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スペースポストマン  作者: daishige
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第十九話 研究継続

●19.研究継続

 療養ホテルに滞在している寺脇一家。

「船長たちは通常業務に戻ると言うじゃないか。わしらはどうなるのだ」

「私たちの経過観察は総合感染症センターが引き継ぐらしいけど、不安だわ」

「また、国際自由国民党の連中が来るのか。お前は手を切ったのだろう。田山先生に付いて行ったら良い」

「郵船業務なのに無理よ。それに父さんたちはどうなるのよ。放って置けないわ」

寺脇が言っていると妹は申し訳なさそうな顔をしていた。

「でもなんとかするから」

寺脇は部屋の天井の火災報知機のセンサーを見ていた。

 ドアがノックされた。寺脇は覗き窓から外を見る。ホテルの清掃員男女2人が清掃カート2台を脇に置いて立っていた。寺脇はドアを開けた。

「清掃のお時間なので、外に出ていただけますか」

深々と帽子を被る男性清掃員がマスク越しに言う。

「いつもお昼過ぎなのに、今日は早いですね」

「はい」

男性清掃員は低い声で言うと、部屋に押し入ってきた。

 「なんだ、なんだお前らぁ」

寺脇の父が怒鳴る。男性清掃員が寺脇の父と妹にスプレーをかけると、二人は眠るように大人しくなった。ほぼ同時に女性清掃員は火災報知器センサーに、加速銃を向け発砲する。センサーは粉々になっていた。

「監視カメラ排除」

帽子のサイズが合っていない女性作業員は念のため、天井からつり下がるリード線を引っ張ると天井裏でショートしていた。寺脇は男性清掃員の方を見ていた。

「もう、大丈夫ですか船長」

「ここに監視の目はないが、廊下にはあります。早くこのカートに乗って」

清掃員姿の桜内は、清掃カートを寺脇の前に持ってくる。

「父は太っているから一人の方が良いですよね」

「そうだな、寺脇さんは妹さん抱えてあっちのカートに乗って」

桜内は寺脇の父を引きずり上げて、カートに乗せていた。

「はい」

寺脇は妹と共に一つのカートに乗るが、上半身がカートの外に出ていた。

「戸川、雑巾とシーツを被せてやれ」

清掃員姿の戸川は、寺脇たちの上半身に何枚かのシーツや雑巾を丁寧にバランス良く載せた。

 桜内と戸川は清掃カートを部屋の外に出し、廊下に人はいないか確認していた。桜内は世界革新社会党一党独裁のアフリカの国製のスプレー・キャップを放り投げてからドアを閉めた。


 清掃業者のミニバンは、茨城宇宙空港に向かっていた。

「これで寺脇一家は確保したが、経過観察だった元乗客たちは『しなの』に乗せることはできないな」

運転席の桜内は自動に切り替えハンドルから手を離した。

「置いていくのですか」

戸川はサイズが合わない帽子を被り直していた。

「仕方ない。感染症センターの連中も無下にはしないだろう」

「あのぉ、船長、空港に着くまで、シーツは外しても良いでしょうか」

「いいですよ。オヤジさんの方の雑巾もどかして良いです」

桜内が振り向きざまに言うと、荷室のカートから手が伸びてきてシーツの間から寺脇の顔が見えた。


 『しなの』のブリーフィング室のモニターには前田CEOが映っていた。

「桜内船長、出航予定日を2日過ぎているが、いつ出航するつもりだ」

前田は少し苛立っているようだった。

「CEO、第一メインポートの修理に手間取りまして」

「連絡船が触れただけだろう、時間がかかるのか」

「はい。在庫の関係で修理部材の運搬が遅くなりましたが、今懸命に修復してますから、今日明日中に終わるはずです」

「それでは3日遅れの明日には出航できるのだな。いくら時間が読めない恒星間航行と言えども3日の遅れは大きいぞ」

「あのぉ、やっぱり4日遅れになる可能性もあります」

「船長、5日過ぎるとペナルティーがあるからな」

「でも今回は乗客がいないので、クレームにはならないかと」

「船長、あらゆる状況を想定して欲しい。郵便物の送り主がクレームを言ってくることもあるからな。心して取り組んでもらいたい」

前田はじっくりと桜内を見据えていた。


 『しなの』の郵便物保管庫を目視確認する桜内と戸川。今回、惑星オリエンタールに向かう途中、惑星ルイジアナ第5衛星を経由するため、運び込まれた郵便物は意外に多かった。

「ルイジアナの国際自由国民党支部あての郵便物が多いですね」

戸川は保管庫を見回していた。

「世界革新社会党のものも結構あるから、戦国時代のように書状合戦でもするつもりかな」

「なんか嫌な予感がします」

「そうは言っても、我々はスペースポストマンだ。運ばないわけには行かない」

「でも船長、田山ドクターが船内で研究を続けることは、まだ誰も知らないのですよね」

「医療機器がなくなったり、寺脇一家が連れ去られたのは、世界革新社会党の仕業だと国際自由国民党の連中は思うだろう。少なくともここにある郵便物には、ドクターの事は書いてないはずだ」

桜内は手にしたタブレットPCに『異常なし』と打ち込んでいた。


 コントロール室の船長席に座る桜内。白井と戸川も各自コンソール席についていた。

「本船は予定より3日遅れで惑星ルイジアナ第5衛星経由で惑星オリエンタールに向かいます」

桜内はターミナル・ステーションの管制官に告げた。コントロール室の時計は午後11時50分を指していた。

「近隣宙域及びワープフィールド内に船舶なし。ワープ開始を許可します」

「了解。ワープ開始します」

桜内が言うが何の振動も加速も感じず『しなの』は連続ワープ航行に移った。


 総合感染症センターから運んできた高度医療機器や検査機器は医務室には入りきらなかった。そこで寺脇一家が使っている客室以外の客室に置いていた。


 医務室のモニター画面を見ている田山、寺脇、戸川は深刻な顔をしていた。

「田山ドクター、肺のレントゲン写真を見ると、少し影があるように見えます」

戸川は声で言っていた。

「体全体の筋肉が委縮している場合、オリジナル株を弱毒化させたと言えども、感染させることは無理だったのか」

「田山先生に責任はありません。妹を治すにはこれしか方法はないはずです」

寺脇は桜内が入って来たので、振り向いていた。

「ドクター、怖い顔してどうしたのだ」

「船長、妹さんが40℃近い熱が、もう4日も続いているのです。体力的に持つかどうか…」

「そうか。しかし感染させたものは仕方ない。対処療法に専念するしかあるまい」

「船長、もしものことがあったら…父は…」

「モルモットにしたと激怒するか。しかし全責任は私にある。ドクターを責めないでくれ」 

「船長、もしものことはないと信じています」

戸川は寺脇の手を優しく握っていた。

「そうだが…、人の命にかかわることだからカネだけで解決だなんて、野暮なことは言うつもりはない。カネを払った上に、私は生涯、この結果を背負い償うことになるだろう」

桜内が言うと、戸川は尊敬するような視線を向けていた。寺脇は身内のことに冷静になれるよう言葉は挟まなかった。

「寺脇、ドクターの助手の作業はロボットに任せて、付ききっりで妹さんを看病してくれ、良いな。必要とあれば白井も…あぁこれは余計なことか」

桜内は口が滑りかけたので苦笑していた。


 コントロール室で業務日誌を書いている桜内。キーボードを叩き終えるとタブレットPCをオフにした。乱暴にドアが開き、寺脇の父と寺脇が入ってきた。

「おい船長、うちの娘をモルモットにしてどうするつもりだ。新薬の開発か」

寺脇の父は目くじらを立てていた。

「父さん、やめてよ。私がお願いしたのだから」

寺脇は父を抑えようとしていたが、振りほどかれていた。

「お前は黙っていろ。そそのかされたのだ」

「そんなことわないわよ。すみません船長」

「船長、これだけは言っておく、うちの娘が死ぬようなことがあったら、ただじゃ置かないからな」

「父さん、とにかく落ち着いて。部屋に戻りましょう」

「寺脇さん、我々も娘さんの容態に細心の注意を払っています。なんとか切り抜けて見せます」

「調子の良いことを言うな。それにお前の乗組員がこの娘をたぶらかしているだろう」

「父さん、白井君はそんなんじゃないわ。真剣なの」

寺脇は、きりっとした視線を父親に向けていた。寺脇の父は言うだけ言ったので、少し腹の虫が収まったようだった。

「船長、気になさらないでください。失礼しました」

寺脇は、父親の腕を引っ張って行った。桜内はその後ろ姿を申し訳なさそうに、じーっと見ていた。


 木々をかき分けて茂みの中を歩く桜内と服部。

「シェフ、確かこの辺にシナノゴールドの木を植えたよな」

「はい。あれは4年前の初出航記念に会社からもらったものですからよく覚えています。でも植えた場所はハッキリとは覚えてません。だいたい下草やらが結構生えてますから」

「手入れをしないとダメだな」

桜内は下草が生えている地面をしげしげ見ていた。

「宇宙船なのに植木職人を雇うことになりますかね」

「ロボットじゃ、センスなく伐採するからな」

「船長、あの斜面の盛り上がった所に…ありませんか」

服部は人工太陽の日当たりが良い場所を指さしていた。

 高さ3メートル程のシナノゴールドの木の前に立つ桜内たち。 

「絶対に手に入らないと思っていた代物があったな」

「探してみるものですよ」

「でもこれだけか、…それに黄色みが薄いかな」

桜内は小ぶりなシナノゴールドを大事そうに触っていた。

「船長、こっちになっているものは、もっと小さいですよ」

「とにかく偶然というか、巡り合わせというか、寺脇の妹さんの好物だからな、味はどうだろう」

「食料庫にシナノゴールドはないので、これで我慢してもらうしかありませんよ」

「これをドクターが言う、頑張り抜くための精神的な支柱にしてもらうしかないか」

桜内はシナノゴールドを丁寧に保存ケースに入れていた。


 寺脇は妹の病室を見舞っていた。

「彩音、船長が森林区画でもいできた貴重なシナノゴールドよ。頑張って体調が回復したら、食べようね」

寺脇は意識が朦朧とし、熱でうなされている妹にシナノゴールドを見せていた。彩音は、微かにうなずいているようだった。寺脇は妹に軽く匂いを嗅がせてから、病室の冷蔵庫に入れていた。


 田山はエターナル期の性器についてイラストを交えて、寺脇にレクチャーしていた。 

「ただ単に快楽を追求するセックスの欲求ではなく、真の愛、もしくは人類愛に目覚めてセックスを欲する必要がある。この点は万一、人類の最後の生き残りがブリーダー期とエターナル期の二人しかいない場合でも繁殖できるように定めた神の倫理ではないだろうか」

「神の倫理ですか」

「ここで私の考えだが、白井君の場合、寺脇さんに心底惚れ込んだことで、元々の性器が復活したが、必ずしもそうなるとは限らないと感じたんだ。一般的に見て最後の生き残りの性別がどうなるかわからんからな」

「先生、それは確かにそうですね」

「たまたま彼の場合、相手がブリーダー期の女性だったので、男性器になったと思う」

「それじゃ、もし私が男性だったら、白井君は女性器に変化したというのですか」

「そうだ。これを見てくれ、ホルモン分泌量の変化は、男女どちらにも傾くことを示唆している」

田山は寺脇に驚きの表情で見られていることに満足げであった。

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