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スペースポストマン  作者: daishige
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第23話 職人気質

 ブリーフィング室で田山は電子ホワイトボードを前にして、滔々と語っていた。

「もうすでにご承知と思いますが、片方がブリーダー期に限らず、両方ともエターナル期でも性器の復活があることになります。このエターナル期は人類にとって一大変革期をもたらすことは間違いないでしょう。しかしノバ感染症の後遺症ということで、対処療法を誤れば、死の危険を伴うエターナル期への移行となります」

「でも今では対処療法の薬もいろいろとありますし、オリジナル株の致死率はかなり抑えられているのではないですか」

戸川は手を挙げてから発言していた。

「オリジナル株ならばということで、変異株だと依然致死率は高いままです」

「田山ドクターも服部シェフも治ってるっすよね」

白井の言葉に同席している服部は苦笑いしていた。

「私はその上でオリジナル株も感染しエターナル期になっていますけど、簡単に治ったわけではありません」

「確かにドクターは、一時期かなり危なかったからな」

「そこで私はもっと安全にエターナル期の不老不死に移行する方法はないかと現在模索中です」

田山は一呼吸置いて、マイボトルの緑茶を飲んでいた。

 「それでドクター、方法とはどのようなものなのだ」

「薬か注射による方法でエターナル期の中性になることを想定しています。今のところ、性別の男女選択は神の倫理次第なので、そこまでは立ち入れないと思います」

「男らしく、もしくは女らしく生きようとする気持ちの問題だよな」

桜内は白井と戸川の方を見ていた。

「あぁ、ドクター、身重の寺脇は欠席か」

「いいえ、父親の病室を見舞ってからと言ってましたが、ちょっと遅いですね」

「寺脇のおやじさんは具合が悪いのか」

「肝臓がんの可能性があります。たぶん過去の酒の飲み過ぎがたたっていると思います」

「だとすると、おやじさんにもオリジナル株を感染させる必要があるかな」

桜内が言っていると、寺脇が静かにブリーフィング室に入ってきた。

「船長、遅くなってすみません」

「大丈夫なのか」

「それで妹の難病も後遺症のお陰でかなり治ったので、父にも感染したらと話してみたのですが、取り合ってくれず…」

寺脇はうつむき加減であった。

「必ず治るわけでもないし、リスクがあるから無理強いはできないよな。ドクター、一刻も早く薬か注射でなんとかできないかな」

「理論上は実証できる段階にはあるのですが、マウスすらも臨床試験はしていません」

「そうか。それでは慎重に進めてくれ」

桜内は申し訳なさそうに寺脇の方を見ていた。


 「船長、寺脇周一のかつての職業は庭木職人です。森林区画の整備に役立つ経歴だと思われます」

コントロール室の天井のスピーカーからマイカの声がしていた。

「彼にもお客さんでなく、何らかの仕事を与えることは、気持ちに張りが持てるから良いことだな」

「がんの進行にも、良い影響を与える可能性もあります」

「そうか。試しに、シナノゴールドの木の周辺を整備してもらおうか」

「試用期間には最適な場所と言えます」

「わかった。私から話してみよう」


 森林区画の斜面を登る桜内と寺脇の父・周一。

「どうも運動靴じゃ、調子が付かねぇ。船長、船の売店で地下足袋なんかは売ってねぇっすか」

「お父さん、それは無理ですよ。置いてません」

「船長、そのぉ、なんだ。お父さんって言うのはどうも気色悪い。苗字で呼んでくれ」

「でも寺脇…娘さんと混同しやすいので、…親方ってのはどうです」

「まぁ、昔はそう呼ばれてもいたな。良いだろう」

「じゃ、親方、あの盛り上がった所の整備をお願いします」

桜内は斜面の上の方を見上げていた。

「船長、俺に任してくれ。しかし、ただ働きはご免だぜ」

「はい。もちろんですが、仕事の出来栄えは一応評価させてもらいます」

「わかった。驚いて腰を抜かすなよ」

周一は寄せ集めた植栽道具を担ぎ直していた。


 周一が作業をしている間、桜内は一旦、森林区画を離れ船内巡回業務に就いていた。夕刻まで周一からの連絡はなく、心配になって森林区画に戻ってきた桜内。シナノゴールドの木の周辺はきれいに整えられ、庭園のよう

になっていた。

 「船長、どうです。時間があったらもっと見映えよくできますぜ」

周一はシナノゴールドの枝ぶりを見ながら、タバコをふかしていた。

「はい。確かに整えられています。この調子でここの斜面を全面的にお任せしたいと思います」

「え、冗談言っちゃいけねぇよ。ここ全部かい」

「無理ですか」

「いや、森林区画だけじゃ物足りねぇから湖沼区画もってことかと思ってやしたよ」

「まずは森林区画からということで、良いですか」

「高くつきやすが、良いでしょう」

「支払いの方は会社の基準に則り、若干上乗せしますから」

「若干ねぇ…。まぁいい、頼んだぜ」


 次の日から、周一は自室から森林区画に通うことになった。寺脇もそんな父の姿に満足げであった。一方、寺脇の妹は性器の変化を受け入れ、筋トレなどを始め、中性というよりは男性に近い外見になって来ていた。


 「ドクター、その後、臨床試験の方はどうです」

桜内は頻繁に医務室を訪ね、進捗状況を気にしていた。

「…マウスの結果は、良くも悪くもないと言うか、ある程度の成果があるものの不具合もあり、もっと複雑な人体には、どの程度利くのか不明です」

「それじゃ、親方にはまだ使えそうもないか」

「普通に感染してもらう方法しかないです」

「森林区画で急患発生、レスキューロボが向かっています」

突然マイカの声が医務室に響いた。

「えっ、何かあったか。マイカに親方の見守りを頼んでおいて良かった」

桜内が言っている背後で、田山は急患受け入れの準備をしていた。


 数分後、レスキューロボは、ストレッチャーと共に自らも浮遊し、医務室にやってきた。周一は右足を固定されていた。

「親方、どうしたんですか」

桜内が真っ先に声をかけていた。

「不覚にも木から落ちてしまって、このざまでさぁ」

「無理しなくても良かったのに」

「無理なんかしちゃいやせんよ。ただ勘が鈍っただけっすよ。若かった頃は、こんなことなかったのにな」

「父さん、だから言ったでしょう。昔のようには行かないって。全く」

寺脇はもっと深刻なことを考えていたようで、少しほっとした顔をしていた。

「先生、仕事が中途半端になっちまったんで、早く治してくださいよ」

「そう言われてもな。まずはレントゲンを撮って状態を見ないと。寺脇さん、看護ロボットにレントゲン室の準備を頼んで」

田山は身重だがまだ助手を務めている寺脇に言っていた。


 「下腿部を複雑骨折してます。しばらく仕事は無理ですな」

田山は診察モニターに映るレントゲン写真を見ていた。

「先生、そんな殺生な。ここには最新の医療機器があるじゃないっすか。パパッと治してくださいよ」

周一は悔しそうにしていた。

「親方、会社としては森林区画の整備は急いでいませんので、ゆっくりと骨休みでもしてください」

同席していた桜内が慰めるように言っていた。

「あっしの職人魂に火をつけたのは船長ですぜ。半端な仕事は性に合わないんすよ」

「そう言われても親方。骨が付いてから、仕事の続きができますけど」

「仕事には勢いってものがあるんでね。その気の流れを断ち切るわけにはいかねぇーんです」

「寺脇さん、でも無理して今動くと一生仕事に復帰できなくなります」

田山は脅し気味であった。

「はぁぁ、それはちと困りやす」

「わかっていただけましたか」

田山はほっとした表情になっていた。

「この際だ、年のせいで勘が鈍っているのもあるから、例の後遺症で不老不死にしてくれやせんか。そうすりゃ骨折もすぐに治るどころか、勘が取り戻せて肝臓がんも消えるんでしょう」

「今のところ、ノバ感染症に感染してそれを治さないとエターナル期には移行できません」

「そのエターなんたらは、薬か注射で何とかなるって娘から聞きましたよ」

「あぁ、それは今マウスの臨床試験中でして、まだ人では確かめていません」

「でもマウスは上手く行ったんでしょう」

「まぁぁ、ある程度は…」

田山はだんだん困り顔になっていった。

「父さん、あれはまだなのよ。田山先生もお困りだから、今は諦めて」 

同席していた寺脇は、父親をなだめようとしていた。

「でも先生、人での臨床試験はいつやるんですか。それに誰にやるんすか」

「それはまだ…」

「でしょう。それなら話は早い」

「寺脇さん、リスクはわかっていますか」

「父さん、私や彩音の結婚を見届けるのよね」

「リスクだか薬だかわからねぇが、勘が鈍った職人として生き恥さらすより、勘を取り戻す方に賭けますよ」

「親方、そこまで、おっしゃるのなら。臨床試験の契約書にサインしてもらいますか」

「でも船長…」

田山は目を丸くし、寺脇は目が泳いでいた。

「いいんだ。私が全責任を取る。親方の気持ちは大切にしたいのだ」

「さすが船長、男だね。わかってくれてる。腹くくって挑みますぜ」

周一は、桜内が手にしている契約書を見ていた。


 桜内は周一がエターナル期移行ベクターを注射した翌日、病室を訪ねていた。

「親方、気分はどうです」

「本当に注射したんすか。痛くもかゆくもありやせんぜ。足の方が…あぁ痛ぇ」

周一は、思わず足を動かしていた。

「船長、お見えでしたか」

田山が経過観察に病室に入ってきた。

「ドクター、成功ではないですか」

「いや、まだわかりません。それに利いていない可能性もあります」

「先生、骨折もパッと治りませんぜ」

「寺脇さん、何回も言っていると思いますが、エターナル期になったとしても最短で2週間はかかります」

「わかってやすよ。でも元気なもんで、暇してますよ」

「…親方、森林区画の完成全体像でも描いたらどうです。水彩でも油彩でも用意しますけど」

「絵かい船長、そんなことしたことがねぇが、頭で描いたことを描きゃ良いんでしょう」

「何か思う所があるのですか」

「そりゃ、いろいろとあるが…、コンピューターのようにきれいには描けねぇな」

「ラフスケッチでも構いませんよ。親方の気晴らしになるなら」

「そうかい。わかった。描くものを一通り用意してくれ」


 周一の病室を出た桜内と田山は通路を歩いていた。

「ドクター、あと何日ぐらい様子を見れば良いのですか」

「エターナル期に移行する第三次性徴が見られまでです」

「親方はどう変化するのかな。中性化する姿は、なかなか想像できないけど…」

「精神的に耐えられなくなる可能性があるので、注意が必要かもしれません」

「絵で気が紛れることを願いますか」

桜内はその時はその時と腹をくくっていた。


 シェフズ・カフェで水彩画を見ている桜内。寺脇はコーヒーがこぼれても濡れないように、他の数枚を手にしていた。

「これが親方が、描いた森林区画の計画図なのかい」

「はい。絵心がない父とは思えない出来栄えなので、船長にお見せしたのですが」

「こちら水彩画で、それが鉛筆画か、写真と見間違えるほど詳細だ」

「以前に、庭木をスケッチしたものが、こちらですが…」

寺脇は稚拙で雑な植木のスケッチを見せていた。

「これを描いた人物と、こちら水彩画や鉛筆が描いた人物が同じとは思えないな」

桜内は二つの絵をしげしげと見比べていた。

「ベクター注射の影響でしょうか。ドクターはその可能性があるとして影響因子を探しています」

「だとすると、瓢箪から駒というか、良い副作用ではないのかな。それで親方は何と言っているのだ」

「本人は、本気で描けば、こんなもんだと威張っていますが、その実、絵の才能が開花したことに驚いているようです」

「親方らしい、言いっぷりだな」

桜内は周一が取り立てて、悪影響が見られないことに安堵していた。


 シェフズ・カフェの後、医務室に立ち寄った桜内。

「ドクター、私も親方の絵は見ましたよ。秘めた才能を開花させる因子が働くとは、幸先良いじゃないですか」

「それが船長、そうとも言えないことがわかりました」

田山は若干うつむき加減であった。

「どうしてだ」

「脳の活動が活発になり過ぎているのです。いろいろなことが超人的にできるとしても、それ相応の負担が脳にかかり、処理能力を越える可能性があります」

「何っ、脳がクラッシュでもするのか」

「はい。活動を抑えないと危険です。それに就寝時にかなりリアルな予知夢を見ているようなのです」

「未来が見えるのか」

「まだ2例しかないので偶然ということもありますが、15時間後や2日後ことを言い当てています」

「もっと未来の予知夢を見るとなると、脳は大変なことになるわけだな。ドクター、何か手立てはあるのか」

「現在、どの遺伝子に働きかけているのか調べています。それがわかれば、そこを削除すれば良いのですが、まだたどり着いていません」

「ドクター、親方の頭のことを考えるとな…。マイカの一部の機能を停止させても、解析を急いでくれ」

桜内は一筋縄で行かないことを痛感していた。


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