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スペースポストマン  作者: daishige
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第二十五話 確保

 連続ワープ航行を終えた『しなの』は、惑星オリエンタールの軌道上に現われた。軌道上に他のワープ船は見当たらず、通常ロケットエンジンの宇宙船が見えるだけであった。

 コントロール室のモニター画面には、ガオジン宇宙空港の管制官の顔が映っていた。

「お疲れ様です。ご無事の到着が何よりです。乗員の皆さんは全員陰性というか、完治してエターナル期なので、検疫は不要です」

「いや2名はエターナル期ではないが、陰性です」

「そうなんですか。でも陰性ならOKです。しかし『しなの』といえば、あの著名なドクター田山が乗船しているのですよね」

管制官は調子の良さそうな男であった。

「うちのドクターのことはオリエンタールでも有名なんですか」

「それはもう、この前の直行便で不老不死研究の話題が持ちきりでしたから」

「悪い噂もあったんじゃないですか」

桜内はわざと言っていた。

「えっ、ありませんよ。それでは貴船の宇宙連絡船は宇宙空港C滑走路を使用し、第3駐機スペースで荷下ろししてください」

管制官は平然と言っていた。

「了解しました」

桜内は用心深く管制官の表情を見ていた。


 戸川が操縦する宇宙連絡船が駐機スペースに停まると、白井が運転する郵便浮上車が貨物室から出てくる。浮上車は空港ターミナルビルに行き郵便物を降ろし、桜内が書類手続きをしていた。一連の作業はいつも通りで、スムーズであった。

 桜内たちは、ターミナルビル内のファストフード店で休憩していた。店内には反執政府系アーティストの曲が流れていた。

「この曲、なんか世の中に対して挑戦的だな」

桜内はポテトをつまんでいた。

「反執政府系SNSで大ヒットしているらしいけど、よくわかんないっすね」

「地球人とオリエンタール人では感性が違うのかしらね」

「とにかく、ここまでは、何事もなかったが、このままで済むと思うか」

桜内が言うと、戸川、白井共に首を横に振っていた。店の中央部の天井からアーティストがシャウトする声が響いていた。

「『しなの』はマイカがしっかりとガードしているから、よそ者は踏み込めないはずだが」

「それでも安心はできないっすよ」

「船長、マイカから定時連絡は入ってますか」

「そろそろだと思う」

桜内が言っているとハンズフリーのスマホから着信音が聞えてきた。

「船長、オリエンタール執政府警察より、地球での医療機器盗難事件について任意同行を求められています」

マイカの声がしていた。

「任意同行か…、その次は船内捜索だな。つまりいきなり船内を調べることはないわけか」

「はい。現在の状況からしますと、空港で手続き中の船長に警察官が同行を求める可能性が高いと言えます」

「任意同行をゴネるか。マイカ、プランEを実行してくれ」

桜内の目線の先にはファストフード店に入ろうとしている警察官たちの姿が見えた。


 「桜内船長、こちらにいましたか。地球からの捜査依頼がありまして、医療機器盗難事件についてお聞きしたいことが、いくつかあります。ご同行願えますか」

上官と思われる警察官が、警察IDを見せて言ってきた。

「それは任意同行ですか」

「あ、はい」

その警官は、なぜ知っているのだろうという表情をしていた。

「この後、SNSのインタビューがありまして…、それが終わり次第、行きますよ。ガオジンの警察本庁でしょう」

桜内は思いついた理由を平然と言っていた。白井と戸川は目が泳いでいた。

「どこのSNSですか」

警官はすかさず聞いてくる。

「…この曲を流しているSNSですから、逃げも隠れもしませんよ」

「オリエネッターですか。あそこは反執政府系なので、そこでの発言が場合によっては違法になるかもしれないので、注意してください」

警官は釘をさしていた。

「指し障りのないようにしますから」

桜内は愛想笑いをしていた。警官たちは無表情のまま、退散して行った。


 「船長、あんなこと言って大丈夫っすか」

「プランEを実行する時間稼ぎだからな」

桜内が言うプランEの意味は戸川も白井も知っていた。

「だとしても、もう少しまともなものにすれば、良かったと思いますけど」

戸川は不服そうであった。

「まともじゃなかったか。でも言ってしまったから、オリエネッターの本社を訪ねようじゃないか」

「わかりましたけど、オリエネッターは…、あぁ、この距離だと、ここから車で40分程ですね」

戸川はスマホの地図アプリを見ていた。


 オリエネッター本社は20階建てビルの上層10階を占有していた。惑星ローカルのSNSにしては、意外にも大きな規模であった。桜内たちが上階に向かうエレベーターに乗るまで、一般人を装った警官と思われる人物の監視の目があった。

 オリエネッターのロゴが壁面に書かれている受付デスクの前に立っていた桜内たち。

「いくら呼び鈴を鳴らしても、誰も来そうもありませんね」

戸川は受付につながる廊下を見ていた。

「ロボットぐらい、来そうなもんすっけど」

「予約がないからな。…あぁ、そうだ。宇宙郵船の者ですが」

桜内は急に受付の防犯カメラに向かって呼びかけていた。

 数秒後、浮上タイプのロボットが現れた。

「郵便物を受け取ります。小包ですか書面ですか」

ロボットは桜内に目のような内蔵カメラ向け、手を差し伸べていた。

「いや、そのぉ、うちのドクター、つまり田山博士の単独インタビューを申し込みに来たのだが、担当者を呼んでくれないか」

「単独インタビューですか。少しお待ちください」


 桜内たちが待つ応接ブースに、急遽一人でオリエネッターのCEO・ハリー杉沢が現れ、話し合うことになった。

「オリエネッター・サイドとしては、田山博士にリアルで最新研究を発表しインタビューしたかったのですが…」

杉沢は渋い顔をしていた。

「今、うちのドクターは軌道上にいるので、こちらのスタジオに来るとなると入境チェックなどがあり、時間を要します。そうなるといろいろな邪魔が入ると思うので、ぜひともリモートでお願いします」

「わかりました。オリエネッターの専用回線で行いましょう」

「これで申し込みOKですね。しかしサーバーがパンクするかもしれせんよ」

桜内が調子の良いことを言うと、杉沢はわずかに微笑んでいた。


 オリエネッターのスタジオには、桜内たちとスタッフの他に、20人ほどの観覧者もいた。この観覧者の中にはハリー杉沢もいた。

「田山博士、ノバ感染症の後遺症は性別を超越し不老不死をもたらすといった人類に福音をもたらすことはわかりましたが、感染症が治らなければ死ぬかもしれないというリスクがあります。この点についてはどうお考えですか」

オリエネッターの司会進行役のパトリック八神がモニター画面に向かって言っていた。画面上の田山は、大したことではないという表情を浮かべていた。

「それなんですが、私はここに来るまでの間の研究の成果として、ノバ感染症を発病しなくても、エターナル期に移行できる方法を確立しました」

田山が画面越しに言うと、画面上に、『それは凄い・ここで言っちゃって良いの・本当かよ・さすがノーベル賞候補・グローバル政党に狙われるぞ・フェイクじゃないよね』の文字が流れていた。

「ええっ、田山博士、本当ですか。それは最新研究の発表ということですよね。学会ではなく、このようなSNSの場で発表しちゃって良いのですか」

「ここで言えば、私の発見ということが皆さんに伝えられと思いまして、それこそが身の安全の確保にもなる気がしてます」

「田山博士は、いろいろと苦労していると聞きますが、もはや誰も横取りはできませんよ」

「だと良いのですが」

「それでその方法とはどのようなものなのですか」

「ベクター注射によるものでして、中性に移行するには2週間程度…、あぁ来客が、何、執政府の…、あぁすみません。中継を一旦中断します」

田山の顔がアップになる画面には『博士、逃げて・中継を妨害する奴がいたか・田山氏が心配・助けられないの・何とかして・グローバル政党許せない』の文字が流れていた。

 スタジオにいる桜内のスマホに着信音があった。

「船長、オリエンタール警察の逮捕状により、船内捜査を求めて来ました」

マイカはいつものペースの口調であったが、急いでいるようにも聞こえていた。

「ずいぶんと手際が良いな。プランEは食べ残しなしか」

「はい。しかし逮捕状によりますと、こちらではドクターが連行されることになっています」

「こちらではということは、我々の方も連行されるのか」

「はい」

「我々はこちらで何とかするが、…ドクターは捕まる前に緊急降下ポッドで地上に降ろしてくれ」

「しかし緊急降下ポッドを撃たれたら、ドクターの命が失われます」

「国際宇宙赤十字法によって降下ポッドなどの救難ポッド類の撃墜は違法だぞ」

「誤射を装う可能性もあり、法が順守されるかどうかわかりません」

「…3つの降下ポッドを同時に発射しろ、いや3つではなく複数となるとどれにドクター乗っているかわからず、寺脇家の誰かが乗っていたら、関係のない民間人を殺戮したことになるからな」

「わかりました」

マイカの言葉が終わる前にハリー杉沢が桜内のそばに来た。

「船長、聞きましたよ。船長の身は我々が守ります。このビルから出ないでください」

「しかし、オリエネッター社に迷惑になるのでは」

桜内は杉沢の目の動きを見ながら言っていた。

「船長、遠回しに言わなくても、船長たちを売るつもりはありませんよ」

「ここも警察に踏み込まれますけど」

「怪しむのも無理はないですが、何せ、われわれは反執政府系ですよ。それともどこか逃げるあてがありますか」

「…ないか」

桜内は息を吐くように言っていた。

「まずはドクターの降下ポッドがどこに行こうとも、一番乗りに確保してみせます」

杉沢の目は澄み、自信がみなぎっていた。


 田山は船内通路を急いでいた。

「田山ドクター、そちらはまもなく警察官たちが入って来るハッチにつながっています」

「でもマイカ。ここを通らなければ、緊急降下ポッドには行けないだろう」

「6番通路に迂回し9番通路の階段を上り、次の階段を下りて17番通路から行ってください」

「通路の番号なんて、普段は意識してなかったけど…、番号プレートがあったのか」

田山は通路の壁面にある番号プレートを見ていた。

 田山は緊急降下ポッドの非常ハッチの前まで来ると、息が荒くなっていた。

「マイカ、私はこれで脱出しても、森林区画に隠した医療機器はバレないよな」

「はい。プランEは完璧に実行しましたから、踏み込まれても発見できないはずです」

「わかった。あぁそれと私のポッドを守るためにダミーのポッドも同時に発射されるのだよな」

田山はなかなか、開けたハッチの中に入ろうとはしなかった。

「田山ドクター、心配は無用です。全て私が完璧にオペレートします。急いでポッドにお乗りください」

マイカの言葉に後押しされるように田山はハッチをくぐった。降下ポッドに入ると、すぐにシートベルトを装着していた。

 『しなの』から、緊急降下ポッドを含めた複数の救難ポッド類が発射された。惑星オリエンタールの地表と反対に向かうものや、一直線に降下して行くものなど様々であった。たまたま近くを航行していた宇宙船は、本物の救難ポッドだと思い、救助に乗り出したりしていた。しかしほとんどが空のポッドであった。警察の宇宙船の近くを通過し捕獲された救難ポッドも空であった。


 オリエネッターのスタジオ控室にいる桜内たちは、モニター画面に釘付けになっていた。画面にはCG立体地図に表示された降下してくるポッドの軌跡が映っていた。

「予想着地点はポッドBがガオジン北東部、ポッドFがガオジン南西部、ポッドJはサンシュイ市境南部です」

オリエネッターのスタッフが読み上げていた。

「このどれにドクター乗っているかだな」

桜内は何か手がかりがないか、それぞれの軌跡を辿り発射位置が船体のどこか見ていた。

「しかしマイカの奴、派手にいろいろと発射したっすね」

「…全部で12コ発射しています」

戸川は警察に捕獲されたポッドを含めて数えていた。

「杉沢さん、あの3地点に先にたどり着けそうっすか」

白井はオリエネッター社からいずれも離れている地点を見つめていた。

「白井君だったかな、私に二言はありませんよ」

杉沢は桜内の方を見てから天を仰いで目をつぶっていた。

「CEO、市境南部は執政府軍の車両が到着しています」

「オリエネッターのフォロワーやサポーターは間に合わなかったか」

カッと目を見開く杉沢。

「はい、残念ながら。既に規制線が張られているとのことです」

「乗っていた人物はわかったか」

「ハッキリとはわからないのですが、兵士たちが落胆しているので、たぶん空だったようです」

スタッフは現場から送られているスマホの映像を見ていた。

「ポッドBにはサポーターも警察もほぼ同時に着地点に着いたようです。ポッドの周りに双方の人間が集り、もみ合になっています」

スタッフが切り替えた画面には、ポッドを囲んでいたサポーターの若者たちが、次々に警棒で叩かれ、排除されている映像が流れていた。ポッドの周りを警官たちが囲むと、ハッチが開けられた。しかし中には誰もいなかった。

 「残るはボッドFですか」

桜内は腕組をしていた。

「CEO、着地点に我々のフォロワーやサポーターが先回りして到着しています」

「そうか。早くハッチを開けるように指示してくれ」

「これが現場の状況です」

スタッフはサポーターからの映像をモニターに流した。ボッドの周囲には警官も兵士もおらず、サポーターの若者だけがいた。ハッチに近寄ろうとするスマホのカメラ映像が揺れていた。ハッチ扉は内側から開けられる。ハッチから這い出してきたのは周一であった。田山の顔を知っているサポーターたちは、拍子抜けしていた。

「船長、見てますか。上手く先生を逃がせましたかね」

周一はカメラに向かってニヤニヤしていた。

 「もう大気圏を突入してくるボッドはありません」

スタッフは、怪訝そうな顔をしていた。

「上手く行ったかな」

杉沢は桜内の方を見ていた。

「マイカの射出角度が間違っていなければ、良いのですが」

桜内は若干不安げであった。

「あぁ、杉沢だが、私のスペースクルーザーは今どこにいる」

杉沢はスマホを耳に当てていた。

「CEO、ちょっと遅くなりましたが、現在本社ビルの上空500メートルです」

スマホから杉沢の部下の声がしていた。

「船長、約束通りドクターを確保しました」

「ご協力に感謝します」

桜内は杉沢と握手していた。

「なんだ船長、黙ってたんっすか」

「悪かった。重要な作戦だから、黙っていたんだ」

「私もサポーターたちには何も言ってないから、仕方ないことですよ。白井君」

杉沢は白井をなだめるように言っていた。


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