最終話 リーダー
●27.リーダー
屋上の爆発で機械室も損傷し、下に降りるエレベーターは全て停止していた。桜内たちは階段で連行されて行った。
階段を10階まで降りると、階段室には大勢の人が立ち、階段を塞いでいる人達と警官が怒鳴り合っていた。立ち止まる桜内たち。
「ここからは、オリエネッター社ではなく、他のテナントが入っているんだよな」
桜内がつぶやいていた。近くにいた警官が黙れと言わんばかりに小突いていた。
「船長や博士たちを解放しろ」
「不当逮捕だ」
「解放しろ」
人々の声が階段室に響いていた。
日本語だけでなく、中国語、英語でも同様の言葉が叫ばれているようだった。そのうち発砲音がし出した。悲鳴が上がり、人が倒れる音がしていた。
「警察の人殺し」
「助けて」
「権力の乱用だ」
声が交錯していた。
「どうした。進めないのか」
後ろの方にいた隊長が桜内の横まで来た。
「このビルのフォロワーたちがスマホのカメラを向けて塞いでいます」
前方から戻ってきた警官が報告する。桜内のスマホは広範囲モードなので警官の中国語も捉えていた。
「なんだと」
隊長は自分のスマホでオリエネッターの投降画面を見た。多数の動画投稿があり、下で塞いでいる様子がいろいろな角度から投稿されていた。女性が撃たれ血を流している姿も投稿されていた。
「まずい。フォロワーに向かって撃つな。立場が悪くなる」
「しかし、通れないのですが…」
「公務執行妨害でそいつらも片っ端から逮捕しろ」
「はい」
その警官は階段を下りて行った。
しかし警官はすぐに戻ってきた。
「隊長、ダメです。警官たちが殴り倒され、次々に袋叩きになってます。発砲の許可をお願いします」
警官は懇願していた。
「仕方ない。許可する」
隊長は連行している桜内たちのことよりも、自分たちの身の安全を気にし始めていた。
「こちらの堀口、暴徒が階段を塞いでいます。応援を要請します」
隊長は肩に付けているマイクに呼びかけていた。
「あぁ、こちらにも暴徒が…、本庁の別動隊が来るまで持ちこたえてくれ」
無線から声がしていた。
階下から人の怒号が上がり、警官たちは押し戻されていた。一方で別の非常階段から昇ってきたフォロワーやサポーターたちが上から下りてきて挟まれる状態になっていた。警官の方がパニックになっていた。銃声が何ヶ所かで上がっていたが、人の波に押され、そのうちに銃声が聞えなくなっていた。
フォロワーやサポーターたちは警官から奪った銃を隊長たちに向けていた。隊長たちは顔や腕から血を流しながら両手を挙げていた。
桜内たちは手錠を外され代わりに隊長たちに掛けられた。手錠が足りない分は、ガムテープや梱包用のロープで縛り上げられていた。10階のエレベーターホールの付近には、拘束された警官たちが所狭しと座らされていた。いつの間にか立場が逆転した状況になっていた。
「皆さん、ありがとうございます。でも警官たちをこれ以上痛めつけると、…あぁ」
桜内は言い淀んでいた。エターナル期と思われる人間は銃は手にしておらず、ブリーダー期と思われる人間が銃を手にしているようだった。
「私はエターナル期ですが、この男はまだブリーダー期です」
桜内のそばにいた男が冷静に言いながら、隣にいた男の肩を軽く叩いていた。
「とにかく助かりましたけど、あまり感情的になっては彼らと同じに…」
「桜内船長、このような状況では、未熟かもしれませんが、ブリーダー期の警官にブリーダー期の人間が対応するのが合理的です。それに度を越さないように私が見ていますから」
「確かにそうですね」
桜内はこのエターナル期の男が自分の名前を呼んでくれたので、ちょっと親近感が湧いていた。
「船長、これがSNSの力ですよ。しかし思った以上にフォロワーやサポーターが多かったようですが」
杉沢はニコニコして歩み寄って来た。杉沢はフォロワーたちと握手していた。
桜内は手近な窓から外を見ると、本社ビルの周囲には多数の浮上車が集結し、取り巻くように浮上していた。高度緩和地区の高度規制は150メートル以内なので、20階建てのビルでは最上階まで取り囲めたた。大型の浮上トラックまでもが、運送を中断して集まっていた。
「凄いな。警察や軍の浮上車じゃないぞ。これだけいれば、軍の航空機も迂闊に撃てないな」
桜内は口が半開きであった。杉沢、田山、戸川、白井、周一も手近の窓から外を見ていた。
「船長、これだけ船長や田山博士を守りたい人たちがいるわけですよ」
杉沢はそう言った後、スタッフに投稿数やコンテンツ閲覧者数などをチェックさせていた。
「ドクターのインタビューをきっかけに民衆の不満が爆発した感があります。こんなことになるとは思って見ませんでした」
桜内は窓ガラスに近づきすぎて額をぶつけていた。
「もはや時代が動いています」
杉沢がぼそりと言う。桜内は杉沢が見ている窓際に歩み寄っていた。
「リーダーらしい人物はいないのに、時代が動くのですか」
「今はバラバラですが、そのうちまとまり、現れるでしょう」
「うちのドクターですか」
桜内は田山の方を見ていた。
「船長、よしてくださいよ。私は研究者です。そんな器ではありません」
首を振っている田山。
「では杉沢CEO、あなたが相応しいのではないですか」
桜内はしっかりと視線を向けていた。
「どうでしょうか。支援することはできても、なんか違う気がします」
杉沢はゆっくりと視線をそらしていた。
「CEO、投稿数とフォロワー数が格段に伸びているユーザーを発見しました」
スタッフがノートPCを見ながら報告していた。
「どれどれ、AYA-sound23とmycar389SNOか、最近登録したばかりのユーザーだな」
杉沢はユーザー名を読んでいた。桜内と寺脇が杉沢の言葉に反応し、顔を上げていた。
「CEO、mycarはうちのAIのマイカで、389SNOは『しなの』の製造番号だと思います」
桜内と寺脇はピンと来るものがあった。
「あのぉ、AYA-soundは私の妹の彩音で、23は誕生日だと思うのですが
「なんですと、まだ『しなの』には人が残っていたのですか」
杉沢は少々驚いていた。
「マイカはセキュリティーがしっかりしているAIですし、うちの船は大きいですから中継でもしない限り、人が隠れる場所には不自由しません」
「船長、思った以上にフォロワーやサポーターが多いのは、このお陰ですよ」
「確かに、いろいろと拡散してくれたようです」
桜内はAYA-sound23とmycar389SNOのずらっと並ぶ投稿画面を眺めていた。
「CEO、時間とともに投稿動画に変化が見られます」
スタッフがノートPCの画面を杉沢に見せていた。
ガオジン市庁舎が反執政府側の市民たちによって占拠されている動画、ガオジンの執政議事堂前の通りにデモ隊が繰り出している動画、宇宙空港職員が座り込みやストライキをしている動画などが、いろいろな人のスマホからアップされていた。
「信じられません。これがオリエンタール各所で同時多発的に起きているのですか」
桜内はスタッフのノートPC画面を垣間見ていた。
「地球よりも人口が少なく、ノバ感染症がいち早く流行り、後遺症、つまりエターナル期の人間が多いからです。いずれ地球などもこの流れに飲み込まれるでしょう」
「CEO、私もドクターもグローバル政党には苦しめられましたが、とてつもなく大きく、当たり前のように存在している組織に対抗できるのでしょうか」
「現状の人類世界のままで良いと思っていますか」
「いいえ、新たな進化段階にあるので、良いとは思えませんけど」
「さて船長、これからどうしますか。この本社を拠点にグローバル政党打倒運動を始めますか」
杉沢の言葉を上の空で聞いている桜内は、スタッフのノートPC画面を見つめていた。
「CEO、こいつらはエターナル期支持派を装っているだけで、ただのブリーダー期の暴徒じゃないですか」
桜内は感情的ではないものの不服そうであった。
「確かに、今回の騒動に乗じて、店を壊したり、商品を強奪しているだけですな」
杉沢は暴徒たちがショーケースを叩き割り、ゲーム機やキャラクターグッズを抱え込んでいる姿を見ていた。
「これじゃダメです。エターナル期支持とは関係がないし、ドクターの発見した人類の進化が台無しになります。私が行って止めてきます」
「しかし船長、気持ちはわかりますが、ここだけでなく、オリエンタール各所で起きているようです」
「ん、でもなんか我々が冒涜されているような気がしてならないのです。もしかしたら自棄になったグローバル政党側の人間かもしれませんし…」
「それでは、止めさせる動画を流しますか」
「安全なスタジオから呼びかけるよりも、実際に私が暴徒を止めている動画を流した方が説得力があります」
「ですが、現場に行ったら命の保証はないですよ。グローバル政党側が狙ってくるのは確実です」
「それなら、ゲリラライブ的に何ヶ所かピックアップして行くのはどうですか」
「…1ヶ所にしてください。頑丈なオリエネッターの中継浮上車を提供しますから」
杉沢は渋めの顔をしていた。
桜内、白井、八神、オリエネッターのスタッフの合計6人が乗る中継浮上車は、ガオジンの中心街にあるショッピング・モールの地下駐車場で停車した。スライドドアが開き、周囲に注意しながら6人が降りてきた。
「今まさに暴れているのは、3階のスポーツ用品店だな」
桜内は八神のノートPCで、犯行が投稿されている画面を確認していた。白井とスタッフ二人は加速銃を手にしていた。
「白井、銃は最後の手段だからな。見えないようにしてくれ。スタッフの方も隠してもらえますか」
桜内が言っていると、先を行くスタッフが安全を確認し、エレベーターのボタン押して手招きしていた。
エレベーターの扉が開く。フロアには既に買い物客はおらず、吹き抜けの上階から動画撮影している投稿者がいち早く桜内たちに気付いていた。50メートルほど離れた所にあるスポーツ用品店からガラスが割れる音がしていた。
「君たち、こんな所で何をしているんだ。止めろ」
店の入口に立つ桜内。バットやゴルフクラブなど手にした暴徒たちの動きが止まり、桜内を注視した。
「えぇ、あんた…、桜内船長か、ド、ドクターはどこだ」
暴徒のリーダー格が戸惑いながら言う。暴徒の一人がゴルフクラブを持って前に歩み出る。白井は上着の懐に手を入れていた。リーダー格の男は、白井の動きを見て手下の暴徒を抑えた。
「ドクターはこのカメラの向こうで見ている」
桜内はスタッフが構えるカメラを見ていた。
「そいで、あんたが正義感ぶって来たというわけか」
「こんなことをしても、世の中は変わらないぞ」
「俺らはエターナル期支持派なんだから、今は何をしても許されるはずさ」
「許されるわけないだろう。エターナル期の人間を冒涜しているだけだぞ。本当の支持派は商店などは襲わない」
「庶民の不満が爆発しているんだ。止められるものか」
「今はブリーダー期でも、いずれ君たちもエターナル期になれるのだぞ。短絡的にことは止めるべきだ」
「そうは言っても俺らみたいな最下層の人間は、エターナル期の恩恵はないのさ。所詮、金持ちがドクターの注射を独占するだけだから」
「だから、この機に乗じて暴れているのか」
「そうだ。男女平等や政治なんかどうでも良い、生き抜くカネが欲しいのさ」
「エターナル期になれば、富の蓄積や人生のやり直しが可能になる」
「だから言ってんだろう。金持ちしか、そのエターナル期になれないって」
「人類にとって大事な進化の1ページだ。誰にも注射をする権利はある。広く普及させるべきだと思っている」
「そりゃ、ご立派なこってす」
「冨が蓄積できるということは、無一文でもローンが組める」
「100年ってやつか。でも金利が莫大なものになる」
「無金利もしくは低金利ということは可能だぞ。私はそれを考えていた」
桜内の言葉にリーダー格の男は少し考えていた。
「それじゃ、あんたが金利分を負担するってか。通販じゃあるまいし」
「私がエターナル期支持派の政治家かリーダーに掛け合ってみる」
「いっそのこと、あんたがリーダーにでもなるなら、信じてやるよ」
「…私は超光速で世界をつなぐスペース・ポストマンだ…」
「郵便屋さん、ご苦労さんってとこかな」
リーダー格の男はせせら笑っていた。
「私がリーダーになったら、本当に暴動は止めるのか」
「たぶんな。投稿動画を見てる他の奴らも従うんじゃないか。あんたにその気があるならな」
「わかった。私の稼ぎを担保にローンを組んで、君らのベクター注射費用は出す」
「本当かよ。でも口約束じゃな」
リーダー格の男は値踏みをするように桜内の顔を見ていた。桜内たちの耳には警官隊の靴音が聞えてきた。
「お前らは完全に包囲されている大人しく出てきなさい」
若手の警官隊長が声を張り上げていた。いつの間にか桜内とリーダー格の男が話しているスポーツ用品店の周りを警官隊が取り囲んでいた。桜内たちも暴徒側もあ然としていた。
「船長、自分らはここで警官に捕まるんすか」
「仕方ないか…」
桜内は白井や八神の方を見回していた。
「逃げろ、」
リーダー格の男が叫ぶと、店のバックヤードに向かって暴徒たちは走り出した。すぐに警官隊が店内になだれ込み暴徒たちを追った。
程なく暴徒たちは手錠を掛けられ、店頭に引きずられてきた。桜内たちは、その場を動かずに一部始終を見ていた。
「我々は、逮捕されないのですか」
桜内は隊長に声を掛ける。
「暴徒逮捕の協力に感謝します」
隊長は敬礼をして、暴徒を連行して行った。あっ気に取られた桜内たちは、呆然と立っていた。
「船長、船長、聞いてますか」
ハンズフリーにしてあった桜内のスマホから杉沢の声がしていた。
「あ、はい」
「無罪放免ということは、警察も話がわかるというか、サポーターがいるんじゃないですか」
「そのようです。あのぉ、これは動画中継されていたんですか」
「もちろんです。フォロワーはものすごい数です」
「もう私もドクターもグローバル政党を気にしなくても良いのでしょうか」
「それは、今後次第ではありませんか」
「ん、そう言われても…」
「船長、あなたがエターナル期支持派のリーダーとなってドクターを守り、世の中を変えたらどうですか」
「でも、ポストマンとして誓った役割がありますから…」
「兼任したらどうです。日和見の宇宙郵船も株が上がるから喜びますよ」
「それでは人類の福音を届けるポストマンとして活動すれば良いというのですか」
桜内は決意めいたことを告げていた。杉沢はスマホ画面上で大きくうなづいていた。




