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スペースポストマン  作者: daishige
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第八話・マーカーステーション

●8.マーカーステーション

 「あぁ、遂に来ちゃったすか。ドクター、このしょぼいチンコなんとかなりませんか」

白井は明るい表情を装うとしていたが、目は絶望を訴えていた。空調の機械音だけが、やけに際立ち、医務室内には重苦しい空気が漂っていた。

「白井君、私もいろいろと研究を重ねているのだが、進行を止めることは、今のところできない。しかしだ、望みを捨てないで欲しい。君を必ず女が抱ける体にしてやるから」

「そうっすか…あの、例の薬を飲むと女体化するってのは、どうなりました」

「あれは変異株の副反応だから、君には関係ない。薬を飲んだとしても、このまま中性化するだけだ」

「ちょっと女になって女とセックスするのも、興味あったんで…」

「残念だが無理だ。後遺症を治せたら、男に戻って女とセックスするだけだな」

「まぁ、自分にはそっちの方が性にあってるっすけど、しばらくお預けか」

白井はいつになく、語気が弱まっていた。


 「そうですか。白井の奴、愕然としていたでしょう」

桜内はコントロール室で船外の監視カメラ映像を目視しながら、田山の報告をヘッドセットで聞いていた。

「きわめてデリケートな問題なので、船長にはヘッドセットを付けていただいたのですが、お手数をかけまし

た」

「いゃ、たまにはヘッドセットを装着して船長席に座るのも、それっぽくて良いものですよ」

「現在、乗客のオリジナル株で後遺症が見られないのは、独身の男女一人ずつです」

「独身だとセックスに未練が残るだろうな」

「人にもよりますけど。船長は…」

田山は言いかけて口ごもった。

「あぁ、私か。離婚したから、まぁ、一応独身かな」

「余計なことを言ってすみません」

「すると、そのうち、私や戸川も中性化するかもしれないな」

桜内は全然気にしていなかった。

「…全員なるとは限りませんし、何とも言えません」

「私も覚悟しておこう。しかし実際になったら冷静でいられないかもな。その時は心身共にドクターが頼りだ」


 船内に警報が鳴り、『しなの』は数光秒程バックしてからワープ航行を停止した。

「マイカ、どうしたのだ」

桜内は船長席の肘置きを強く握り締めていた。

「第3航路マーカー・ステーション通過の際に緊急メンテナンス信号を受信しました」

「何らかの故障でもあったか」

「航路修正マーカーの発信コンポーネントに不具合があります」

「仕方ないな。国際航行規則に則って修理してやるか」

桜内が言うとコントロール室のメインモニター上には、二つのモジュールで構成された無人のマーカーステーションが映っていた。


 『しなの』のサテライト・ハッチが伸びて行き、ステーションのメンテナンス用与圧モジュールと接続した。桜内と戸川は宇宙郵船の船内作業服のままサテライト内の通路を浮遊し、ステーションのハッチの前までくる。しっかりと閉じているハッチの開閉レバーを回そうとすると、レバーが内側から操作され、ハッチが開いた。中には、黒っぽい船内作業服を着た男が3人見えた。

「先客がいるとは、我々は、来るのが遅かったですか」

桜内が言っているとリーダー格の男が加速銃の銃口を桜内に向けた。桜内と戸川は訳が分からぬまま、手を挙げて与圧モジュール内に入って行った。


 「あんたたちが来るのを待ってましたよ。予定よりもちょっと遅かったようですが」

リーダー格の男は不敵な笑みを浮かべていた。手下二人は不愛想な顔をしていた。

「それじゃ、あの緊急信号は嘘なのか」

桜内は相手の動きを慎重に見ながら言っていた。

「我々の言う通りにしてくれれば、メンテナンスをするよりも早く、ここを発つことができるだろう」

「早くと言っても停止した以上、丸一日はワープ航行は再開できないがな。それよりもなんだ」

桜内が皮肉っぽく言うとリーダー格の男はせせら笑っていた。

「ある郵便物を地球に届ける前にここで拝借したいだけだ」

「拝借だと。スペースポストマンとして、そんなことできるわけないだろう。郵便物は着実に届け秘密を守るのが任務だ」

「堅いこと言うな。あの女がどうなっても良いのか…」

リーダー格の男は、手下にいやらしい手つきで戸川の体を触らせ始めた。手下は戸川の胸を触った後、股間に手を回していた。

「あっ、こいつ…女気取りの小僧か」

手下が思わず声を上げていた。

「どうした」

リーダー格の男は少し緊張した表情になった。

「こいつ、ちっこいけどチンコありますよ」

「何、男か。まぁ、良いだろう。とにかく、あの小僧を殺すことになるからな」

リーダー格の男が言うと、手下は手荒に戸川の首筋に銃口を突きつけていた。戸川は申し訳なさそうな目を桜内に向けていた。桜内は後遺症のことを気が付かないで、すまないと言った感情が渦巻いていた。

「それじゃ、そちらの船の郵便物保管庫に案内してもらおうか。妙な真似をしたら、ここに残る小僧の命はないぞ」

リーダー格の男は桜内に銃を突き付けながら、もう一人の手下と共にハッチに向かった。


 郵便物保管庫の集配ロボットに、操作ブースからコマンドを送っているリーダー格の男。手慣れた手つきでキーボードを叩いていた。

「あんた、ここの扱いに詳しいようだな」

手下に銃を突き付けられて様子を見ている桜内。

「あんたと同業の航天郵船にいたからな。宇宙郵船に吸収合併される前のな…、あぁ、操作方法はほぼ同じだ」

「宇宙郵船に恨みでもあるのか」

「いや、別に。ただ頼まれただけだ」

「オリエンタール惑星執政長官から、国際自由国民党や各民族保守系政党が与党となっている各政府あての郵便物を集めさせているようだな」

「ん、お前、良く見ているな」

リーダー格の男は手元をちらりと見ていた。

「で、どうするつもりだ」

「ここで拝借して依頼主に渡す。それで俺はカネになる」

「あんたの依頼主は世界革新社会党が与党の国だな」

「俺にとっちゃ世界各国の政党政治を構成している三大勢力の世界革新社会党、国際自由国民党、各民族保守系政党のどれも興味もないし支持もしない。どこでもカネをくれれば、仕事はきっちりとするまでだ」

「ご立派なことだな。それで日本は革新が2割、自由国民が5割、民族保守が3割だから反革新勢力と見なしているのか」

「そうらしいな。俺にはどうでも良いことだ。さてと、ロボットが全部集めてくれた」

リーダー格の男は、ロボットが郵便物を詰め込んだコンテナーの蓋を閉め、電重力板を作動させると浮き上がった。

「こんなことをして、ただで済まされると思うなよ」

「わめくな」

リーダー格の男は自分の銃を桜内に向けていた。

「おい、人質はいつ返してくれる」

桜内はイラついていた。

「慌てるな。郵便物の他にもう一つ、頼まれているものがある。乗客IDナンバー306の松井良太とその家族を連れて行くから、彼らと引き換えにお前の所の女気取り小僧を返してやる」

「松井だと、あいつらとつながっていたのか」

「松井が何かしたのか」

「『しなの』の連絡船を乗っ取って、ワープ航行中に弾き飛ばされたよ」

「お前らが殺したのか」

「勝手に弾き飛ばされただけだ」

「本当か…。とにかく松井のいた部屋を案内しろ」

リーダー格の男には余計な手間が増えたという表情がちらりと見えた。


 桜内が銃を持った二人組に銃口を突きつけられて松井の個室の前まで来た。斜め向かいのドアが少し開いたかと思うと、すぐにぴしゃり閉められた。自分の個室に向かって歩いている乗客も桜内の姿を見ると、反対方向に引き返して行った。

 松井の個室に入ると、飲みかけのコーヒーカップやら、スナック菓子の袋が開いたままに放置されていた。リーダー格の男は机の引き出しを乱雑に開け、何かを探していた。

「ご覧の通り、誰もいないが、何を探しているんだ」

「うるさい。あんたには関係ない」

「大切なものだったら、連絡船に乗る際に持って行っただろう」

「…そのようだな。ちっ、もらうカネが減るじゃねぇか。何かカネ目の物を拝借して埋め合わせをするか」

リーダー格の男は、クローゼットの引き出しを開けネックレスなどを物色していた。

 「よし、これで良い。引き上げるぞ」

リーダー格の男と手下は、指輪や腕時計3つ4つを身に着けて満足そうにしていた。


 松井の部屋を出て通路を歩く桜内。リーダー格の男に小突かれた転びかけた。

「おい、しっかりと歩け」

「人質はいつ解放してくれるんだ」

桜内は静かに言っていた。

「おっと、忘れてたな。俺らがここを離れたら、戻してやる」

「それじゃ、早いとか厄介払いしたいから、急ぐか」

「無駄口は叩くな。黙って歩け」

リーダー格の男が桜内に睨みを利かせながら言う。突然近くの扉が勢いよく開き、リーダー格の男は吹き飛ばされるように倒れ、銃が床に転がった。手下は何事かと焦って発砲するが、ドアを撃ち抜いただけであった。ドアが開いた部屋から人が飛び出して来て、ゴルフクラブで男たちを叩き続けた。

「糞っ、あ」

リーダー格の男。

「畜生…」

手下。

「この盗人野郎、船長を自由にしろ」

飛び出した男はゴラフクラブを振りかぶりながら叫んでいた。

 桜内も加勢して、必死にもみ合っているうちにリーダー格の男と手下は動かなくなった。

「船長、ちょっとやり過ぎましたか」

飛び出した男は乗客の一人であった。

「とにかく助かったが、戸川が人質に取られているんだ。感づかれないうちにマーカーステーションに戻らないと」

桜内は早口にまくし立てていた。

「船長、ステーションには、男が順調に松井一家を連れ出している、偽の映像を転送し続けています。焦る必要はありません」

桜内の襟章のスピーカーからマイカの声がした。

「マイカ、機転が利くな」

「私なりの救出作戦は練っていたのですが、乗客IDナンバー922の岩村様の作戦に途中から乗り換えました」

マイカは本人がいる時は『様』付けをしていた。

「良くやってくれた。後は戸川の救出だ」

桜内が走り出すと岩村もついて来てくれた。


 マーカーステーションのハッチが開くと、リーダー格の男から奪った銃を構えて、桜内が入ってきた。戸川を見張っていた手下は、桜内が銃を持っていることに驚き、一瞬ひるんだ。無重力のステーション内に飛び込んでくる桜内と岩村。二人が体当たりしてきたので、吹き飛んでいた。戸川はその隙にハッチの外へとジャンプして行った。

 「こいつを捕まえて、依頼主を吐かせるか」

桜内が言っていると、手下はステーションの操作盤につながる装置を作動させてニヤニヤしていた。

「あぁ船長、操作盤の端のLEDが点滅してますけど…」

岩村はそれが何かわからなかった。

「あの野郎、自爆装置をオンにしている」

桜内はステーションの壁を蹴ってハッチに浮遊して行く。

「岩村さんも、急いで」

「あ、はい」

岩村も慌てて壁を蹴っていた。

「丸一日経たないと、動けないのだろう」

手下は高笑いしていた。


 サテライト・ハッチがマーカーステーションから離れて行く。同時にサテライト・ハッチは折りたたまれて行き『しなの』本体に素早く収納された。

 「マイカ、一回だけなら短距離ワープできるよな」

船内通路に滑り込んだ桜内は襟章に呼びかけていた。

「はい。停止360分後なら37465キロを一回だけワープできます」

「早くやってくれ」

「現在、停止から358分44秒経過しています」

「残り1分ちょっとか。いつ爆発するわからない。後は祈るだけか」

桜内はイラついていた。岩村は心配そうな顔をありありと浮かべていた。


 恐ろしく長く感じられる時間が経つ。桜内たちは次にどんな衝撃が来るか待ち構えていた。

「船長、現在ステーションから37465キロ移動した宙域にいます」

マイカの声にあ然とする桜内たち。

「本当か。何の機械音もしなかったが」

「船長、それはいつもの通りです」

「助かったか」

桜内が言っていると、手近にあった通路のモニターにマイカが映像を転送させる。モニター上には、遥か彼方で小さな火の玉が吹き飛び、爆発の明るさが暗くなるのが映っていた。


 「ドクター、さっきの血まみれの奴らはどうなった」

桜内たちは医務室に駆け込んだ。田山は首を横に振っていた。

「ずいぶんとド派手な正当防衛のようでして…」

田山は主に岩村の方を見ていた。岩村は少しすまなそうな顔をしていた。

「仕方ないでしょう。私も加勢したし、相手はテロリストですから」

桜内は岩村の肩を軽く叩いていた。

 少し遅れて白井と戸川も医務室に来ていた。

「船長、ご無事で良かった。自分も手伝おうとしたんすが、マイカに考えがあったようでして」

白井は桜内の姿を見る声をかけてきた。桜内は気にするなという表情をしていた。

「それにしても岩村さんの勇気には救われましたよ」

桜内は感心していた。

「えぇまあ。医薬品会社の社員ですけど、我らの船長の一大事とあれば、黙ってられませんから」

「これでもう一件落着ってところですか」

桜内は表情を緩めていた。

「あのテロリストたちの依頼主の魂胆は大方、ノバ感染症の感染爆発を伝えないことで混乱を招き、世界革新社会党の支持者や支持国を増やそうってことではないですか」

岩村はぼそりと付け加えていた。桜内は岩村の見識の鋭さに驚いていた。


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