第二十六話 SNS
●26.SNS
オリエネッターのスタジオは再び活気を取り戻した。最前列の席には桜内、戸川、白井、それに降下してきた寺脇周一も座っていた。
「ご覧の通り、私は無事にオリエンタールに降り立つことができました。オリエネッターのスタッフやユーザー、フォロワーやサポーターの皆さん、ありがとうございます。これでちょっとした邪魔が入りましたが、インタビューが再開できます」
田山はカメラに向かって深々と頭をさげていた。桜内たちは観覧者の最前列の席に座っていた。
「えぇー、中断する前はどこまで話しましたっけ…」
田山の顔がアップになる画面には『無事で良かった・転送装置でもあったのか・よく捕まらなかったな・CEOの財力がモノ言ったの・最新データを詳しく教えて』などの文字が流れていた。
「それでは、遺伝子に作用する影響因子について教えていたたげますか」
司会進行役のパトリック八神は、電子ホワイトボードを田山の横に引き寄せていた。田山は求めに応じるように、より詳細に医療用語を交えてベクター注射について説明し始めた。
インタビューを再開して1時間近くが経っていたが、田山の熱心な話しぶりに桜内も引き込まれ、あっという間に感じられた。
「…このエターナル期移行の臨床試験の際にわかったことなのですが、影響因子の作用を強めたり弱めることでその人の秘めた才能を引き出したり、予知夢を見ることができるのです。ある種の天才因子と言えるかもかれません。これも人類に与えられた福音の一つだと私は考えています」
「田山博士、ということはベクター注射でエターナル期に移行した人間は、誰でも何らかの天才になるわけですか」
パトリック八神は一呼吸おいている田山に質問していた。
「いいえ。今の所は、脳への負担が大き過ぎるので改善の必要がありますので、私の開発したベクター注射では、天才因子は働かないようにしています」
「あのぉそれから、いずれはそれも安全に作用するようにできそうですかとの質問をいただいております」
八神は手元のモニターに寄せられる質問の中から相応しいものをピックアップしていた。
「今のところ、不明な点が多く、時間を要する気がします」
田山は残念そうにしていた。画面上には『田山博士でも無理なの・俺じゃ百年かかるかな・天才因子欲しい・不老不死なら待てますけど』などの文字が流れていた。
「ここで一旦休憩を挟んでから引き続き、独占インタビューを続けます」
八神は田山がお茶などの水分を補給する回数が増えたのを見計らっていた。
杉沢のそばにスタッフの一人が小走りに近寄り耳打ちをしていた。杉沢の顔色が少し変わると、すぐに桜内のそばに来た。
「船長、この本社ビルに警察が向かっているとのことですが、このままインタビューを続けますか」
「…私はドクターの身の安全が第一だと思いますが、本人はどうなのか聞いてみます」
桜内はスタジオの演台脇の椅子に座る田山を呼び寄せ、意向を聞いていた。
「そうですか。オリエネッターは見ていれば、遅かれ早かれ私がここにいることはわかりますよね。でもまだ言い足りないことが山ほどあります。中断したくはないのですが」
「ドクターの気持ちはわかった。それにどこに逃げてもキリがないような気がする。言いたいことを言い尽くしてから捕まるなら悔いはないよな」
桜内も覚悟を決めていた。
八神は本社ビルの周囲から寄せられる書き込みなどを手元のモニターで確認しながら司会進行役を務めていた。田山の意思を尊重している桜内と杉沢はどっしりと構えて座っていた。一方、戸川、白井、周一はちょっと落ち着かない様子であった。
「エターナル期になると、性差や年齢が超越でき、既存の価値観や社会構造が変わると、おっしゃましたが、政治体制も変わるのですか」
八神は手元のモニターを見ずに自分が気になる点を質問していた。
「まず、理論上不老不死といっても、どれくらい長生きできるかは不明です。しかし健康で長寿ということは、働いて稼ぎがあります。時を味方につけ、どんな人でも富の蓄積ができます。これは上を見れば貧富の差が拡大する側面もあるのですが、極貧はいなくなり低所得者層の富の底上げにつながるのではないかと思います」
「だとすると非常に高価なものを100年ローンで買うのも可能というわけですか」
八神は食らいつくように聞いてきた。
「まぁ、金利にもよりますが可能ですね。あぁそれと人生のやり直しが利く点も挙げられます。何らかの失敗をしても時があるので、もう一度トライできるので、エターナル期の人間は失敗を恐れず何事も積極的になれるのではないでしょうか」
田山の言葉に画面には『人生は一度きりじゃない・何度でも何度でも・100年ローン・富の底上げの世界か・未開の惑星の大陸を購入しようかな・金利ハンパじゃない』などの文字が流れていた。
「確かにそうですね。低所得者層や人生負け組の人も時とともに勝ち組になれるとは、希望の光が差しますよ」
「後、ここのSNSは反執政府系でしたよね。政治についても付け加えたいのです」
「え、まぁ自分から言うのも何ですが、反執政府系ですかね。政治については興味深いです」
八神は観覧者の方を見ながら言っていた。
「率直に言って、カネ、セックスなどの様々な誘惑に弱いブリーダー期の人間は、政治に不向きだと思います」
「私もそれを言おうと思ってました」
八神の顔がアップになる画面には『激しく同意・同意・同意・その通り・不向きですよ・確かに・同意…』などの文字が埋め尽くされた。
「何も賄賂など、もらわなくてもきれいなカネは手にできるし、神の倫理に基づく恋愛結婚観を持つのですから、誘惑に惑わされ、政治を曲げることはしないでしょう」
田山はカメラをしっかりと見据えていた。
「現在の執政府の人間は、ほぼ全員がブリーダー期です。不倫スキャンダルも多いし、カネで買収ということもしょっちゅうありますね」
八神は思い起こすように語っていた。画面上には『だからダメなんだよ・エターナル期の人間を議員に・スキャンダルで政治不信・あんな奴ら任せられない』などの文字が流れていた。
「また、今までは世代交代することで政治的な意思を存続させることが難しかったと言えます。しかしエターナル期の人間がいれば、過去の事実や事件を正確に覚えているので歴史が歪められないのです。あることないこと、後世の都合で歪曲させられることはなく、正しい歴史認識が持てます。どうしても語り継いでいくと事実と違う派手な俗説が信じられていきますから」
田山の顔が『同意』の文字で見えなくなったので、八神が画面を切り替えていた。
「ここまで来ると、既存の権力者たちには、物凄い脅威になりますね。だからグローバル政党などは手を組んで田山博士の存在を消そうとしているのですか」
「えっ、あのぉ、オリエンタールでは世界革新社会党と国際自由国民党が手を組んでいるのですか」
「はい。表向きは否定しますが、それが真実のようです」
八神は当たり前のように言っていた。
「なんでですか。水と油のような関係だったのに」
田山は怪訝そうにしていた。
「それはノバ感染症の後遺症で中性化した人が…、つまりエターナル期の人間が1万人を越えたからです」
八神が答えかけたが、杉沢が立ち上がり、代わりに答えていた。
「それではここ最近のことですか。なるほど」
田山は納得していた。あ然としていた桜内もそうだったのかという表情をしていた。
座りかけた杉沢にスタッフが耳打ちをしていた。
「船長、ついに我が社は警察と軍に包囲されました。いかに我々が危険視されているかの証拠とも言えますよ」
杉沢の言葉に、桜内を含む観覧者たちは窓際に近寄り下方を見た。かなりの数の警官や兵士が取り巻き、何十台もの警察車両や装甲車が三重に囲っていた。浮上車ではなく、軍用機も遠巻きに旋回していた。
この包囲の光景はカメラで撮影され、同時配信されていた。画面には『あぁ包囲されている・博士を救えないの・打倒グローバル政党・革命前夜・立ち上がらないと・反執政府万歳・エターナル期の人間が変える・ノバ感染症の犠牲者を無駄にしない・注射で中性が増えるぞ』などの文字が流れていた。
「皆さん、うちのドクターの話をこのような暴挙でつぶすわけには行きません。人類進化の新たな夜明けなのです。捕まる寸前まで話させてください」
突然立ち上がった桜内は田山の横に並んでいた。桜内と田山の顔がアップになる画面には『船長いいぞ・話は聞きます・なんで逮捕されるんだ・ただのインタビューじゃないか・新時代の抵抗勢力め』などの文字が流れた。
「わかりました。しかし警官隊は本社ビル内に侵入し、着実に上階に向かっているとのことです。スタジオを離れて移動しながら中継しましょう」
八神は撮影機材を移動させるようにスタッフに頼んでいた。カメラは三脚から外され、カメラマンが肩掛けにしていた。
田山と八神が階段の踊り場でカメラに向かっていた。撮影スタッフは階段の途中にいて、桜内、杉沢、戸川、白井、寺脇周一が、一つ下の階の踊り場から見上げていた。
「議員や閣僚の数、管理職や重要なポストの数、職業従事者の数などの男女比の数合わせ程ナンセンスなことはありません。適材適所で有能な人物を登用すれば良いのに、数が足りないから女性なら誰でも良いという枠を設けるから、ロクでもない人物が現れるのです。これらはエセのフェミニズムと言えます。これが世の中をダメにしています。しかしエターナル期の人間ならば、そのようなことに関係なく、能力で登用できます。例え神の倫理によって性別が復活しても、性は気持ち次第で変えられます。固定化された性ではないので、僻んだり差別とは思わないのです」
田山は早口にまくし立てていた。
「田山博士、これについては、異論がある人も多いようですが…」
八神は手にしたタブレットPCを見ていた。
「そうですか。これは私見でもあるので、おいおいどちらが正しいか結論が出ると思います。しかしエターナル期の人間なら、慌てて結論を出す必要はありませんから」
「あぁ、田山博士、そろそろこちらも危なくなってきました。上へ行きましょう」
八神は階段室の下の方で響く靴音を気にしていた。
屋上のすぐ下の階まで上がった所で、屋上から激しい機銃掃射音がし、続いて大きな爆発音がして建物全体が揺れた。階段室の壁面の一部が剥がれ落ちるほどの衝撃があった。
桜内たちは階段の途中で立ち止まっていた。
「ミサイルでも落ち込まれたっすか」
「それだったら、この階も吹き飛んだだろう」
桜内は嫌な予感がしながら杉沢の方を見ていた。
「あぁ、こりゃ、私のクルーザーがやられたんだろう」
杉沢は頭を抱えていた。
「これで逃げ道を塞がれたか」
桜内は上階を見つめていた。
「あれは高かったんだぞ。畜生っ。今度は100年ローンで買うしかないだろう」
杉沢は握りこぶしをきつくしていた。階段室の階下から警官たちが上って来る足音がしていた。
「取りあえず上に行きましょう。破壊の程度もわかりますから」
桜内は何か手があるかもしれないと漠然と思っていた。
屋上にあったはずのスペースクルーザーは跡形まなく黒焦げの鉄くずになっていた。まだ所々炎が上がり、黒煙も漂っていた。ビルの排気塔などは爆発の衝撃で上半分が吹き飛んでいた。
「これは酷い。この惨状を中継して、彼らの残虐さを知らしめましょう」
急に風の向きが変わり黒煙が桜内の顔にかかっていた。杉沢は大きくうなづくとスタッフに撮影させていた。
「ドクター、ここで我々は捕まるだろうから、言い残したことがあれば、ギリギリまで言ってくれ」
桜内が言うと田山はピンマイクをつけ直していた。
「このようにブリーダー期の人間は目先のことしか考えず、感情的になりやすいので、どうしても暴力的になるのです。こういった思考が戦争を呼ぶと言っても良いでしょう。ですから、エターナル期の人間に政治や外交は任せるべきなのです。未熟なブリーダー期の人間に任せるということは、幼稚園児や小学生に国の行く末を任せるようなことになります。…とにかく私は人類進化の新たな扉を開くことでできました。これで誰もが進化を体感できる時代の到来したと言えます」
田山が喋べりだすと、黒焦げの鉄くずを撮っていたカメラが田山の方に向いていた。八神はタブレットPCで中継配信映像を見ていたが首を傾げていた。
「何か妙です。そのカメラで撮った映像とちょっと違う映像が配信されています」
八神は画面を切り替えようとしていたが、反応はなかった。映像では田山が喋っているものの、その横で桜内、杉沢、白井が加速マシンガンを構えていた。
「中継を乗っ取られたか。部分的に加工された映像を元に戻せ」
杉沢はスタッフに命じていたが、スタッフたちは既にいろいろとやっていて、お手上げという顔をしていた。
「あのぉ自分なら、なんとかできそうっす」
白井がぼそりと言っていた。スタッフたちは中継機材とつながるノートPCを白井に渡していた。
屋上の階段室の扉が荒々しく開けられ、警官たちが銃を撃ちながら出てきた。武器を手にしていない桜内たちは急いで排気塔などの下半分に身を隠した。八神が見ている中継映像では、階段室の扉に向かって桜内たちが銃を乱射し、警官が何人か撃ち殺されていた。それに応戦する警官たちと激しい銃撃戦になっていた。
「この映像じゃ、我々がやたらに撃ちまくって、警官を次々に撃ち殺しているように見えますよ」
八神は苛立っていた。中継されている画面上には『どっちが感情的なんだ・結構残虐じゃん・船長たちが武器を持っている・警官皆殺しだよ』などの文字が流れていた。
いつの間にか桜内たちの背後に回っていた警官がいた。
「お前らは包囲されている。大人しくしろ」
その警官は特に田山に銃口を向けていた。
「おい、よせ。ドクターを撃つなら、まず私を撃て。ドクターに研究させたのは私だ」
桜内は田山の前に立ちはだかった。
「そんなことはどうでも良い。世の中を変える不届き者は消えてもらう」
「あんた本当に警官か。ドクターは人類にとって必要な存在だ。まだまだエターナル期にについて研究し尽くしていない。撃ったら取り返しがつかないぞ」
「本物だよ。それにエターナル期なら撃っても死なないのだろう」
警官はニヤニヤしながら片手で警察IDを見せていた。
「臓器や損傷個所の再生には時間がかかる。よせ」
桜内と話しているうちに警官に隙ができた。そこへ周一が飛びかかった。多少若さが戻っていても、力不足だったがオリエネッターのスタッフ数人が加勢したので取り押さえられた。警官は銃は取り上げられ、クルーザーの一番重い支柱の残骸に縛り付けた。
桜内は目まぐるしい早さでキーボードを叩く、白井を見ていた。
「白井、我々が悪人に見える映像は消せそうか」
「…ぁぁはい、船長、これで一丁上がりってとこっす」
白井は力強くエンターキーを押していた。
「白井君、さすがだ。我々の正しいリアルな姿に戻りました」
八神はタブレットPCの画面を皆に見せていた。中継されている画面には『今までの画像はなんだったの・武器持ってないじゃん・フェイク画像だったんだ・警察は卑怯者・嘘つき・丸腰の人たちを銃撃するなんて』などの文字が流れ始めた。
「これでどっちが非道かわかっただろう」
杉沢は怒りを抑えながら言っていた。
「あぁ、本当の画像が流れているので、奴らは銃撃を止めてます」
八神は少しほっとした表情であった。桜内が杉沢の前に立った。
「杉沢CEO、ここまでありがとうございます。うちのドクターも言い尽くした思います。後は我々が投降し、危険視されている我々だけに罪があると嘆願してみます」
「船長、何をおっしゃいます。ドクターや船長たちがいればこそ、世の中の変革が可能になったのですよ」
「しかし、このままではオリエネッター共々、逮捕ということになります」
「船長、SNSの力を信じてください。中継を見ていたフォロワーやサポーターが動いてくれるはずです」
「ですが、もうそこに警官たちが来ています」
桜内は両手を挙げて警官たちの方に自ら歩み寄っていた。桜内に続くように田山、白井、戸川、周一も歩み寄った。中継カメラはその姿を撮っていた。
桜内の手に手錠がかけられた。
「今回の一件は、我々に責任があります。オリエネッター社は巻き込んだだけだ。逮捕されるのは我々だけで良いのです。フォロワーも見てますよ」
引っ立てられている桜内は警官隊長に言っていた。しかし隊長は日本語がわからないようだったので、スマホの通訳アプリを中国語にして、もう一度同じ言葉を言い直した。隊長も胸ポケットのスマホの通訳アプリを作動せていた。
「そんなわけには、行かないでしょう」
隊長はうなるように言うと、部下に杉沢たちも逮捕するように命じていた。
「桜内船長、ついでだから言っておきますが、寺脇英梨佳は既に拘束されています」
隊長が小声で言うと、アプリも同調して小声になっていた。
「何の罪ですか。彼女一人を残したのは関係がないからだ」
桜内は妹の彩音の安否を確かめるためにわざと言ってみた。
「それでしたら、取引と行きましょうや。プランEとは何ですか」
隊長は一人という言葉を否定しなかった。
「…それは傍受されている通信を攪乱させることです」
「どう攪乱させるのですか。もっと他の意味があるでしょう」
「それだけです。そのように疑り深いのもブリーダー期の特徴と言えますけど」
桜内はさり気なく言っていた。




