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スペースポストマン  作者: daishige
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第七話・症例データ

●7.症例データ

 「ドクター、薬の副反応の研究は進んでいますか」

船内見回りの途中、医務室に立ち寄っていた桜内。

「ただでさえ崩れているのですが、より一層ホルモンのバランスが崩れ、男女どちらかのホルモンが極端に偏って分泌される結果だと言えます」

「更年期のようなものですか」

「劇的にホルモンの分泌量が偏るので、更年期といった生易しいものではありません」

「それでは精神的にどうなるのですか」

「個人差がありますが、特に女性の方が衝動的で不安定になるようです」

「突拍子もない行動をとるのですか」

「女性の時に腕力が乏しかったのに、急激に腕力が付くと、今まで抑圧された感情が暴力として発散しやすくなるようです」

「危険なこともありますか」

「これはオリジナル株で後遺症が見られ始めた女性の映像ですが、壁を見てください。拳で叩いて凹ませています」

田山は隔離病室で試験的に変異株の薬を与えた映像を見せていた。女性のガウンを着ているが、遠見には男性に見える程の姿であった。

「ドクター、この女性の投薬を本人の許可を得ているのですか」

「はい。むしろ強くなれることを望んでいる面もありました。しかし体への影響を考慮して、1日で投薬は止めました。ですから、今は陰口とペニトリスといった体型になっています」

「大人しくなっているわけですか」

「そうですね。本能的な荒々しい行動が抑えられ、性的にニュートラルな中性になっています」

「ドクター、この調子だと、地球に着く頃には学術論文に仕上げられそうじゃないですか」

「船長、煽てないでくださいよ。まだまた未知の部分があるので、そう簡単には行かないでしょう」

田山は症例データの入ったUSBメモリーを大事そうにしていた。

 桜内がちゃんと閉めなかったため、医務室のドアが少し開いたままなっている。するとその隙間を頭で広げて猫が顔をのぞかせ、ひと鳴きしていた。

「おいおい、茶々丸ダメだぞ。医務室には来るなと言っていたのに」

田山は自室で飼っている猫を抱き上げると、医務室の外に出て行った。

「船長、すみません。ちょっと茶々丸を部屋まで持って行くので、留守番を頼みます」

振り向きざまに田山が言い、そのまま、猫を抱いて通路を歩いて行った。


 桜内は郵便物保管庫に入りグオリンの鉱山労働者の紙の手紙を整理して積み直していた。動画レターのデータは、戸川がサーバーブースのキーボードで最適化させていた。

 「戸川、今日の通常業務は終わったか」

桜内はサーバーブースの強化プラスチックの扉をノックしていた。

「ちょうど、今、終わったところです」

戸川がブースから出てきた。桜内は戸川の体つきが筋肉質になっているように見えていた。

「そのぉ、戸川。ジムで体を鍛えているのか」

「いいえ。そう見えます」

「なんか、たくましくなったように見えたから」

「船長、もしかして、後遺症のこと心配してくれてますか」

「ん、まぁ、船長としてクルーの健康には留意する必要があるから」

「大丈夫です。あれも順調に来てますから」

「ええっ、あれって。別にセクハラのつもりはないからな」

「船長、ビビらなくても訴えたりしませんよ。そんな了見の狭い人間と思ってました」

戸川は、何とも感じてないようにあっさりとしていた。桜内にはそれが妙に男性的にも感じられていた。


 クルーたちは再発患者が出たため、ブリーフィング室に集まっていた。

「ドクター、今回の再発者の行動に何らかの共通点はありましたか」

「船長、あまり迷信みたいなことは言いたくないのですが、いずれの再発者もだいたい2日前に『13人の最恐呪怨』を見ています」

「変異株の呪いってあるのかしら」

「まさか、そんなことってあるんすか」

「でも、それは3人だけじゃないですか。もっと他に…、といっても変異株に感染したのドクターたちも含めて6人か」

桜内は口ごもっていた。

「船長、あの映画はいわく因縁が噂されているものなんですよ。バカにはできない気がします」

戸川は呪いに肯定的であった。

「んー、自分も見ましたが、何にも起きないっすけど」

「それは白井君がオリジナル株だからよ」

「いずれにしても、残りの3人がどうなるかで、考えが変わると思う。それに今の世の中、呪いなど信じられないからな」

桜内はキッパリと言い放っていた。


 桜内はこの日のブリーフィングを終えるとレストランに行き、シェフが森林区画で採取した栗を使ったモンブランの試食をしていた。

「船長、この栗、宇宙船内産とは思えない出来でしょう」

服部は桜内の向かい側に座っていた。

「うん。それにも増してシェフの腕前で、絶品モンブランになっているよ」

桜内は栗を頬張っていた。その姿を自慢げに見ている服部。

「船長、ブリーフィングの疲れをモンブランで癒してください」

「あぁ、そう言えばシェフは映画好きだったよな。『13人の最恐呪怨』はどんな印象だった」

「あれですか、私は主演の女優がどうも気に入らなくて、冷めた目で見ていましたから、全然怖くなかったです。そうでなくても冷静に見てもストーリーが唐突過ぎて、現実感に乏しいと言うか、演出が悪い。ネットなどの批評はあてにならないと思います」

「シェフの評価はがた落ちだな」

「ただ、CGに走らない特殊メイクの技は評価に値します。私は何度も見て、メイクの技を他の作品と見比べています」

「ん、だとすると最近はいつ見ました」

「一昨日見ました」

「シェフは確か、変異株でしたよね」

「はい」

「わかった。もしかすると…、恐怖を感じなければ再発しないのかもしれない。ドクターに言ってみよう」

桜内は、パフェを食べきると立ち上がり医務室に向かった。


 数日後、田山はコントロール室を訪ねてきた。

「船長の提言をもとに調べてみた所、やはり恐怖を感じることで触発され、休眠中だったウィルスが活性化することがわかりました」

「それじゃ、ドクターの薬では…」

「そうです。治ったのではなく、陰性と言ってもウィルスが仮死というか休眠状態で見せかけの治癒ということになります」

「ノバ感染症って奴は、奇妙なものだな」

「はい。恐怖がきっかけで再発することがあるようです」

「ドクター、それじゃ完全にウィルスを死滅させて治す薬の開発に力を注いでもらいたい」

桜内は迷信が吹っ切れたので、スッキリと表情をしていた。

「はい。症例のデータがいろいろと蓄積できたので、なんとかできそうです」

田山は目を輝かせ意気揚々としていた。


 桜内はコントロール室で船外監視カメラの映像を見ていた。星が線上に流れるワープ航行独特の景色を背景にした船外の様子に何一つ異常は見られなかった。自販機コーナーで紅茶でも買おうかと立ち上がりかけた時、医務室から呼び出し音があった。

 「船長、私としたことが…、USBメモリーを紛失してしまいました」

「ドクター、例の後遺症のデータが入っているメモリーか」

「はい。どこを探してもないのです。誰か医務室に忍び込んだ形跡はないか」

「薬を盗られて以来、監視カメラとセンサーはより厳重にしていますから、何かあれば警報が鳴りマイカが知らせてくれます」

「マイカは出入りに不審者はいなかったと言っています」

「そうか。あのデータは貴重だぞ。ドクターがノーベル賞をもらうためにも必要だからな」

「ノーベル賞ですか…、確かにその気はあります」

「いずれにしても地球に着くまで船外に持ち出すことはできないから、じっくりとあぶり出すしかないだろう」


 桜内、田山、白井、戸川はブリーフィング室で渋い顔をして、犯人候補者リストを手元のタブレットPCで見ていた。

「船長、結局乗客全員ということですか」

「マイカに根拠を一つ一つ聞いてみたが、納得のいくものだったよ」

「こうなると私も含めてクルーも疑うべきでしょうか」

戸川は冷たい目で一同を見ていた。

「船長だからと言って私も例外にはならないかもな」

「船長、そこまで言うなら、ロボットだって疑うし…マイカだって乗っ取られているかもしれないっすよ」

「あぁ、船長、私が狂言で紛失したと言っているるかも知れませんが」

「ドクター、あなたはそんなことをして何の意味があるのですか」

「互いに疑心暗鬼になっては、何も進められなくなるな」

桜内はきつく腕組をしていた。

「ドクター、USBメモリーのデータを開くにはどんなソフトが必要なんだ。パワポあたりですか」

「いいえ、論文ソフトのルンウェン8です」

「マイカ、ルンウェン8をインストールしている機器は乗客手荷物にあったか」

「船長、そこまではわかりません。しかし図書室のコンピューターでルンウェン8が起動されいる形跡があります」

「それはいつだ」

「一週間前です」

「そうかドクターが紛失する前か」

船長はお手上げという顔をしていた。

「会議中すみませんが、田山ドクター、飼い猫の茶々丸が医務室のドアの前で寝ています。猫アレルギーの乗客から排除してくれとクレームがありました」

マイカは医務室前の映像をブリーフィング室のモニター画面に転送させていた。

「あぁ茶々丸、しようがないな」

田山は席を立とうとしていた。

「ドクター、茶々丸がくわえている細長いものはUSBメモリーではないですか」

桜内は画面に釘付けになっていた。マイカが手際よく、映像を拡大させてくれた。

「船長、メモリーです。あいつが犯人だったか、全く」

田山は珍しく飼い猫にムッとしていた。

「なんだ、茶々丸の持ち出しっすか。あいつ、とっちめないと」

「白井君、猫がしたことじゃ、仕方ないわよ」

戸川が言うとフリーフィング室の空気が一気に和らいだ。


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