第六話・後遺症
●6.後遺症
3週間後、感染者には一人の死者もなく全員治癒し、船内通路の設定温度マイナス2度は解除された。桜内は何となく、船内のサウナに行き、久々に思いっきり汗をかいていた。
この日、森林区画の山の斜面内にあるサウナには、桜内以外誰もおらず、貸し切りのようだった。ゆっくりとくつろいだ桜内は着替えようと更衣室にいた。女子更衣室との壁は薄く、不届きものがいたら、簡単にぶち破れるようだった。
「キャー、女装した男がいるわぁ」
突然、女子更衣室から悲鳴に似た叫び声がした。
「マイカ、女子更衣室に男がいるらしい。調べてくれ」
桜内は脱いでいる服の襟章に向かって言っていた。
「…女子更衣室に女性1名、性別不明1名です」
「その性別不明が痴漢か変質者だろう。セキュリティー・ロボを向かわせてくれ」
「女子更衣室で悲鳴が上がった時点で、ロボを出動させています。まもなく到着します」
桜内は着替えてからサウナ受付コーナーで、女子更衣室から、ロボットに捕縛された痴漢が出てくるのを待っていた。
「あたしは、女性よ。何してんのよ」
女性用のサウナウエアの薄手のTシャツ短パンを身に着けた人物が出てきた。胸の辺りが平らで、シャツがだぶつき、股間の辺りに若干の膨らみがある人物が、ロボットに引きづられて出てきた。桜内はその人物の顔を見て、ハッとした。乗客IDナンバー702の清水景子であった。
「ロボットB23、この人は女性だ。手を離してやれ」
桜内はロボットに命じたが、ロボットを判断に困り、一瞬フリーズしていた。しかし船長命令を優先し、手を離していた。
「船長、ありがとうごさいます」
清水は地獄に仏という顔をしていた。
「…しかし、サウナの防犯カメラによりますと、あなたは遺伝子的と言いますか、そのぉ、体の形態が変化しているようです。医務室でドクターに診てもらってください」
桜内は占いサイトのこと言えないので、言い方に苦労していた。
「ええっ、そ、それは船内規則なのですか」
「はい。あなたの健康に関わることなので、お願いします。それに診断内容のプライバシーは厳重な守られますから」
「…わかりました」
清水は平らになってしまった胸を無意識に触っていた。
医務室の田山は首を傾げながら、保管庫の薬瓶を何回も数え直していた。ため息をついて腕組をした。
「船長、休日中、すみません。今お話ししても良いですか」
田山は白衣の中にある上着の襟章のマイクで呼びかけていた。
「あぁ、ちょうど良かった。乗客IDナンバー702の清水景子さんが、感染症の後遺症の件でそちらに向かっているんだ」
「女性の後遺症例が見られましたか」
田山は喜々とした声を上げていた。
「そうだが、それでどうしたんだ」
「感染症の薬がひと瓶なくなっているのです」
「薬のことを知っているのは、我々クルーだけだよな」
「それが、男性の後遺症患者1号の鈴木さんには、男性の自信が取り戻せる可能性や勇気づけるために薬のこと言ったことがありまして…」
「一見真面目そうに見えても、性器が異常に変化すると精神的に不安定になるから、だふん彼だな」
「それとなく、彼の個室を訪ねてみるか」
「船長、それは良いのですが、あの薬は今のところ変異株に利くように設計されています。オリジナル株の患者にはどのような効果や副反応があるかは、まだわかっていません。それは彼にも言ってるのですがね」
「それじゃ、今から彼の個室に行ってみる」
「船長、私も一緒に行きます。現場で合流しましょう」
桜内と田山は鈴木の個室のソファに座っていた。鈴木はかなり女性的な体つきであった。
「すみませんでした。藁をもつかもうという気持ちになり、あの薬を先日の診察の合間に持ち出しました」
「鈴木さん、それは困りますな。それで服用はしたのですか」
桜内はとがめるつもりはなく、静かに言っていた。
「はい」
鈴木の言葉に桜内と田山は、不安げな顔になっていた。
「体調に変化はありましたか」
思わず田山が聞いてきた。
「それが、こんな感じで…」
鈴木はシャツの胸元を開け、膨らんだ乳房を見せ、さらにズボンをブリーフごと下していた。桜内と田山は顔を見合わせて、あ然としていた。
「鈴木さん、あなたは、そのぉ、ほぼ完全な女性に変化しています。生理とかありましたか」
田山はズボンを戻した鈴木の股間を見つめていた。
「いいえ。まだ」
鈴木はわずかに残るまばらなヒゲ面で桜内たちを見ていた。
「ドクター、オリジナル株の後遺症では中性化して第三次性徴が見られ、変異株の治療薬を飲むと男性の場合、女性化するわけですか」
「ということになりますか。これは凄い発見ですよ、船長」
田山はドクターとしての満足感を充分に得たという顔がありありと見えた。
「先生、それで私はどうなるのですか」
「女性化は副反応なので、体に負担をかけるかもしれません。もう薬の服用は避けてください。それと一日おきに医務室に来てください」
田山は大事な実験動物を見るような目で鈴木を見ていた。
「医務室に乗客IDナンバー702の清水景子さんが来ています。至急お戻りください」
マイカの声が田山の襟章のスピーカーから聞こえてきた。田山は待ってましたとばかり、立ち上がりその場を去って行った。
地球・オリエンタール間の中間点にあるグオリン・ステーション。青い太陽を持つ恒星系の外縁部にある氷原に覆われた様々な鉱山がある小惑星の軌道上にあった。ワープ航行から通常ロケット推進切り替えた『しなの』
は、サテライト・ベイにゆっくりとドッキングしていた。
「船長、今回の帰路の航宙も順調なようで、何よりです」
ステーションの統括長官の呑気な姿が、コントロール室のモニター画面に映っていた。
「いや、ノバ感染症の影響で、いろいろと大変でした。それに連絡船を失いました」
「ノバ感染症?、それはなんですか」
「まだ何も知らされていませんか」
「はい。オリエンタールからの船は、この一ヶ月半の間なかったもので」
「オリエンタールで流行っている感染症なんですが、何かと厄介なものでして。我々クルーも乗客も感染して治癒したところです」
「もしかして、オリエンタールの限られた地域で見られた新種の風邪のことですか」
「風邪なんてものじゃないし、オリエンタール全域で急激に流行り出した状況です」
「そうですか。でも完治しているなら、立ち寄りを許可しますよ」
それでも統括長官はまだ他人事のような顔をしていた。
『しなの』は郵便物や宅配小包などの集配も兼ねて、ほぼ一日停泊することになっていた。桜内は馴染みのキャバクラ『スパイス・ハニー』に立ち寄っていた。小惑星グオリンの鉱山労働者が押し寄せるステーションではキャバクラなどの水商売が大きな収入源になっていた。
「あら、船長、ずいぶんとお疲れのようね。ゆっくりと寛いでください」
和美は、胸元が大きく開いたドレスで桜内の隣に座った。
「なんか、今日は暑いわね。船長、それじゃオリエンタールの冒険談でも話して」
和美はわざとしらく、胸元から垣間見れる乳房を揺らしていた。
「あぁ、君か。子供たちが憧れる船長の仕事も、実際は大変なものなんだぜ」
桜内は和美のセクシーなドレスを何気なく眺めながら、水割りを飲んでいた。
「寄港地ごとに馴染みの女の人がいて、楽しんでいるんじゃないですか」
「ええっ、そんなことはないよ。和美が一番だと思うが、そのぉ、なんだ。今日はなんかケバくないか。香水の臭いもきついし」
「あら、つれないわね」
和美は豊満な胸を桜内の体に押し付けて、軽くキスしてきた。和美は桜内の手を取り、自らの股間の方に引き寄せていた。
「今日は、お酒よりも、こちらの方がお好きかしら」
和美は桜内の首筋に手を絡ませてきた。桜内はいつもと違う違和感があり、和美の顔を思わず凝視してしまった。
「船長、どうしたの」
「なんか、君に魅力を感じないと言うか、その気になれないのだ」
桜内はノバ感染症の後遺症のことが頭に浮かんでいた。桜内はさり気なく、自分の股間を触ってみるが、今のところ、いつもの大きさでその場にあった。
「あたし、少し太ったかしら」
「どうだろう」
桜内は成り行きで和美の乳房をわしづかみにして揉んでいた。
「船長、感じちゃうわ」
和美はセクシーな吐息を漏らす。
「なら、そんなに太ってないよ」
「船長、久々に野球拳でもしません」
「あぁ、でもなんか変だ。今日はその気になれないんだ」
桜内は、このまま後遺症が発生してしまうなら、セックスができなくなるという焦りが生じてきた。だとしたら、今ここでセックスをしなければ心残りになるだろうか。いや、無症状だったのだから、後遺症はないだろう。それに白井は未だにペニクリス状態になったとは言っていない。全員がなるとは限らない。焦って無理する必要はないだろう。桜内は心の内で葛藤していた。
「船長、今日はどうもかなりのお疲れみたいね」
和美は少し残念そうにして、グラスを傾けていた。
翌朝、『しなの』は定刻通りグオリン・ステーションを発ち、ワープ航行に移った。桜内は自分の体に変化は見られないが、セクシーなドレスを着込んだ女性に何も感じなかったことに不安感を抱きつつあった。
桜内は船内レストランで昼食を食べている際、ビキニ姿の女性がジョッキを掲げるポスターを何気なく見ていた。
「船長、萌音香ちゃんの伸びやかなボティーは、なんか、そそるっすよね」
白井がトレーを持って桜内の隣に座ってきた。
「あぁ、確かに優美な曲線だと思う」
「船長、なんか控えめな表現っすね。もっとその股間がうずくような、女性にはわからない、あれはないっすか」
「…あぁ、例の後遺症があると、そういうのを感じなくなるのかなぁと思ってな」
「そんな、怖いこと言わないでくださいよ。人生の楽しみが減るじゃないっすか」
「まぁ、ドクターがいろいろと薬を開発しているようだから、不安がることはないかな。エロい同士よ」
桜内は白井の肩をドンと叩いていた。桜内が明るい表情になると白井も晴々した顔になっていた。