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スペースポストマン  作者: daishige
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第21話 講演

●21.講演

 島の飛行場に着陸している飛行艇。周囲8キロほどの島だが、数十戸の家が建ち並んでいた。その集落の中心に医院があり、集会場もあった。将来的には病院を作るつもりなのか、基礎だけが出来ている作りかけの大きな建物もあった。

 桜内たちが飛行艇から降りてくると拍手で迎えられた。届ける郵便荷物はあったが、特に集荷もなければ急患もいない様子であった。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

島の代表者であるマシュー・ベンソンは、桜内たちは集会場へと案内した。ベンソンは通訳アプリをスマホに入れてないので、桜内の方のスマホが会話全てを訳していた。

「あのぉ、手紙などの郵便物や急患は…」

桜内は薄々感じていたが、あえてベンソンに聞いていた。

「郵便物ですか、それはお宅の船医のファンレターでして、講演の控室においてあります。急患の方はドクター田山の来訪で治ったようです」

ベンソンは平然としていた。桜内はやっぱりと言う顔をしていた。田山は控室に行き講演の準備となり、桜内と戸川は演台前の最前列に座ることになった。

 

 田山は水を得た魚のようにイキイキとして講演をしていた。この島にある資料は『しなの』が出航する3週間前のものなので、船内で得た最新の研究データを交えて説明していた。

「皆さんが、これほどまでに私の研究に関心を持たれているとは、正直言って驚きました。まだまだ研究途上ですが、これまでにわかったことをまとめますと、人類は不老不死が可能となり、エターナル期になれば、神の倫理に基づき、性別が自分の意思で選べることが示唆されました。これは人類進化の大きな一歩だと思います」 

田山がひと呼吸おくと、聴衆は拍手を送っていた。桜内と戸川は田山が調子に乗り過ぎていると感じていたが、一応拍手していた。

「私が今日ここでお話しできることはここまでです。何かご質問はありますか」

田山は会場内を見回していた。

「ドクターは、このエターナル期の人間が今までの価値観や文化を変えると思いますか」

拍手がなりやみ、前列から3列めの男が質問していた。

「ブリーダー期に男であっても女であっても中性というわけですから、真の平等社会になるんじゃないですか」

「でも、神の倫理に則り、人を愛すると男にも女にもなれるんですよね。その点についてはどうですか」

「中性になってもセックスができなくなるわけではないのは、ある種の救いと言えます。それで生まれながらに固定化された性別でなく、自分が好む性になれるとしたら、男女共によりそれらしく振る舞う様になる気がします」

「つまり、ドクターは本来の男性らしさや女性らしさが尊ばれるというのですね」

「はい。男らしさや女らしさが強調されるはずです。その上、性と体が不一致の人はいなくなり、男子禁制や女子禁制の分野が厳格に守られても何の差別にもならないでしょう。日本の例を挙げますと、極端に言えば相撲の土俵に上がりたいなら、男性になれば良いのです」

「あぁ、そうですか」

質問者は日本の文化について詳しくないので、そうなのかという顔をしていた。そのあとも質問が続いたが、ベンソンが講演の締めの挨拶をして終了した。

 

 控室に集まる田山、桜内、戸川。

「ドクター、研究成果を出しすぎなような気がしますが、大丈夫ですかね」

桜内は心配そうにしていた。戸川もうなずき同意していた。

「でも私がここまで知り得ていることを述べれば、ここの人たちが証人になってくれるはずです」

田山は海水を脱塩処理した水をグイッと飲んでいた。

「ドクター、ここにはまだグローバル政党の支部はなさそうですが、用心はした方が良いと思います」

「わかりました」

田山は言い切った満足感に満たされていた。

 控室のドアがノックされてベンソンが入ってきた。

「ドクター田山、お疲れ様です。素晴らしい講演でした。そこで折り入ってお話があります。船長たちも同席してください」

ベンソンは意味ありげな顔をしていた。

 「我々は、ドクター田山の研究に感銘を受け、ぜひとも協力したいと望んでいます。必要とあれば高度な医療機器も取り寄せましょう。当初はそこの医院の研究室を流用するとしても、いずれは、今建設中の研究施設を提供できます。どうでしょうか」

ベンソンは心が動きそうな田山に強い視線を向けていた。

「あのぉ、ベンソンさん、うちのドクターは『しなの』の船医なので、ここに留まることはできないのですが」

桜内が慌てて口を挟んだ。

「もちろん、それはわかっています。それなりの配慮はするつもりですし、損害金も払うつもりです」

ベンソンは、桜内の方もしっかりと見た。

「田山ドクターは、急なご提案に驚いているようですけど」

戸川も思わず口を挟んでいた。

「ベンソンさん、うちのドクターとゆっくり考えさせてください」

桜内は田山が腹の中で心底迷っているのを感じていた。

「そうでしょう。大事な決断です。じっくりと考えてください。今晩は島の宿舎にお泊りください」

ベンソンは表向き無理強いするつもりはないように見えた。


 「ドクター田山とディナーを食べられるなんて光栄です。何といっても未来のノーベル賞受賞者ですから」

ベンソンはローストビーフを口に入れていた。

「いやあ、そんなに持ち上げないでください」

田山は照れ笑いしていた。

「ここの施設にこのようなレストランがあるとは驚きました」

桜内は地球の三ツ星レストランのような部屋を見回していた。

「船長、このような辺境の地での楽しみは食にありますから」

「あのぉ、ベンソンさん。この島は絶好の釣りポイントが数多くありそうですね」

田山はほろ酔い気味であった。

「ドクター田山は釣りがお好きですか。それならここは楽園かもしれません。特に朝釣りは入れ食いですから」

ベンソンは田山に響くような言葉を選んでいるようだった。

 「奥様、ここでは金の採掘はどこでやっているのですか」

戸川は同席しているベンソンの妻に話しかけていた。

「集会場の裏にある入口から地下50メートルの所で掘っています」

「そうなんですか。というと海底下ですか」

「この辺りの水深は30メートルほどですから、そうなりますかね」

妻はおちょぼ口でワインを飲んでいた。

「ところでベンソンさん、この第5衛星はグローバル政党ではどこを支持しているのですか」

桜内は単刀直入に切り込み、相手の顔色を見ていた。

「どちらでもないですよ。政治なんか興味ないですから」

ベンソンは特に動じる様子もなかった。

「でも金鉱で荒稼ぎということは、どちらかというと国際自由国民党系ですよね」

「まぁ強いて言えば、アメリカ50's党ですかね」

「えっ、それなら日本第一党とも考えが近いわけですか」

「互いに民族系政党ですから党首同士が親しいと聞いてます」

ベンソンは政治に興味がないと言いつつも、党首のことは知っていた。

「それなら安心しました。いゃぁ、うちのドクターに研究施設を提供するとおっしゃったので、どちらかのグローバル政党の差し金かと思いまして」

「何かされたのですか」

「ドクターの研究成果を何回も奪われそうになりましたから」

「なるほど、我が物顔で各国を牛耳りたい飛んでもない奴らですよ。私はグローバル政党は打破しなければならないと思ってます」

ベンソンはキッパリと言い放っていた。不意に戸川のスマホに着信音があった。

「あら、白井君だわ。何かしら。ちょっと失礼します」

戸川は席を立ち、部屋の隅の方へ行った。

 「どうしたのよ。ディナー中よ」

「すみません。それで刺繍をしていたのですが、やり方がわからなくなりまして…」

スマホ画面上の白井は刺繍をしている布を見せていた。

「え、刺繍しているの」

「なんか、中性化したら女っぽくなっちゃって」

「え、だって寺脇さんの手前そんなことって…」

「その寺脇さんにプレゼントするためですよ」

白井は点と線のような刺繍の縫い目を良くせていた。

「でも…、あぁそうなの。その縫い目だとダメね。もうちょっと全体を見せてくれる」

戸川は男っぽくなっているはずの白井の言葉に違和感を感じたが、その本当の意味を察した。

 「ベンソンさん、すみませんね。うちのクルーには、食事中はマナーモードにしろって、言っていたんですが」

桜内はベンソンが気を悪くしないようにしていた。


 ディナー後は第5衛星の迫力の天体観察となり、桜内たちは、屋上に設けられた特別席に座っていた。

「どうですか、夜の第4惑星は幻想的ではありませんか」

ベンソンは得意気であった。

「この衛星は金鉱ばかりでなく、観光の目玉も多いと言えますよ」

桜内は第4惑星特有の大青斑に見とれていた。

「あぁ船長、素晴らしいわ」

戸川は隣の席から頭を桜内の肩に乗せていた。桜内は一瞬びっくりしたが、野暮なことはしなかった。

「なんか、私はお邪魔かな」

田山が立ち上がると、ベンソンも気を遣って立ち上がり、共にその場を離れて行った。


 「船長、先ほど白井君から連絡があったのですが…」

戸川は去っていく田山たちの後ろ姿を見送っていた。

「ん、なんだ。ロマンチックなポーズはそのためか」

「通信は監視されているので、刺繍によるモールス符号でしたが…」

「刺繍だと、考えたな。それで」

「それによりますと、この衛星は世界革新社会党の隠れ支持者が多い土地柄だそうです」

「表向きと違って裏でつながっているというのか」

「どうもそのようです」

「白井の奴、良く調べたな」

「たぶん寺脇さんの情報もあったのではないですか」

「だとすると、どうするかだ。代わりの船医を派遣するから、内密にドクターを残して行ってくれと言われたが、そうするわけには行かないな」

「船長、そうするつもりだったのですか」

戸川は少々驚いていた。

「ん、ドクターのあの笑顔を見ているとなぁ…、迷っていた」

「今すぐ、ここから抜け出しますか」

「いや待て、奴らが本気かどうか。確かめよう」

桜内はスマホを飛行艇のリモコンモードに切り替えていた。

「あぁ、やっぱりバッテリーが空なっている。到着時にはまだ20%は残っていたのに」

「誰かが放電したのですか」

「大方、ベンソンの手下だろう」 

「どうしますか」

「とにかくドクターにも知らせよう」

桜内たちは階段を降りて行った。


 桜内たちは田山を探して廊下を歩いていると、ベンソンに出くわした。

「船長、どちらへ」

「ドクターを探しているのですが」

「ドクター田山は、医院の研究室にいますので、ご案内いたしましょう」

ベンソンは桜内の前に立って歩き始めた。

「それでベンソンさん、私としてはドクターは引き続き船医として働いてもらいたいのですが…」

「そうですか。それは残念です。ドクター田山も、さぞかし残念がるのではないでしょうか」

ベンソンは桜内を見透かすようにしていた。

「そこが、辛い所でして…」

桜内は言い淀んでいた。


 研究室には、今回、郵便荷物で運ばれた最新の人体3Dスキャン装置が置かれていた。田山はその装置の起動マニュアルを読んでいた。

「あっ、船長。見てくださいよ。これ最新のスキャン装置です。今まで段ボール箱に入っていてわからなかったのですが『しなの』の郵便物保管庫で運んでいたものですよ」

田山の脇には大きな空の段ボール箱が置いてあった。

「飛行艇のハッチがギリギリだった荷物の中身はこれでしたか」

桜内は空の段ボール箱を見ていた。

 「ベンソンさん、ドクターと残るか残らないか、外を散歩しながら話し合っても良いでしようか」

桜内は第4惑星の姿が海面に揺れながら映る砂浜の方を見ていた。

「はい。我々も無理強いするつもりはありませんから」

ベンソンは極めて紳士的であった。


 桜内、戸川、田山は波打ち際を歩いていく。砂浜に打ち付ける波音が会話を打ち消していた。桜内が言った言葉に田山は深々と考えたりしていた。


 数分後、桜内たちはベンソンたちが待つ研究室に戻ってきた。

「ベンソンさん、私は責任感の強いドクターの意思を尊重したいと思います」

「船長、それは賢明なことではないですか。でもどちらに転んでもということでしょうか」

「はい。私はドクターを信じていますので」

「わかりました。では、ドクター田山、あなたはここに残っていただけますか」

ベンソンは、田山に視線を向けていた。

 田山はためらいがちに咳払いをしていた。

「あのぉ、私としては、船長たちを…、あぁそのぉ、ここはグローバル政党の影響もなさそうですし、安全かつ密かに研究をするには適していると思います。ですから、建設中の施設が出来次第、こちらに…」

「いや、ドクター田山。次にここに来るのはいつになるのですか。それに郵便業務以外でこちらに来るの不自然です。そういうのをグローバル政党は敏感に気付きます」

「ベンソンさん、では私はどうすれば、良いのですか」

田山はベンソンの方を見る。

「ドクター田山、あなたの意思が固いのでしたら、明日からでもここにいて欲しいのです。全部が最新ではなくてもある程度医療機器は揃ってます」

「わかりました。それでは船長、誠に申し訳ないのですが…、わっ、私はここに残ります」

田山は、桜内の視線を避けるように言っていた。桜内はがっくりと肩を落としていた。戸川は、口が半開きになっていた。

「…仕方、ありません。私もドクターの意思を尊重すると言った手前、それに従いましょう」

桜内が言うと、ベンソンはニンマリとしていた。

「船長、お宅のドクターをお預かりする以上は、さらなる大きな研究成果が上げられるよう、ベストを尽くします」

「あぁ、はい。それで…代わりの船医は…、誰に」

「あちらに立っている キャシー・ミラーになります」

ベンソンは即座に答えた。桜内がミラーを見ると軽く会釈していた。

「それじゃ、今夜中にここを発てますね。えぇ、ちょっと待ってください」

桜内は、スマホをリモートモードに変え、『しなの』のバッテリー量をわざとらしくチェックしていた。ベンソンは一瞬たじろいだが、すぐに平静を装った。

「あぁ、すみません。バッテリーが空です。今晩は充電しなければなりませんので、明朝発つことにします」

「よろしいですよ。ドクター田山とは名残惜しいでしょうから、ゆっくりとお過ごしください」

ベンソンはかなり表情が和やかになっていた。


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