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スペースポストマン  作者: daishige
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第五話・寒冷船内

●5.寒冷船内

 「あなた方もいつでも連絡船にはいられないだろう」

桜内はコントロール室で船長席に座り、モニター上の松井を見ながら言っていた。

「確かにこのままでは、地球にたどり着く前に餓死するだろう。しかし、我々だけの解放区画を作ってもらいたい。さもなければ…」

「自暴自棄になって原発区画を破壊するのか」

桜内が先に言うと、松井は口ごもっていた。

「まぁ、いろいろと考えている。連絡船には隕石避けのレーザー砲が付いているからな」

「このウィルスは寒さに弱い。船内通路をマイナス2℃設定すると感染しないのだ」

桜内は松井の言い分を無視するように説得を続けていた。連絡船のモニター画面にウィルスデータを転送していた。

「マイナス2℃か…本当かな」

「本当だ。今回は残念ながら死者が出てしまったが、これ以上感染者が増えることはないはずだ」

「我々の行動の自由が奪われていることに変わりはないのでは」

「そんなことはない。個室の外に出られる自由がある」

「どんな自由だ」

「Bデッキの湖沼区画をマイナス2度以下にして開放するから散歩もアクティビティーもできる、どうだ」

「…個室と湖沼区画を自由に行き来できるのだな」

「もちろん、発症者は個室もしくは医務室で治療することになる」

「わかった。船に戻る」

「それでは、ドッキング・シーケンスにしてくれ」

「それはできない。連絡船を奪取する際に自動機能をショートさせている」

「何っ、手動でしかできないのか」

「何とかする。私は浮上バスの運転手をしていたから」

「バスと連絡船は大違いだぞ」

「とにかく、手動で第一メインポートにドッキングする」

「慎重にやれよ。ポートの出入り口は思った以上に狭いからな」

桜内の言葉に返事はなく、モニター画面の松井の映像は消えた。


 「船長、奴のテクで上手く行けますっかね」

白井は船外カメラの映像をじっくりと見ていた。

「どうだろう。あぁ、ランディング・ギアは引っ込めていたか」

「船長、下の方は、車輪と電重力板の両方が出ているように見えます」

戸川はそう言いながら、船外カメラの位置を見やすいように切り替えていた。

 モニター画面にはちょうど連絡船の脚部とポートの側壁がぶつかる寸前の映像が映っていた。

「あぁ、バックさせろ。ぶつかる」

桜内が怒鳴るが、次の瞬間に側壁が凹み、連絡船は引っかかってポート内に入れなくなった。


 コントロール室のモニター画面に渋い顔の松井が映っていた。

「手動のチュートリアルに不備があったな」

松井は自分の操縦の未熟さは感じていないようだった。

「地上の着陸とポートのドッキングは別物だぞ。まぁ、ここで言っても仕方あるまい。こうなったらBデッキ側の第二ポートのサテライトハッチにドッキングしろ」

「サテライトハッチか。あれならポート内に入らず連絡船のハッチと接続できるな。なんだ、初めからそっちにしてくれれば良かったのに」

松井は船長が悪いと言わんばかりの表情をしていた。

「バカ言え、Bデッキに回ると言うことは『しなの』の船体とワープフィールドの僅かな隙間空間を移動するのだぞ。一歩間違えば、ワープフィールドの外側に吹き飛ばされてしまう」

「そうは言っても、ポートの側壁と脚部の距離はよりは広いだろう」

「…やはりエンジニア・ロボットをそちらに送って、自動回路を修理した方が良いかな」

桜内は誰に言うでもなく、言っていた。

「船長、修理なんかしていたら、いつ直るかわからない。今移動した方が早い。大丈夫だ。慎重にやる」

「そんなに、めちゃめちゃに壊したのか」

「後で見ればわかるだろう」

松井は軽くニヤリとしていた。

  

 少し太めのラグビーボールのような『しなの』の船体、それを包み込む大きめの球体状のワープフィールド。連絡船はワープフィールド内で船体に沿うようにして、ゆっくりと移動していた。

 連絡船内は電重力板が敷かれているので、重力があり上下の感覚があるが、船外は無重力で上も下もない。手動操縦には、ある程度慣れが必要だった。上と思っている方向は上昇、下と思っている方向は下降という感覚で巨大な船体のそばにいると、ただ接近していることが上昇にも下降にも感じられ、ふとした瞬間反対にスラスターを噴射させてしまいがちであった。


 「よーし、そのまま船体側面を抜ければ、反対のBデッキ側に行ける。ただ逆向きに船体の構造物があるから混乱するなよ」

桜内は松井に絶えず声をかけていた。

「船長、ちょっと黙ってもらえますか。神経を集中させて操縦したいので」

松井は不服そうにしていた。コントロール室の白井と戸川も固唾をのんで見守っていた。


 船外カメラの映像が転送されているモニター画面上の連絡船は、若干『しなの』の船体に近づき過ぎているようだった。

「少し…接近して…」

桜内は言いかけたが飲み込んでいた。

「船長、わかってますよ」

松井の声は少し強張っていた。モニター画面上の連絡船は、一瞬さらに『しなの』船体壁面に近づいたが、そのすぐ後に急激に離れて行った。連絡船はグングン離れ、ワープフィールドの境界面に向かって行った。

 「おい、戻ってこい。少々『しなの』の船体にぶつかっても良いぞ」

桜内が思わず大声で呼びかける。

「やっている…操縦が利かない…」

松井の交信映像がノイズだけになった。船外カメラの映像に連絡船の姿はなくなっていた。

「おい、どうした。返事をしろ」

桜内が叫んでも、空電音だけがしていた。白井と戸川はあ然として、モニター画面を見つめていた。 

 しばらく、コントロール室は静まり返っていた。 

「ワープ航行を止めるべきだったか」

桜内がぼそりと言った。

「奴らのためにですか。あれは自業自得っすよ」

「通常ならはワープ航行は停止させなくても、できたことです」

戸川も桜内を弁護していた。

「マイカ、どうだったと思う」

桜内は天井にマイクはないが天井に向かって言った。

「ワープ航行は停止させると再開に1日要します。郵便物を運ぶ使命上、1日の遅れが重大な損出につながる可能性があります。特に今回運んでいる郵便物には、様々な思惑が絡んでいます。ベターな対応と言えます」

マイカの声に少しコントロール室の空気が和らいだ。


 マイナス2℃に設定された船内通路を歩く桜内。船内作業服だけでは寒く、身をすくめている。 

「マイカ、寒冷化した船内で上手く行っているか」

桜内は襟章のマイクに向かって言っていた。

「船長、効果はあると思いますが、既に残り乗客8人はオリジナル株が4人、変異株が4人で全員感染しているので、船長たちが感染しないという意味がありました」

「そうか。後は乗客たちが治るのを待つだけだな」

「このところ、船内規則に逆らって、出歩く乗客もいないし、郵便物に関わる不穏な動きもないから、一連の事件は松井たち仕業だったのかな」

「その可能性もありますが、まだ確証はありません」

「そうだな。あぁ、これで目視船内点検は終りで異常なしだ。レストランでシェフ特製ブレンドのコーヒーでも飲むかな」

「船長、今日はシェフは休養を取っています」

「えっ、どうしたんだ」

「まだ結果は出てませんが、医務室でPCR検査をしています」


 桜内は医務室を訪ねると、服部がベッドに横たわっていた。田山はベッドの傍らに座り、何やら話し込んでいた。

「どうかしたのか」

「船長、服部シェフは船内が寒冷なため風邪を引いたのかと思いましたが、昨日のPCR検査の結果がちょうど出たところなので見ました、まずシェフが変異株に陽性で、私も陽性でした。」

「私はどうなんだ」

「それで船長と戸川は、無症状で既に感染していたという結果になりました」

「ん…。だとすると船内の人間全員が感染していて、治癒後の日数を一番先行しているのが白井ということか」

「はい。あぁ、それと船長と戸川はオリジナル株でした」

「宇宙船内という閉じた空間だから、感染しない方がおかしいのかもしれないな。しかしドクターとシェフが変異株とは致死率が高いから心配だ」

「船長、変異株についてですが、私の研究結果、ある程度効果のある薬ができました。現在自分で試しているのですが、シェフも試したいそうですが、どうしましょうか」

「ドクターが自分で試しているくらいだから、かなりの自信があるのだろう。試したらどうだ」

「私もシェフにも異常が見られたら、すぐに中止します」

田山は正式に船長の許可が出たので嬉しそうにしていた。

「となると、変異株の感染者が全員治癒したら、通路のマイナス2℃設定は解除しても良いな」

「免疫があるとしても、再度感染する例もありますけど。それほど問題はないと思います」

田山は解除しないのがベストだと思っていたが、船長の手前、良しとしていた。


 桜内は真剣な表情で船長席のモニターを見ながらキーボードを叩いていた。コントロール室には他に誰もいなかった。

「船長日誌の書き込みは終了しましたでしょうか」

マイカの声が控えめに聞こえてきた。

「あぁ、終わったよ。なんか用か」

「本来、占いの相談内容の秘密は公表してはいけないのですが、緊急事態と判断し例外として船長に報告いたします」

「なんだマイカ、ずいぶんとあらたまった言い方だな」

「はい。これは部外秘になります」

「わかった。続けてくれ」

「船内占いサイトにアクセスした乗客IDナンバー702の清水景子の相談にセックスレスがあり、その内容には

夫に言えない性器の変貌がありました。具体的には平常時のクリトリスが巨大化し子供小指程度になったとのことです。これはオリジナル株の後遺症と考えられます」

「清水景子は比較的早く治癒して、後遺症が現れたわけか」

「オリジナル株は軽症や無症状が多く見られますから、治癒も早まります」

「男性も女性も似たような性器に変わってゆくのかな」

「ドクターの見解はどうなんだ」

「医務室のドクターにつなげます。マイカが言うと船長席のモニター画面に田山の顔が映った。

「船長、どうしました」

「ノバ感性症の後遺症について見解を聞きたいのだが、良いかな」

「あ、はい。私としては、最終的には陰口にペニトリスといった男性でも女性でもない性器になるのではと仮説を立てています。ただ今のところ、女性の後遺症の例がないもので、なんとも言えませんが」

「…そうか。センシティブな問題でもあるからな」

桜内は言い淀んでいた。

「今まで通りにセックスができなくなりますし、特に女性にとってはペニスが生えてきたという印象になるかもしれません」

「ドクターはこの後遺症を名付けるとしたら、何と呼ぶ」

「そうですね。第三次性徴とでも呼びましょうか」

「第三次性徴か…」

桜内は身震いしていた。


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