は惚れれば惚れるほど贔屓目になるんだって」
「そうじゃない、そうなんだけどそうじゃないんだぁ!」
「?」
意味が分からないとキョトンとするウェルシェには、妖精の如き美しさの中に愛らしさが内包されている。この表情こそがエーリックのみならず周りで男性陣を萌え上がらせる要因になっているのだ。
腹黒だが恋愛音痴のウェルシェがエーリックを狙い撃ちしているつもりで大半の男子生徒を墜としていると気がつく日はきっと永遠にこない……